純愛

小谷野 天

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4章

学校祭とアイスクリーム

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 夏休みが明けると、学校祭の準備で忙しくなった。去年までは、部活で忙しかったから、クラスの行事はなるべくいてもいなくてもいいような役割を選んでいた。

 高校最後の学校祭は、去年とは少し違う雰囲気だ。
 冷めた事を少しも言えない空気に、悠はとにかく早く終わってほしいと考えるようになった。

 目立たないようにクラス発表の時の衣装を作る係になる。
 いつも図書館へ寄っている時間が、教室での作業に変わった。
「悠って見た目によらず、けっこう器用なんだね。」
 一緒に仮装の衣装を作っていたクラスの女子が言った。
「そんな事ないよ。裁縫は苦手。」
「えっ、上手だよ。だから私のもお願い。」
 その子は悠に作りかけの衣装を渡して、どこかへ行ってしまった。

「やられたね。」
 悠の隣りいた冴木唯《さえきゆい》がそう言った。
 悠の前に置かれた衣装についていた針を針刺しに戻すと、
「去年もそう。男子には私が作るからって言っておいて人に押し付けて、出来上がったらそれを自分がやった様に持って行くの。去年、それでけっこうモメてね。ユキノ、今年は悠に押し付けたんだ。」
 悠はまだ手を付けられない数枚の衣装を、黙って見つめた。
「悠は文化祭って、初めてでしょう?」
「そうだね。この時期はずっと試合だったから。」
「どう?やっぱりこういう行事って苦手だって思う?」
「実は苦手。迷惑かけないようにしないと、そればっかり考えてる。」
 唯は手がつかずに残された衣装を見た。
「大丈夫。土日に頑張ったらいいところ終わると思う。今日はうちにおいでよ。」
「いいの?」
「いいよ。」
 初めて女の子らしい時間を過ごす事に、悠は自然と体が浮いてくる。
「帰りにコンビニでお菓子買っていこうよ。」
 唯がそう言った。
「そうだね。」

 悠と唯が持ち帰る衣装を紙袋に詰めるために畳んでいると、叶大がやってきた。
「瀧本、俺の分も作ってよ。」
 悠はまだ、裁断もされていない布を叶大から渡された。
「今から?」
 悠は唯の顔を見た。
「叶大のは、ユキノがやるって持ってたはずだけど。」
 唯が言った。
「今年は瀧本が作ってるって聞いたから、直接頼もうと思って。」
 叶大は悠の顔を見た。
 ため息をついた唯は、
「悠はキャパオーバーだよ。ユキノに頼んだら?」
 そう言って、布を叶大に返した。
「同じクラスだろう。」
「梶原、あんたみたいなでっかいやつの衣装なんか、みんな作りたくないよ。」
 唯はそう言って、また作りかけの衣装を畳み始めた。
「遥に頼んだら?」
 悠は叶大にそう言った。
「そうだよ、梶原は隣りのクラスの遥と付き合っているんでしょう?」
 唯が言った。
「あいつは違うクラスだろう。」
「いいじゃん別に。それに、違う女が作った衣装なんて、着てほしくないだろうし。」
 唯は悠が言いたい事を、梶原にみんな言ってくれた。
「瀧本、もし作ってくれるなら、石尾のサインボールあげるよ。」
「石尾って、ヤクルトの?」
「そう。」
「なんで持ってるの?」
「うちの兄ちゃん、この前、手に入れたんだ。」
 悠が迷っていると、
「そういうの取り引きするなんて卑怯だよ。」
 唯は笑って叶大から布を受け取った。
「学祭の時、私にも焼きそば奢ってね。ねえ、サイズ測るから、そこに座って。」
 唯は悠にメジャーを渡した。
 叶大は椅子に座ると、ほらっと両手を開いた。
 悠は叶大と距離が近くなったせいか、少し鼓動が速くなる。
 叶大の顔をチラッと見ると、
「瀧本ってこんなに小さかったのか?」
 叶大が言った。
 悠がびっくりしてよろつくと、叶大は悠の肩を両手で支えた。
「大丈夫か?」
「ごめん、メジャーの先、見失った。」
 悠が謝ると、
「瀧本、本当にキャッチャーやってたのかよ。」
 叶大はそう言って笑った。 

 家に着いて、母に唯の家に泊まるからと言った悠は、着替えを取りに部屋に行った。
 一緒について来た唯は、悠の部屋にあった漫画を手に取った。
「悠、この漫画好きなの?」
「うん。」
「私も好きなんだ、この漫画。よく全巻手に入ったね。」
「亡くなった叔母さんが持ってたの。」
 唯はページをパラパラとめくった。
「キャンディ、初恋の人とは結ばれなかったんだよね。アンソニーは初恋泥棒。」
 悠はそう言った。
「そう、それがまたいいの。ねえ、借りてもいい?」

 悠の家に行った2人は、遅くまで衣装を作っていた。
 午前2時を過ぎたところで、悠のあくびが止まらなくなった。
「あとは明日にしようか。」
 唯が言った。
「間に合うかな?」
「ギリギリかもね。」
 2人はあと少しなのにね、そんな事を言いながら、結局30分後には床で眠りに落ちた。
 午前2時。
「悠、ちゃんと布団で寝ようか。」
 唯は悠を起こした。悠は目をこすると、
「1回寝て、続きは起きてからやろう。」  
 唯に言われた通り、布団にもぐった。
 
 朝7時。 
 唯の携帯のアラームがなる。
 2人は布団の中で大きく伸びた。
「おはよう。なんか体痛いわ。」  
 唯が言った。
「おはよう。私はけっこうぐっすり寝てからスッキリしてる。」

 居間に降りて行くと、唯の弟と、唯の母が朝ごはんを食べていた。
「おはよう。2人の分も用意できてるよ。」
 唯の母がそう言った。
「お母さん、今日は仕事?」
「そうよ。悪いけど、お昼は適当に食べててくれる?」
「光一は?」
「光一には、お弁当作ったから。今日は練習試合があるみたいなの。」
 悠は唯の弟の日に焼けた顔を見て、なんだかとても懐かしくなった。
「弟さん、何をやってるの?」
「悠と同じ野球だよ。」
 光一は不思議そうに悠の顔を見た。
「この人も野球やってたの?」 
「そうだよ。補欠のあんたと違って、ずっとレギュラー。」
 唯が弟に言った。
「ねぇ、どこ守ってたの?」
 光一が悠に聞く。
「キャッチャーで5番。」
 悠の代わりに唯が答えた。
「唯、詳しいね。」
「美術室からはグランドがよく見えるの。」
 唯は悠のコップに牛乳を注いだ。
「光一、水筒ここに置いておくね。お母さん、もう行くから。試合、応援に行けなくてごめんね。唯、後片付けよろしくね。」
 唯の母が仕事に言った。
「姉ちゃん、俺ももう行くわ。」  
 光一は水筒をカバンにつめた。
「光一、頑張ってね。」
「光一くん、頑張って。」
 悠が光一に声を掛けると、日に焼けた顔から白い歯がキリッと見えた。

 食器を洗いながら、悠が話しかける。
「唯のお母さんは何を゙してるの?」
「うちの親は介護ペルパーやってるの。夜はスナックで働いてる。うち、母子家庭だから、お母さんは休む暇がないの。」
「そうなんだ。」
「悠の所は?」
「父は市役所、母はスーパーでパートしてる。」
「兄弟は?」
「優秀な妹が1人。」
「悠だって野球で頑張ってたじゃん。」
「妹はキレイで勉強もできるの。バドミントンでもいい成績だし、家族の自慢。」
「悠も髪伸びて、印象が変わったよ。」
「そう?私って正真正銘の高校球児だもん。」 
 唯は笑った。
「本当だね。ドラフトの時に、みんな髪伸びてるから、あれ、こんな人だった?って、そんな感じ。悠も同じか。野球部の人って、帽子も被ってないと別人に見える。」
「そう!そうなの。女子なんて特にそう。ユニフォーム脱いで違う学校の子から話し掛けられても、ぜんぜんわからない。私なんてマスクしてるから、余計にそうだったんだろうね。」
「悠、もったいないな、野球辞めてしまうの。マスクを上に上げて皆に声掛ける時、めっちゃかっこよくてさ。打席に入った時の構えとかもすごく絵になるのに。」
「毎年マスクのとおりに日に焼けるのよ。本当はずっと恥ずかしかった。」
「ねえ、スカートって制服以外ではいた事ある?」
「ううん。いつもTシャツと短パン。」
 唯はゲラゲラと笑う。悠も釣られて声に出して笑った。
「悠はそれが一番似合う。」
「私、化粧なんてする日が来るのかなぁ?」

 身支度を済ませ、衣装を縫い始めた2人。
「あと、どれくらい?」
「私はあと5枚かな。それと梶原くんの。」
「私はあと3枚。やっぱり家のミシン使うと早いわ。悠、叶大の方、先にやってあげて。」
「だって切る所からだよ。唯、一緒にやって。」
「わかった。切ったらあとはできるね。」
「うん。」
「叶大ってさ、背が高くて優しいし、女子なら皆一度は好きになるじゃん。」
「そう?あんまり話した事ないけど。」
「あのピッチャーの子と付き合うまでは、告白しても、みんな振られたみたいだね。」
「そうだったんだ。」
「ねえ、悠は好きな人とかいるの?」
「私が恋とかすると思う?」
「みんな普通にするでしょう。」
「私は男子よりも男だって言われてるんだから。」
 唯は笑った。
「ちょっと、笑いすぎ。」 
「ねえ、悠。私達の王子様、どこにいるんだろうね。」
「アンソニー?」
「それは初恋の人ね。」
「唯はいないの?」
「私はひとつ下の石山くん。同じ美術部なの。」
「どんな人だろう、下の学年なんて、ぜんぜんわからない。」
「あんまり、目立つ子じゃないよ。いつも静かに絵を描いてるから。」
「唯はその人のどこが好きなの?」
「絵を描く前の一瞬、かな。」
「何それ。」
「悠にはわからないよ。」
「今度どの人か教えて。」
「いいよ。じゃあ、学祭の時に教えてあげる。」

 学校祭の当日。

 あんなに頑張って衣装を作ったのに、悠は熱を出して学校祭を休んだ。2人が作った衣装を着たクラスのパフォーマンスは、最優秀賞をとったらしい。唯から次々にくるラインも、悠は体が辛くて見ることができない。
 繰り返し上がってくる熱。
 薬が効いてほんの少し体が軽くなる少しの間、そのラインを見たけれど、唯の家で遅くまで衣装を作った事が夢だったのか、現実だったのかわからなくなるくらい、体が辛かった。

 あっ、梶原くん。
 笑顔の叶大の写メがぼんやり見えた。 
 よかった、着てくれて。
 
 悠は水を飲もうとして、手を滑らせた。
 母が新しいアイスノンを持ってきた。
「お母さん、水、こぼしちゃった。」
「取り替えようか、そのTシャツ。」
「いい。どうせ汗かくし。」
「まだ、熱下がらない?」
「今、37.8℃」
「さっきより少し下がったけど、まだ熱高いね。」
 悠はぬるくなったアイスノンを母に渡した。
 新しいアイスノンは、ひんやりとして気持ちがいい。
「せっかくの学校祭だったのに、残念だったね。」
「仕方ないよ。」
「昨日、お父さんが悠に食べさせろって鰻買ってきたんだよ。」
「やだ、食べられるわけないじゃない。」
「お父さん、悠の事、心配してるのよ。」
「咲良ばっかり褒めるくせに。」
「野球辞めるって聞いて、ショックだったみたいよ。」
「勝手だね。いつも女のくせにってバカにしてたのに。」
「悠はお腹にいた時、お医者さんに男の子だと言われていたから、絶対野球やらせたいって、お父さんすごく楽しみにしてたのよ。きっかけは違ったけど、こうしてお父さんの夢は叶えてあげたじゃない。本当は自慢の子なのよ。」
「お母さん、あの時、ピアノを選んでいたらなぁ。もっと女の子らしくなってたのに。」
「何言ってんの悠、ピアノの先生もここまで拒絶させると思わなかったって、匙投げてたよ。」
 悠は少し笑った。
「新しい水、持ってくるね。やっぱり新しいTシャツに着替えなさい。」
「お母さん、アイス買ってきて。」
「わかった、お父さんに頼むから。」
「お父さんに頼んだら、小豆のやつ買ってくるでしょう。」
「いちごにしてもらう?」
「それがいい。」

 また熱が上がってきた悠は、ベッドの中で何度も寝返りを打っていた。
「悠、アイス食べるか?」
 父と咲良が部屋に入ってきた。
「伝染るから、来ないほうがいいよ。」
 悠はうずくまったまま返事をした。
「ここに置いておくからな。」
 父は悠の机に、アイスを置いていった。
「うん。ありがとう。」

 行きたかったな、最後の学校祭だったのに。
 少ししてから、悠は起き上がって、溶けかけたアイスを手に取り、蓋を開ける。
「これじゃないのに。」
 そう言って柔らかくなつたバニラのアイスを、スプーンですくって口に入れた。


 
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