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第1章 ベルヴァルデ帝国へ
06 * ずっと羨ましかった
しおりを挟むディルムッド殿下と話をして紅茶を飲んだことで落ち着いた気持ちになったからか、ふと昔のことを思い出した。
それは巻き戻る前、マレーベン聖王国での出来事だった。
当時5歳の時のこと。
通っていた学園で試験結果が発表された。
前回は体調が悪い中、必死に勉強していたがやはり首席に届かず次席だったのだが、今回は体調万全で挑めたので首席を取れたのだ。
「なぜ首席を取れなかったのか」と怒っていた母も、きっとこれなら満足して褒めてくれるはずだと胸を躍らせながら、急いで帰り母のもとへ向かう。
「お母様!聞いてください!学園での試験で今回は首席をとれました!それに…」
「はぁ…。帰って早々走り出して、はしたないですよ。王妃を目指すものとして、それくらい当然のことでしょう。それよりもティナが昼から高熱を出しているというのに、貴女は心配ではないの?姉なのに自分のことばかり…。そんなことで王妃が狙えると思っているの?ティナは病弱で学園にも通えていないのよ?妹を気遣うことすらできないのなら、部屋で大人しくしていなさい!」
「はい…」
母は反論する余地も与えず見下した目で次々と毒づいたかと思うと、そのままティナの部屋へと向かった。
一度に次々と吐かれた言葉に頭の中で感情や情報が処理しきれず、リベルタスはそのまま部屋に戻るしかなかった。
ティナが高熱?体調は大丈夫なの?
それより、誰もティナが高熱だなんて教えてくれなかった。
帰ってきてまずティナの体調を聞かなかった私が悪い?
それに前回のテストの時、私も高熱が出ていたのに必死に勉強をしていたわ。
体調が悪いことを言い訳に逃げるなと怒られたから、頭が回らなかったけど必死に試験を受けて、それでも次席を取れたのに…。
今回だって次席との差を大きくつけて首席になれたのよ。
それさえも当たり前?
王妃を狙っているのはお母様とお父様であって、私の望みでもない。
公爵家の令嬢として、長女として勝手に決められていたこと。
だから、何もかも当たり前で、褒められることではなかったの…?
「…タス嬢、リベルタス嬢!」
前を向くとディルムッド殿下が目の前で心配そうにこちらを見つめていた。そうだ、ここはマレーベンでも、過去巻き戻り前でもなく、現在巻き戻り後のベルヴァルデ帝国だ。
(そして、今、ディルムッド皇太子殿下とお茶を―――。)
リベルタスは我に返り自分の失態に冷や汗をかいた。
皇太子殿下を前に、何をしているのだ。
冷静になるように両手の指で自分の髪を梳かすように触ると姿勢を正し頭を下げた。
「申し訳ありません!皇太子殿下の前だというのに…!」
「気にしないで。まだ11歳なのに他国へ来て不安も多いと思うし。」
「お気遣いありがとうございます…。」
頭を上げつつディルムッドの表情を恐る恐る見ると、少し悩んだ顔をしていた。
怒っているのだろうか。それとも、情けなく思っているのだろうか。
優しく気にしないそぶりを見せてくれていたが、もしかしたら内心は違うのかもしれない。
貴族というのは、そういうものだから。
すると、ディルムッドは何か閃いたのか、「そうだ!」と嬉しそうに声を上げた。
「両親と離れ他国に来て寂しいと思うんだ!だから、お互い愛称で呼んでみるっていうのはどう?僕のことはディルって呼んでくれて構わない。」
「え、あのっ、ではディル様と…。」
「んー、まぁ今はそれでいいか。リベルタス嬢は愛称は何と呼ばれていた?」
様をつけたのが少しがっかりしたのだろうか。
だが、立場というものがあるし、まだ出会ったばかりの間柄でディルと呼び捨てにするのはさすがに恐れ多かった。
それを分かってくれているのだろう。
すぐに喜んだ表情に変わる。
(なんというか、とても表情豊かな方だ。)
柔らかい表情がリベルタスにも移ったのか、リベルタスも表情が明るくなる。
「リビィと呼ばれておりました。」
「リビィか、いいね。これからよろしく、リビィ。」
「よろしくお願いします、ディル様。」
リビィと呼んでくれていた人は、愛していた妹のティナだけだった。
それも一方通行で、ティナからは偽りの愛だったけれど。
ティナが愛称で呼ばれているのが羨ましかった、だから婚約者であるディルからリビィと呼ばれ、自然と笑みがこぼれた。
先ほどまで暗い顔をしていたリビィの表情が一転し明るくなったことに安心したディルは席を立ってリビィの手を取った。
「疲れているだろうから、もう今日は部屋に戻って休むといい。」
そうして、案内されビアンカとユーリが待つ自分の部屋へ向かった。
******
「失礼いたします。あ、申し訳ありません、お目覚めでしたか?」
時間は夜10時。
ディルと話した後、部屋についてから、ユーリは目を輝かせてどのような話をしたのか聞きたそうにしていたが、ぐっとこらえたのだろう。
部屋につき夕食を終えた後、ユーリに少し眠るように勧められた。
道中で疲れていたためか、普段起きている時間だというのにも関わらず、リビィはベッドに横になるなり、すぐに眠ってしまい、今に至る。
白猫のビアンカはというと、疲れ切っているのだろうか。
ユーリが用意してくれたビアンカ専用のベッドで未だにぐっすりと眠っている。
「何かお飲み物ご用意いたしますね」
「ユーリも疲れているだろうに、ありがとう」
「お嬢様の幸せそうな寝顔を見れたので疲れはすぐに吹き飛びましたよ!」
そう告げるとユーリは飲み物を取りに行った。
リビィはそのまま伸びをし、ここ数日のことを振り返った。
前回巻き戻り前と異なることが多く、戸惑いっぱなしの数日間だったが、両親、そして自分が死ぬことになった理由のフォーリ殿下とティナから離れることができ、やっと安心ができたのだろうか。
自分の体が少し軽くなったような気がする。
ティナに陥れられ、殺されてしまった過去。
それを分かっていたからそうならないように変えればいいと思ったけれど、初っ端から違うこと尽くしでこの先どう進んでいけばいいかわからない。
だが、本来、人生というものは先がわからないもの。
この先、また断罪されるかもしれない。
けれど、今くらいは幸せだと思う気持ちを堪能してもいいだろう、とリビィを深呼吸した。
「失礼いたします。」
「どうぞ。」
「カモミールティをお持ちしました。…お嬢様、皇太子殿下はいかがでしたか?」
ユーリはティーを注ぎながら、ずっと聞きたかったであろうことを尋ねた。
11歳と16歳という、この年頃にすると少し大きく感じる差だが、年を取るとそこまで気にならないであろう差だ。そして、なにより、リビィの中身は16歳だったので、年齢については気にならない。
人柄に関しては、理想の皇族といえばいいのだろうか。
落ち着いていて、気遣いのできる優しい方だったように思う。
見目についても、自分とは正反対の美しい黒髪に、全てを見透かしているかのような青い綺麗な瞳をしていて、魅了がなくても見惚れてしまうほど。
そういえば、ユーリも綺麗な水色の瞳で、初めて見かけた時はユーリの瞳を見て見惚れていたのを思い出す。
殿下については、強いて言うならば、女性関連で苦労されているため、少しこちらにも何か問題が起きそうなくらいだろう。
「とても素晴らしい方だったわ。」
「実を言うと、公爵家でのお嬢様が不憫でなりませんでした。ですが、今のお嬢様を見ていると、私は安心いたしました!」
ユーリはいつも私を見守ってくれていた。
夜の眠る前、いつもカモミールティーを淹れてくれ、今日のように話を聞いていてくれていた。
彼女がいなければ、きっと耐えられなかっただろう。
照れながら素晴らしい方だったと溢してしまえば、その次その次と言葉があふれてくる。
容姿を褒められたこと、気遣って口調を柔らかくしてくれたこと、そして、愛称で呼びあえることになったこと。
振り返れば振り返るほど少し小恥ずかしくなったが、とても幸せな気持ちで包まれた。
そんなリビィの顔を見て、つられてユーリも笑顔になる。
そうやって、ユーリは優しくリビィの話を聞いていた。
「さて、お嬢様。明日は両陛下へのご挨拶がありますので、もうそろそろお休みにならないと。」
「あら、そうね。ユーリ、わざわざマレーベンから離れてまで、私についてきてくれて、本当にありがとう。心、強い…」
感謝をきちんと口にしようとしたが、リビィは再び睡魔に襲われる。
思えば、どこか毎日が不安で安心して睡眠をとれたことがなかったかもしれない。
「大丈夫です。私はベルヴァルデ帝国の…」
ユーリが答えてくれたけども、リビィは眠気に勝てず聞き終える前に眠りについてしまったのだった。
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