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第1章 ベルヴァルデ帝国へ

04 * 深まる謎

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 場所は変わり、マレーベン聖王国。



「ティナ、大丈夫かい?」

「殿下、心配してくださって有難うございます」



 ちょうどリベルタスが襲われていた時間、ティナとフォーリは様々な色のバラが咲く薔薇の庭園にてティータイムを楽しんでいた。
 ティナは憂いのある表情を見せながら、少し無理に笑って見せた。



「優しい君はあんなのでも姉を愛していたのだろう?僕は出会った当初から自分が偉いと勘違いして鼻にかけたような態度が気に食わなかったけどね」

「そう…ですわね」



 ティナはその言葉でリベルタスのことを思い出して怒りが顔に出たのだが、見せてはいけないとすぐに笑顔を繕って見せた。
 フォーリは気づかず紅茶を飲むとそのまま話を続けた。



「婚約の時、彼女ともここを散歩することになったのだが―――」




 ******



「まぁ!素敵な薔薇ですわ!フォーリ殿下、見せていただきありがとうございます」

「そうだろう?僕はこの黄色い薔薇が特に好きなんだ。僕の髪の色に似ていて」



 10歳のリベルタスは屈託のない満面の笑みを浮かべる。
 フォーリはこの時、リベルタスの表情を見て、その美しさに少し見惚れていた。

 ならば彼女に薔薇を送ると喜んでくれるのだろうか?
 そう思い、黄色い薔薇をつまんで見せようとした。



「殿下!いけません!」

「!?」



 フォーリは摘もうとしたその右腕をリベルタスにつかまれた。



(どうして?僕は君に花を贈ろうとしただけなのに)



 リベルタスはさっきの美しい表情とは打って変わり、鬼の形相のように見えた。



「申し訳ありません。薔薇には棘がありますので殿下が怪我をなさってしまう可能性があります。薔薇の棘で傷を負うと最悪、死んでしまう恐れも…」

「無礼だぞ!王宮の薔薇に毒があるとでもいうのか!?」



 王宮に毒なんてありえない。
 彼女の発言は王宮を侮辱しているようにも聞こえる。
 フォーリはリベルタスに対する最初の印象が良かった分、嫌悪感が膨れ上がってしまった。



「いえ、そういうことでは…。薔薇の棘は複雑な形状でそのため感染症を引き起こす可能性もあるのです。あと、女性に黄色い薔薇を渡すのはあまり…」

「うるさい!!!」



 自分が物知りだというアピールか?
 それとも王太子である自分を馬鹿にしているのか?
 こんな薔薇の棘なんかで怪我をするとでも?
 この僕が花をプレゼントしてあげようというのに、何が気に食わない?



「何も言わず黙って受け取ればいいものを。気分が悪い。もう帰ってくれ」



 フォーリはそのまま庭園から去り、この日はお開きになったのだ。




 ******




「そうでしたの。勘違いも甚だしいですわね」

「だろう!それに比べ、君は本当に素晴らしい!」



 今度は隠さずに嫌悪感を表わすティナの姿を見て、フォーリはやはり自分は間違っていなかったんだと喜び、数日前の話を振り返った。

 それは、生誕祭の前日。
 聖女の力が目覚めた時のことだ。

 公爵家へ訪れていた際、立ち眩みを起こしたリベルタスはそのまま棚にぶつかってしまった。
 婚約者の傷つく様を放置するのは恥だと庇ったのは良いものの、落下物が頭に当たり、フォーリの頭から血が流れてきたのだ。

 リベルタスは自分が助けるとわかってやったに違いない。
 そのまま酷く慌て泣きながらフォーリを心配するふりをしたのだ。



「殿下!大丈夫ですか!?すみまっ、申し訳ありません、私のせいで…誰か、誰か来て!殿下が!」

「お姉さま!?どうなさったのですか!?」



 そこへ、リベルタスの声に気づいたティナが駆け寄ってきた。
 泣き慌てて悲しんでいるリベルタスと頭から血を流すフォーリを見て、ティナは目を大きく見開き驚いた。

 ティナがフォーリに近づき頭に触れた時だった。

 目も開くことのできないほどの美しい光がフォーリとティナを包み、たちまちフォーリの傷は跡形もなく治ってしまったのだ。

 これが、聖女の覚醒の時の流れだった。



「僕を心配して聖女の力が目覚め、そして僕の傷は治った。そんな君に強く惹かれたんだ。婚約できて本当に幸せだよ」



 それを聞いたティナは嬉しそうに微笑んだ。



 ******



 一方、ベルヴァルデへ向かうリベルタス達。

 光が収まり、心配し駆け寄る皆が見た姿に驚いた。
 死にかけだったあの猫に傷はなく、白い綺麗な姿をしていたのだ。



「聖女の力…?」

「ファウスティナお嬢様が聖女のはずでは…。」



 この光に包まれた光景は先日の聖女覚醒の時と同じものだ。

 貴族は魔法を使えるものが多いのだが、治癒の力は聖女にしか現れない。
 そして、聖女が二人現れたという記録も残されていない。

 聖女の力がティナではなく、リベルタスのものだったという可能性もあるのだ。



「リベルタスお嬢様が聖女だったということ…?」

「いえ、聖女は確実にティナだったはずよ。」



 リベルタスは知っていた。
 前回の生では、一度も治癒の力が発生することはなかったし、聖女覚醒の際も間違いなくティナがフォーリ殿下に触れた瞬間に治癒が起きていたし、あの光もティナとフォーリ殿下から出ているものだった。

 ティナに何かがあったのだろうか。
 それとも、過去に戻ったことで、他にも何か変わったことがあるのだろうか。


(けれど、こんなことが知れ渡ったら大ごとだわ。隠さないと…。)



 この白猫が元気になったことに喜びを感じたが、この力がバレると、マレーベンに戻されるかもしれない。また、あの惨劇が起こるかもしれない。
 両親に愛されず、最愛だった妹に訳も分からず恨まれたまま、生きていたくはない。

 リベルタスは猫を抱えたまま立ち上がり皆を見た。



「双子なのだから、私にも力があったのかもしれないわ。けれど、このことが知られると少し面倒なことになるかもしれない。秘密にしていてくれる?」

「勿論です!」

「我々もリベルタスお嬢様の護衛です。他言いたしません。」



 皆が胸に手を当て敬礼する。
 この事実はリベルタスを除いてこの場の4人しか知らないのだから、言わなければバレるはずもない。この4人であれば安心できる。



「お嬢様方!馬車の準備ができたようです!」



 後ろから馬車に残っていた一人の護衛が走ってくる。
 サンドイッチは食べれなかったけれど、今無理して食べる必要もない。
 ユーリとバルト達は先に馬車へ向かった。



(一体、どうなっているの…。前回では力を使えなかっただけ?過去とは違う未来になっていることが多すぎる。これは一度、調べてみないと…。)




 猫を降ろし、リベルタスもその後をついていった。

 この一連の流れを見ていた者がいたことにも気づかずに。


「へぇ、面白いことになってるじゃない。」


 湖の奥の茂みからリベルタス達を眺めているその女性は、静かに笑った。

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