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第1章 ベルヴァルデ帝国へ
03 * それをフラグって言うんです
しおりを挟む現在、国境門を超えてから約1時間ほどがたち、首都まではあと半分くらいの距離を走っていた。そう、過去形である。
「困ったわ。」
「困りましたねぇ。」
「申し訳ありません…。」
公爵家の馬車であるはずなのに、あろうことか車輪が外れてしまったのだ。
整備されていなかったのか、それとも、だれかの悪意ある意図によるものなのか。
いや、さすがにそれは考えすぎだろうか。
幸い、二人に怪我はなかったものの、近くに町はなく、もちろん人通りもあるわけがない。
御者は少し困った様子をしながら、手持ちの荷物を探っている。
「外れただけですので、直せるとは思うんですが…。お嬢様、ユーリさん、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「お嬢様!でしたらこの辺りは自然が豊かで近くに綺麗な湖もありますし、休憩しませんか?」
「そうね。今のところ魔物は遭遇していないし、護衛の騎士もいるから大丈夫じゃないかしら?」
ユーリは先に馬車を折り、リベルタスの手を引いた。
降りた先を見ると、空気はきれいだし、少し先に湖があるのか水の音も聞こえた。
森の中だがそんな鬱蒼とした感じではなく、どこか神聖な気配がして居心地が良く感じた。
「そういえば、ユーリは湖があるのよく知っていたわね?」
「えぇ、まぁ!そう言えば、軽食にサンドイッチを貰ってきてるんです!お嬢様、いかがですか?」
ユーリは可愛らしくドヤ顔をし、持ってきたバスケットを胸元まで上げている。
過去に戻る前、最後に会った時は確か20歳くらいだったので、素の性格を考慮したとしても、その時と比べるとやはりあどけなさを感じる。
記憶を持って戻ってしまったリベルタスは年齢自体は幼いものの、中身は16才のため精神的な意味合いでは同年代になるのだろう。
まぁ勉強漬けの毎日で、元々の精神年齢も同年代よりかは高めではあったから、周りには何も可笑しく思われていないのだろうが。
少し先へと歩こうとすると、馬から降りた護衛が慌ててリベルタスの前に出てきた。
そして、そのまま胸に手を当て軽く頭を下げた。
「お嬢様、自分が先を行きます。」
「頼むわ、バルト。」
護衛は馬車の方に2人残して、湖組として3人連れてきている。そして、バルトは一応、リベルタス専属の護衛隊長だ。公爵家の騎士の中でもまぁまぁ腕は立つ方だ。しかも、5年後には公爵家でも一、二を争うレベルにまで成長する。
有り難いことに、王妃候補として育てられていたから護衛に関しては人材はきちんと選んでくれていた。
ただ、前回はティナの聖女の力が発覚した際に護衛が替わり、バルトはティナの護衛についていたはずなのだが…。
今回は帝国へ向かうということで変わらなかったのだろうか。
少し考え事をしながら歩いていると、ユーリの言っていた湖に到着した。
空気も綺麗で、今まで感じたことのないような居心地の良さを感じる。人が手を加えていないからか、湖の近くに咲く様々な種類の花もとても綺麗に、自由そうに育っている。
湖とその花々を覆い隠そうとするかのように、木々は空高く生い茂っている。
ユーリは少し辺りを見まわし、景観が少しでも良さそうなところを探すと、座るためのシートを敷く。
「お嬢様、こちらです!おかけください!」
「ありがとう」
そうして座ろうとした時だった。
『 グォォォォォォォ!!! 』
少し離れた場所から魔物の声がする。
リベルタスはすぐに立ち上がり、聞こえた方を見る。
幸いにも声が聞こえたのは馬車とは反対方向のようだ。
「俺はお嬢様の警護をする、二人は10時と2時に別れて、各自前方と現地点から12時の方向を確認してくれ。数が多い場合は退却を。無理はするなよ。」
「「はい!!」」
バルトがそう指示すると残りの騎士2人は森の奥に進んでゆく。
戻ってもまだ動かない馬車まで襲撃に遭ってしまっては、万が一の時、逃げる事が更に難しくなってしまう。
現時点で騎士たちが倒せそうな魔物であれば、倒してもらった方が今後の道中も、周りに住む人たちにとっても安心なので、とりあえずは動かずにその場待機となった。
「お嬢様、ユーリさん、ここは自分が守りますので安心してください。不安にさせてしまって申し訳ありません」
「大丈夫よ。魔物が出ていなかったからと油断していた私も悪かったわ」
バルトは剣を抜き、護衛が分かれて向かった方向の真ん中あたりを見ている。
ちょうど声が聞こえた方向だ。
何か獲物がいたのだろうか?
私たちを狙っていたのなら、姿を見せて声を出しそうなものだけど。
(ユーリは大丈夫かしら。)
そう思ってリベルタスがユーリの方を見ると、慌てているのか怯えているのか、少し震えていた。
あ、これはまずい…とリベルタスは顔を真っ青にした。
彼女は普段の仕事の際は、基本は落ち着いていて優しい母のような姉のような存在なのだが、極度に気持ちが昂ったり不意の出来事があると、悪い癖が出てしまう。
「私が今日はあまり魔物が現れないとかフラグを立てたからだ!!!」
ユーリは泣きながら急に叫びだした。
いや、魔物が現れないとはリベルタスも言っていたし、ユーリだけではないのだけれど…。
それと、聞き流してはいたものの、そのフラグとやらはなんなのか。
故郷の言葉なのか、たまに彼女はよくわからない言葉を使う。
ユーリは昔、街へ家族とと出かけた時に、道中で倒れていたので連れて帰った後、帰る場所がないとのことでそのまま公爵家で侍女までになった。
最初はリベルタスが希望した事で反対されたが、ティナが言うと一瞬で意見が変わったのを不満に感じたことがあったので覚えている。
「ユーリ!あまり大声を出さないで。」
「お祖母ちゃんがフラグを立てた人は大体みんな死ぬって言ってたんです~!」
「いやだから静かに…。」
「お嬢様!来ます!あちらへ!」
ユーリの悪い癖、それは慌てて落ち着きを失うとよくわからない発言が増えるのだ。
そして周りが見えなくなってしまう。
バルトはユーリの悪い癖を分かっていたのか、それともリベルタスに任せているのか、前方に意識を向け動く茂みの方を注視しながら反対側の湖の入り口の方へ誘導する。
すると、前方から何かが飛び出してきた。
「猫…?」
現れたのは、息も絶え絶えで必死に何かから逃げているような白い猫だ。
魔物に襲われたのだろう。
胴体には爪で引っかかれたような傷がたくさんあり、泥と血で分かりにくいが、辛うじて白い猫だとわかるくらいだ。
「バルト隊長!奥から来ます!1体です!」
「よしお前ら!俺を囮に裏から挟み込め!」
「はい!」
指示の後、バルトは猫の方に雄叫びを上げながら走っていく。
狂暴化した狼のような、禍々しく黒いオーラを放つそれは、バルトと「うおおおおお!!!!」叫んだそれに気づき、猫からターゲットを変えてバルトの方に飛び掛かっていく。
「今だ!」
バルトの声とともに、両脇で待機していた護衛二人が魔物に斬りかかった。
だが、倒し切れていない。
それを直ぐ判断したバルトは動きを止めず、そのまま勢いを剣に乗せるようにのど元に突き刺した。
ドサッ
その魔物は横に倒れ、息絶えたようだ。
バルトはそのまま剣を抜くと付いた血を飛ばすように剣を払い、残った血をハンカチで拭くと鞘に戻した。
「ユーリさん、ほんともういい加減それ直してください」
「うう、本当にすみません…。怪我がなくてよかったです…。」
「バルトも二人も、ご苦労様。ありがとう。」
「いえ、まだ弱い部類のようでよかったです。」
リベルタスは安心しほっと胸を降ろすと、傷だらけの猫の方へ進む。
あの魔物の声は、猫を襲っているときに発した声なのであろう。
傷はおそらく致命傷で、息も弱く目は開くことができないようだ。
もう少し魔物に早く気付いていれば、傷を負う前に、いやもう少し傷が少ないうちに助けられたかもしれない。
いや、何も考えずに進めば誰かが怪我をしていたかもしれない。
彼らは護衛であって、リベルタスを守ることが一番の仕事なのだから。
「ごめんね」
せめて、一人で死んでいかないよう腕の中で、と抱きかかえた瞬間だった。
リベルタスとその猫を包み込むように、いや、二人から目も開くことができないほどの真っ白な光があふれだした。
それは、まるであの時と同じ光景だった。
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