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まさかの地球で激闘が

少女に名付けて現代で

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新しくこの家の住人となった女の子を皆に紹介すべく、居間へと連れて行く。
皆揃っていたようで、女の子に視線が集まっていた。

「新しくここにこの子も住むことになったから皆、優しくしてやってくれ」
「お世話になるです…」
弱々しくも挨拶をする。
やっぱり初対面で囲まれたから怖かったのかな。

「「はーい!」」「ええよろしくね」

コアとチコがすぐに近づいていき子供会議が始まる。
「僕はコア!」「私はチコ…」「「よろしくねー!」」
息の揃ったその挨拶は見事なコンビネーションで、その可愛らしさに直ぐに妖樹とも仲良くなれたようだ。


だが、ここで一つ問題が発生する。
「私…名前無いです…」
悲しそうな顔で女の子が呟く。
あー、そうだ。そう言えば妖樹には名前が無かったな。
一人名前が無いのが悲しいのかうつむく女の子がそこにいた。

「だったら…お兄ちゃんにつけて貰えば良い…」「だね!僕達も、兄ちゃんに付けてもらったしねー」
名付けか、出来ないことはないけど女の子の名前だ。俺が付けても良いものなのか?

「本当…!紡さん…付けて欲しいです…!」
おおう、凄いキラキラした目でこっちを見てきてるじゃないか。
「いいのか、俺が付けても」
「はい…紡さんの事信じるです…」
そうか、これは下手なのをつけるわけには行かないな。この子に似合う可愛らしいのを付けなければ…

「……いにゃ…」
何だ?
一人必死に考える紡の横から何かが聞こえてくる。
そこにいたのは…
「下手な名前を付けたら顔面爪研ぎの刑にゃ…」
暗い顔で呪詛を吐いているにゃん吉が居た。



「よし、決めた。君の名前はテルだ」
「テル…テル!私はテルです!」
嬉しかったみたいだな、良かった。
「テルちゃん…可愛い…」「チコちゃん…ありがとうです…」
「テルちゃんよろしくねー!」
双子からも中々いい評価みたいだな。

「それで、テルの由来は何なのかしら」
「ん?ああ、豊穣の女神デメテルからとったんだよ。
テルは妖樹。そこに居るだけで森を実らせるからさ、やっぱり豊穣かなってね」
素晴らしいテルの力をせっかくなら名前に入れてあげたかったしな。

「むー…及第点にゃけど、しょうがにゃいそれで良いにゃー」
にゃん吉よ、そんなことを言いながらも耳がピクピク揺れているぞ。

「テルですわね、私はフォルよろしくお願いしますわ」
「はい…テルです…よろしくです…」
初めて自分の名前で挨拶したのが嬉しかったみたいだな。
よく見るとテルの頬が赤く染まっていた。

「最後は私ですな。私はミスターP、しがないペンギンのジェントルマンである。よろしく頼むのであるぞ」
何時もながらこいつの挨拶は酷いな。おっさん口調のペンギンなんて、怖いだろうに。

「可愛いです…」
えっ!なんだと…
なんで笑顔でピーを撫でているんだ。テルもとても嬉しそうだし…
ドヤ顔でこちらを向くピーに紡は怒りを感じた。


「決めたにゃー」
急にどうしたんだ?
「テルはにゃーの妹にするにゃー!」
「にゃん吉さんの…妹です…?」
おい、急な発言でテル本人も困惑してるじゃないか…

「違うにゃー!にゃーの事はお姉ちゃんって呼ぶにゃよ!」
興奮しながら、絶対に譲らないと、にゃん吉の目が語っていた。
テルはそんなにゃん吉へと、目を見つめながら…
「お姉ちゃん…」
恥ずかしそうに語る。

おおう…言われてない俺でも分かる。これはめちゃくちゃ可愛いな。
側から見ていた紡がそう感じたのだ、直接言われた本人は…

「テルはお姉ちゃんが絶対に守るにゃ!ずっとお姉ちゃんと一緒にゃよ!!」
テルに抱きつき暴走していた。

「くすぐったいです…お姉ちゃん…」


そう呟きながらも喜んでじゃれ合っている二人は種族や生まれが違くとも本物の姉妹のように紡の目には写っていた。


―――――――――――――――――

side とある屋敷


此処は高級地、だだっ広い土地が石垣に囲まれており、その中には豪華絢爛な和風建築がそびえ建っている。
室内には調度品が並び、使用人と思われる者が歩き回る。
神聖な雰囲気すらするその屋敷の一室、そこに静かに佇む一団がいた。


かんなぎ家】それがこの者達である。
数多くの才能を生み出してきた一派であり、世界でも有数の陰陽師一派の名家である。
巫女としての能力に長け、他の陰陽師とは違う戦い方により、地位を確立してきた一族であり、その戦い方から、武闘派として名の通った名家であった。
長年頂点に立つ神祇官家とはあまり友好では無く、神祇官家に次いで実力のある一派であると評価されている為か、神祇官家を敵対視している。

そんな一族の集まる部屋で行われている総会。巫家一族の各トップが揃った会議である。
そこで皆の前に並べられている二人の子供がいた。
室内の上座には女性が座っており、眉間にシワを寄せながら、目の前に座る二人を睨みつけている。

その女性は、【巫家】の当主。巫 蒼華かんなぎ そうかである。巫家は代々女性が当主を務めており、蒼華は歴代最強の当主と呼ばれていた。

「で、逃したとの事ですが、本当ですか?」
重苦しい雰囲気の中、静かさを消し去るように蒼華が口を開く。
「当主様…申し訳ありません」
「すみません」
その二人の子供とは、優香と皇牙であった。

「先ずは理由を聞きましょうか、あの程度の妖も倒せなかったのは何故ですか?」
丁寧な言葉使いからも分かる怒気に二人は震え上がる。

「対象が妖樹ということもあり…気を抜いていました」
「俺も同じです」
「はぁ…優香、貴方は巫家の直系ですよ、そんな体たらくな事で如何するのかしら。
それと、皇牙、貴方も分家の若い衆のトップを自負しているのであればこんなミスなどしてはならないはずですわよね」
「「申し訳ありません!」」
恐怖に負け二人は見事な土下座を披露する。

「皇矢、皇牙の処罰は任せますがそちらとしてはどの様にするつもりですの?」

急に話を振られた男。荘厳な面持ちのその男は分家のトップである【更科さらしな家】の当主、更科 皇矢さらしな こうやである。皇牙の実の父親であった。

「ふむ、皇牙の処罰を任せていただけるのであれば、対象を倒すまで帰ってくることを禁止しようかと」

その言葉に皇牙は息を飲む。
どこに行ったかもわからない妖を探すなど、海の中から一つの小石を探し出すようなものだった。

「そう、皇牙がそこまでするのでしたら、優香、貴方も対象を倒すまでその他の行為を禁止とします。
ただし、優香は女の子ですから寝泊まりのみはここに戻ってくることを許可します。
二人とも巫家の恥にならぬように必ず遂行してくる事」

「「分かりました」」
二人は有無を言わせないその決定に逆らうこともできず従う。

この決定により巫家はとある者の地雷を踏み抜くことになる。幸か不幸か、それは優香にとって運命の出会いへと繋がっていく。





会議も終わり、その場には蒼華と優香だけが残る。いつもの家族水入らずの時間だ。
そこでは…

「優香ーごめんなさいねー!みんなの前ですものあんな決定を下してしまって。
本当は優香に捜索なんてして欲しくないのにー…」

蒼華のキャラが崩壊していた。

「はぁ、蒼華様、私がミスをした責任です。当然の結果ですよ」
「もう…二人っきりの時はママって呼んでって言ってるでしょー!優ちゃんは固いなぁ」
「お母様…」
会議の時に見せていた雰囲気は消え去り、そこに居たのは只々娘が大好きな母親であった。

「そういえば、確か今日呪符制作用の筆を優ちゃん買いに行ってたはずだけど何かいいの見つかったー?」
「ええ、運の良いことに見つかりましたよ」
優香は袖から今日買った筆を取り出す。
すると…

「優香、その筆詳しく見せなさい」
急に真顔に変わり焦るような声で催促する蒼華。その姿に優香は疑問を覚える。
「ええ、これですわ」
震える手で筆を受け取り真剣な目つきで見つめる。
「優香、これは何処で?」
「何時もの所ですよ」
「そう…」
未だに震える手でそっと床に置くと真剣な目で優香を見据える。

「これは領主としての命令です。この筆を手に入れた経緯を話しなさい」

蒼華の雰囲気の変化に気圧されながらも、筆を手に入れた経緯を語っていく。


「なるほど、それではこれを見つけたのはその少年だということですね」
「はい、私はそれを受け取っただけですので…」
「そう…優香、今から話す事は誰にもいうことを禁じます」
誰にも、という事は一族にも言ってはならない。それほど危険な話という事だ。
怖がりながらも優香はこくりと頷いた。

「まず、この筆ですが、おそらく龍の髭が用いられています」
「りゅ!?龍ですか!!」
そう、龍とは天災であり、いくら陰陽師とあれど敵対してはならない存在である。
まさかそれ程の素材が使われているとは。
優香の背筋が冷たくなる。

「ええ、天災である龍です。妖力に反応して輝いているので間違いないでしょう。
そして、これは陰陽師にとってどんなに金を積もうが手に入れることができない一品。
これを持つことがばれたならば他の一派との戦争に発展する危険があります」
まさかこんな事になるとは…筆を買ってきたらド級の爆弾であった。

「勿論、身内にも秘密にしなければなりません。
これは優香を殺してでも手に入れようとする者も出てくる一品。
それほどにとても希少なのですよ。
絶対に見つからないように対処しなさい」
「分かりました…」
身内に助けを求めることもできないとは…
優香は絶望する。

「はぁ…それにしても、その少年は何者なのかしら…」
「店で会った時は普通の優しい人でしたよ。弟さんが言うには良い物を見つけるのが得意って言っていました」
「もし、その少年が本当にそれを自己判断で選んだのであれば、それはもう得意なんでレベルではないわ…一種の天才とでも言うのかしらね」
まさか、あの優しそうなお兄さんにそんな力があるなんて。
優香は顔を思い浮かべていた。

「あら、優ちゃんその子のことを考えてるのかしら。
まさか一目惚れとか?」
「ち…違います!!」
「本当にー??」


此処は陰陽師の名家【巫家】。その屋敷の奥では、騒がしくも暖かい普通の親子のやりとりが繰り広げられていた。


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