御伽噺に導かれ異世界へ

ペンギン一号

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死んだ先が異世界で

激闘 狼王 戦場で 2

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濃い血の匂いが漂う。周囲には怒号が飛び交い、剣戟が舞う。
ここは戦場のど真ん中。
一匹の狼と一人の狐が見つめ合っている。


初動はカースフェンリルからだった。
地震の身体能力を生かした、全速力での切り裂き。フェンリルとして生まれ変わり呪いに蝕まれながらも一切衰えてはいない一撃。
先程少女を虐めて遊んでいた余韻もありこの一撃で決まるとカースフェンリルは何も考えず振り下ろす。
その顔は余裕からかおもちゃを見る子供のような目をしている。

「なんだその目は、気に入らないな」
紡は迫り来る一撃をやすやすと躱すとお返しに顔面へと木刀を叩き込む。


まさか避けられ、反撃までされるとは思ってもみなかったカースフェンリルは驚く。
こいつはなんなんだ?という視線で紡を睨みつける。
カースフェンリルは進化してからあまり時間がたっていないがこの付近一帯では最強であり、狼の王として自身のスピードを誇りに思っていた。
人間如きに避けられるはずがない。だが予想を覆し紡は、反撃までしてきた。

信じられない。カースフェンリルは困惑する。
だが先程から感じる、追撃された顔の痛みがこれが現実だと物語っていた。

カースフェンリルは目の前で佇む人間に対する認識を改める。


『こいつはおもちゃでもなく、餌でもない。俺と戦える力を持った生物だ』と。



カースフェンリルの目が変わる。
そうか、やっと俺のことを敵と認識してくれたか。
俺はこれから始まる真剣の殺し合いに頬が緩む。
すると、急にカースフェンリルの周囲からどす黒い魔力が溢れ出し、体に巻き付いて行く。

「こっからが本気って訳か」
渦巻く魔力を纏うと、再度動き出す。
先ほどと同じ振り下ろしだ。但し、スピードと威力は桁違いだった。

ちっ…
肩を軽く切られながらギリギリで回避する。
危ねぇな…これじゃあ避けるだけで精一杯だわ…
ここで仕留めるつもりかカースフェンリルが連続で切り裂く。

回避しきれない攻撃は必死に木刀で受け流す。一撃でも直撃を受けたら体は弾け飛ぶであろう。
そんな乱撃を舞うように回避していく。

「しつこいなっ!」
回避ばかりでイライラしていた俺は無理やり顔面へと木刀を叩き込む。

ガッ!「うおっ!?」
最初の一撃とは違い、岩を切りつけたような感触がした。
くそっ…さっきのやつで防御も上がってるのかよ…

俺は急遽後ろに飛び下がり距離を取る。
あー、回避はギリギリ、攻撃に当たれば即死、こちらからの攻撃は通じない…
「とんでもない無理ゲーだなオイ」
心の声が漏れる。

現状を見てか、「どうするにゃー?にゃーも手伝うかにゃー?」と隅からにゃん吉が心配している。

共闘してもいいけど…あれ試して見たいしなぁ
「悪いがもうちょい待ってくれ」
「わかったにゃー」
にゃん吉はお気に入りのスルメを片手に岩の上に座り、観戦を続ける。

さて、やってみますか。
対峙しながら俺はある魔法を構成する。
双子との契約によりコピーできた魔法。
異世界の魔法ともかけ離れた奇術を発動した。

消費した魔力に答え木刀に透明な刃が構成されていく。
おお!こいつは面白いな!
成功したことにニヤリと笑う。

纏った木刀を掲げ、カースフェンリルへと斬り込んでいく。
急な特攻にこちらに振り下ろそうとしている腕を紙一重で避け、胸から背にかけて木刀を切り上げる。


ザッ……ブシュ!
「グガアアァァアア!!!」
戦場に狼の叫び声が響き渡る。
血が吹き出し、地面を染める。
俺の一刀はカースフェンリルの腹を斬り割いていた。


予想だにしない一撃にカースフェンリルは激怒していた。
魔の森で突如進化してから初めて感じる痛み。
そして最強だと自負していた自身に命の危機が訪れたことに。
それが目の前の人間が起こしたという事実に。
しかし、もっとも激怒していた理由はこの人間が狼王として最強を誇っていた自身のプライドを虚仮にしたことであった。


いきなり、周囲の地面が吹き飛ぶ。
カースフェンリルがブチ切れ周囲へと無差別に雷魔法を発動していた。
「うわ、見境なしかよ」
かなり広範囲だった為、周囲で戦う冒険者や騎士、モンスターにすら雷の雨は降り注いでいく。
当たったものは全てが吹き飛び形すら残っていない。

理性を取り戻したのか、カースフェンリルがこちらを凄い眼光で睨みつける。
これはやばいな…ブチ切れてやがる
纏っていた魔力はドロドロと流れるような漆黒の魔力へと変化し、目は赤黒い血のような光を放つ。

俺はそれを眺めながら、そうか…これがよく凍夜が言っていた…「噂に聞く第2形態ってやつか…」などと呟いていた。

地を撒き散らしながら今までの最高スピードで突っ込む。
「やばっ!?」
とっさに反応できなかった。
キレた事により、より一層破壊力が増す。
回避しきれなければ当然のように紡はバラバラに吹き飛ぶ威力を有した一撃であった。

「ボフッ…!」
不思議な音を立てながら地面を転がっていく。
勝利を決定づける一撃。カースフェンリルは勝利を確信し雄叫びをあげる。
遠くから見ていた冒険者や騎士、領主までもが死んだと確信する。

吹き飛んで止まったまま動かない紡。皆が死んだと思う中彼が生きていると信じていたのは2人と1匹だけであった。

「にゃー!早く起きるにゃー!」
「お兄ちゃんがんばってー!」「兄ちゃんがんはれー!」

雄叫びだけが轟く中、子供達の声援が戦場に響き渡る。
付近に居た冒険者などは悲痛な表情を浮かべ、騎士達はそっと俯く。

そんな空気の中…
「おい、にゃん吉も応援しろよ!」
紡は立ち上がる。
「ご主人は戦闘狂いだから、応援しなくても勝つって信じてるにゃー」
「そうか、より一層負けられないな」
固まる皆を放ったらかしにしたまま雑談をしていた。


まさか生きているとは…そんな顔をしながらカースフェンリルは固まっている。
「残念だったな俺はまだ生きている」
手に白い塊を持ち立っていた。
それにしても、受けきれてよかった。

紡はぶつかる寸前魔法により自信とカースフェンリルの間に緩衝材を生み出していた。
手に持つ白い塊。紡が生み出したのは…



マシュマロだった。



『お菓子魔法』それがチコとコアを召喚した事によりコピーしたスキルだった。
異世界にも地球にも無い系統外な魔法。能力は単純、無機物か魔力をイメージ通りのお菓子へと変化させると言うもの。
強度や制度もイメージに左右される。
この力により紡は木刀に飴を纏い鋭さを上げ、緩衝材としてマシュマロを生み出した。


しかし、魔法により防ぎきったが、紡も完全に無事とはいかなかった。
あー…やっぱ完璧に防ぎきることはできなかったか。
仮面の端から鮮血が流れ落ちる。
これ以上長引けばまずいかもしれないな…まぁ、相手もギリギリみたいだけど。


いくら第2形態になり、強化されたと言っても腹を掻っ捌いている。
先程から血の減りすぎかカースフェンリルは軽くふらついている。紡はそれを見逃していなかった。

殺したはずなのに…カースフェンリルは目の前の死なない人間に恐怖を覚える。
その恐怖は狼王として初めて感じるものであった。
狼王としてのプライドがなす技か、ふらつく体でカースフェンリルが紡を睨みつける。
覚悟を決めた目をしている。

急にカースフェンリルがこちらへと口を開く。
ん?何するつもりだ?

すると、口の前に金色の球体が現れ、高密度な魔力と禍々しい魔力が混ざり合いビリビリと衝撃波を放ち出す。
あれはヤバイ、見るだけでわかる。あれをもしこちらに撃ってきたならば後ろの街もろともここ一帯が消し飛ぶほどの威力があると。

近くでは石の上でチコがにゃん吉を抱え、コアと並びながらこちらを観戦している。
俺を信じているのか動こうともしない。
呑気にこちらを見ながら3人で手を振っている。このままじゃ吹き飛ぶというのに。
さらに街の中にはフォルもいる。






「吹き飛ばさせるわけにはいかないな」






しゃあない、少し無茶するか。
紡は魔法を構成する。ギリギリ行動できる魔力のみを残し、それ以外は全てを注ぎ込んでいく。

対峙しながら魔力を構成していく紡とカースフェンリル。
最初に動いたのは……カースフェンリルからだった。

スキル【狼王の一撃】、狼王としての全ての力を注ぎ込み構成した魔力に呪いの力が混ざり込んだ波動。破壊力が一段と上がっていた。

「グガァァアアア!!!」
その力が咆哮と共に紡へと向けられる。
かなり無理をしたのだろう、カースフェンリルは発動後、どさり…と地面に倒れ臥す。

かなりのエネルギーを内包したその一撃はキラキラとした白と黒の軌跡を描きながらこちらへと向かっている。
キュイーンと聞こえる高音から圧倒的な破壊力を感じる。

どんどんと近づいてくる一撃を前に紡は漸く構成が終わる。
殆ど魔力を消費したため来る疲労感に耐えながら発動した。


ドスンッと重量のある音と共に目の前が薄い黄色に染まる。城門すら越えるほどの巨大な塊が姿を現わす。
それは軽く甘い香りを放ち堂々とした出で立ちで鎮座している。


お菓子魔法により作成されたそれは巨大なプリンであった。
「イメージ通り!頑張って防いでくれよ!」
このプリンに紡は全てを託していた。


生成されたプリンに砲撃がぶつかる。
ぐにゃりと形を変え、プルプルと震える。
波動の衝撃に歪みながら飛んできた波動を包み込むように動く。
拮抗を始めて数秒、ついに波動を完全に包み込む。

一瞬の静寂。

「ボフンッ!」
突如プリンの中で爆発が起こる。
激しく膨れ上がり震えだす。
プリンはかなりのエネルギーを吸収したのか全体に弾け飛ぶ。
跡には何も残らなかった。



ふぅ…耐えきったか。
プリンのシャワーが降り注ぐ中一人ホッとしていた。
さて、後始末をしますか。
俺はカースフェンリルへと近づく。そこには血を垂れ流しながらも生きている狼が居た。
「ありがとな、お前との戦い楽しかった。異世界へと来て、お前は一番強かったよ」
言葉が通じてるのかわからないが狼が軽く微笑んだように感じた。

「殺し合いだからな、これで終わりだ」
覚悟を決めたのか、狼は目を瞑る。
ふっ…軽い息遣いと共に狼の首が宙を舞う。




ここに紡とカースフェンリルの殺し合いが決着した。


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