御伽噺に導かれ異世界へ

ペンギン一号

文字の大きさ
上 下
1 / 61
死んだ先が異世界で

少女を助けて異世界へ

しおりを挟む


「むかしむかし、あるところに…」




懐かしい。遠い昔の思い出。
目の前に降る鉄骨の雨を見ながら思い描いたものは、ばあちゃんが読んでくれた絵本の冒頭だった。
今は亡き、ばあちゃんの声を思い出す。
――懐かしい…ここで思い出すなんてな。
今はもう聞けない声に胸が締め付けられる。



刻が止まった様な静寂の中…現実は止まらず、鉄骨の雨が四肢に容赦なく突き刺さっていく。
それは無慈悲にも体の中を暴れまわり、内臓を破壊しながら地面を汚す。
突如、一面に広がる錆びた鉄の様な匂い。
どこかから落ちたであろう赤黒い塊が地面に転がっている。

もう、痛みすら感じない。沈みゆくように消えていく意識。薄れゆく景色の中、最後に見たものは助けた少女の泣き顔と動画を撮る野次馬の集団だった。




「俺には無理だったな…」




柄にもないことを呟きながら、ついには―――視界すらも闇に消えた。




―――――――――――――――




とある初夏。異常気象により連日続く猛暑により燦々と照りつける太陽。

「―――えー、この公式はだな…」

そんな中、蒸し蒸しとした教室の中に気だるげな教師の授業がこだましている。

「―――この答えわかるやつ…」

外に響き渡る蝉の声。それがより一層夏を感じさせる。



此処は清峰せいほう学園、中高一貫の私立高校である。
何処にでもあるような、一般的な高校であり『誠実』を校訓としている、県内でも評判の良い学校である。

連日の猛暑の中、学校の方針であるエコ活動とやらのせいでエアコンすらつけられず、授業を受ける生徒は皆ゾンビのような目をしていた。
教室内はサウナの様に温度が上がる。
延々と続く、うだるような暑さの中、教師すらも汗だくで授業が進んで行く。





そんな教室の中に目立つ二人組がいた。


「おい、紡。お前この暑さどうにかしてよ」

「アホか…できるならしてるわ…喋り掛けるな凍夜バカ…俺も同類だと思われる…」

「なんだと~!?」


授業中でも御構い無しに騒ぐ二人。
片方が御伽噺 紡おとぎ つむぐ
白い髪の普通顔の少年であり、特技もなく趣味もない普通の高校2年である。
家族は既に亡くなり、現在は一人暮らしで生活している。

もう片方が冬川 凍夜ふゆかわ とうや
サラサラと流れるような美しい髪に、氷のような冷たい目をしており、体はよく鍛えられすらっとした細マッチョである。つまり俗に言う超絶イケメンである。
郊外では途轍もない人気を誇り性格も優しく文句の付け所がない…ある一点を除けば。



凍夜と紡、この二人はいわゆる幼馴染という腐れ縁。小学校から共に過ごして来た事もあり、二人は気心の知れた悪友といった関係で付き合っている。


そして今日も二人は変わらない。毎度行われる、バカな言い合いが始まろうとしていた。
日常会話から始まるいつもの騒ぎ。
隣の女子生徒なんかはこちらを見ながら今日の言い合う内容をワクワクした顔で待っている。

(そんなに期待しているならしょうがないなぁ)

女子生徒の期待に応えるため二人はまたじゃれ合いを始めようとした…




否、始めようとしてしまった。






「ほう…お前らそんなに私の授業が暇だったか?悪いなこんな授業しかできない教師で」


「「!?」」


((やばい気を抜いた!))

不意に耳に届いた声に二人は滝のように冷や汗が溢れる。
急速に固まっていく教室の空気。
急激に広がっていく沈黙。
周囲の生徒達も、いきなり訪れた恐怖に、下を向いている。




俺たちは忘れていた。



本日最後の授業は…この御方が担当だったと…


二人の目の前には、覇気を纏い、此方を鋭い眼光で見つめる、一人の教師が立っていた。
長くまっすぐ伸びた黒髪にすらっとした手足。身長は170cmもあるモデル体型の美人であり、その容姿を際立てるように大人の美女といったような雰囲気を醸し出す女性である。

彼女の名前は篠上 小夜しのがみ さや。紡と凍夜の担任教師であり授業は数学と体育を兼任している。
紡とは生まれた頃からの付き合いであり、幼馴染の凍夜とも見知った仲である。
小さい頃から二人は篠上のパシリとして扱われてきたためか、昔から逆らうことのできない姉貴分である。
その為、篠上に対するトラウマすら抱えており、篠上も他の生徒とは違い二人に対する罰は容赦がない。

紡と凍夜の天敵である。

未だに逸らされない眼光。蛇に睨まれた蛙の如く体が固まり動けない。
突如訪れたピンチに、二人は瞬時に生き残る道を探した。





「「だらけてる御伽(冬川)を注意していました!!」」



そう、全力で友を売った。


その声が耳に届いた途端、二人は睨み合う。

(凍夜、お前犠牲になれ)

(知ったことか、俺が助かるためだ。紡が犠牲になるべきだろ)

此奴を犠牲にすれば助かると、意地汚く蹴落とし合いが始まる。
だが、現実は無情だ。


「…なるほど、両方とも注意されるようなことをしていたんだな?お前ら放課後職員室にこい」


下される審判。これが因果応報か、残酷な宣告が二人に襲いかかる。
逃れようもない絶望のなか、その日最後の授業は終わっていった。






―――――――――――――――






「二人とも懲りないよね」

未だ下された恐怖と戦う俺たちに、声がかかる。
誰かと振り向く。
そこに居たのは、痩せてひょろひょろとした人物。スポーツとはまるで縁のない見た目をしており、軽く押せばすぐに倒れそうなほどに病弱な体躯をしている。
上を見上げると、サラサラと流れる髪に包まれ、どんな者達がみても美人と答えるであろう、整った女性の顔立ちが眼に映る。
どの角度から見ても、絶世の美少女。
それは、深窓の令嬢のように美しい見た目であり、教室の端でありながら、一枚の絵画のような風景であった。
彼女は春日井 淵夏かすがい えんか
俺達の幼馴染の一人であり、そしてこいつは…

「ああ、淵夏か」

「今日も変わらず淵夏は美少女だね」













「やめてよ、僕は男だよ」


残念ながらこいつは男だ。


何度勿体無いと思ったことか…神の悪戯であろう。淵夏は性別を間違えて生まれてきていた。

「ほんと勿体無いよね。女でその顔なら幾らでもモテてただろうに」

「間違いないな。もし女だったら俺が付き合いたいし」

俺も何度誘惑されて来たことやら。
女であれば、男なんぞ選り取り見取りだっただろうに。

「僕はモテなくてもいいよ。モテてもいいことないしね」

そう言いながら俺達に向けられる屈託のない笑顔。
隣からは、「騙されるんじゃない!あいつは男。あれが生えた男なんだ…」というバカな呟きが聞こえている。

そうか、モテなくてもいいか。だが、俺は知ってるんだよな。

「そんなこと言いながら、この前、体育館裏で男に告白されていただろ?」

「えっ。紡、マジか!」

「な、何で知ってるの!?」

そりゃ、見てたからな。

「残念ながら、タイミングよく、見てしまったんだよな。
体育館裏でいちゃついてるとこ」

彼女すらできたことがない俺の前で残酷な。

「いちゃいちゃなんてしてないよ!!見てたのならすぐに断ったの分かるでしょ!」

まぁ、そうなんだけどな。

「そうか、淵夏はもう一人で大人の階段を登ったのか。
どうしよう紡。俺たちだけ取り残されたようだよ」

「残念だ。淵夏はもう、俺たちの届かない場所へと行ってしまったようだ」

幼馴染が大人になって行く。悲しいものだな。

「そんな汚れた階段登った覚えなんかないよ!
それに、相手が男なんだから、そんな事あるわけないでしょ」

そんなあたふたする淵夏の姿に、俺たちはニヤニヤが止まらず背を向ける。
毎度ながら、淵夏もよく騙されるよな。

「あー、またバカにしてたね!笑ってるのが丸わかりだよ!」

「ふっ、ふふっ。悪い、ついつい面白くてな」

「いつも変わらず淵夏は騙されてくれるよね」

「もう…。相手は男なんだよ。僕はきちんと女性が好きだから男に告白されても無理だよ」

あらら、残酷な。
その一言に教室内の空気が変わる。

絶望を体現しながら、下を向き、醜態を晒す数人の男子達とバカ一人。
それは隠れながらも、淵夏へと好意を寄せていた者達。
男でもいいと隠しながらも、覚悟を決めた益荒男達がその一言に撃沈されていた。
頑張るんだ。降られる前に分かったんだ、次はきちんと女性を好きになるんだぞ。
紡はこっそりと悲しむ者達に黙祷を捧げる。

「そういう二人は彼女作らないの?凍夜なら、すぐにでもできそうなのに」

それは、俺がブサイクみたいな言い方じゃないか。俺は断じてブサイクではない。ただ、今はこの場所の平均イケメン値が高すぎて、浮いているだけだ。

「んー、俺もいいかな。今は彼女とか考えるよりも、二人と楽しく過ごす方がいいし」

「そっか。あー、紡は…できたらいいね」

俺は泣いてなんかいない。

「まぁ、紡は平凡だしな。いつか出来るさ、気を落とすなよ」

「イケメン達に言われても嬉しくねえよ」

同情するなら愛をくれ。

「あ、そう言えば僕、紡のことが気になってる人に心当たりがあるよ」
流石みんなの天使淵夏ちゃん。そうだ、そういう情報を待っていたんだよ。

「その子はね、咲夜って言うんだ」

咲夜ちゃんか。可愛らしい名前じゃないか。
…ん?咲夜??

「なぁ、それって…」

「うん!僕の妹」






春日井 咲夜 小学1年生

俺、高校2年

年齢差、10歳






「それは、無理じゃないか?」

「そうかな、二人なら上手くいくと思ったのに。
紡も咲夜のこと絶対好きになると思うよ」

「俺はロリコンじゃねぇ!!」

人の少ない教室に魂の叫びが反響していた。









用があるらしい淵夏に別れを告げ、紡は凍夜を連れて篠上の元へと向かっていく。
放課後の校内では部活動に勤しむ学生の楽しげな声が響いており校内の雰囲気も相待って青春の香りがする。
そんな明るい校内の中を俺たちは処刑台に向かう死刑囚のようにゆっくりと職員室へと向かっていた。
一歩ずつ近づいていく断罪の刻に恐怖を感じつつ職員室の入り口までついた。

「紡ぅ…このまま帰ったら許してもらえたりとかないかなー?」

「諦めろ凍夜。行かなきゃ姉御が家に来るぞ」

「だよなぁ…」

諦めきれない凍夜をよそに、俺は職員室の扉を開く。
職員室には篠上しかおらず閑散としており、静かな時の中で篠上は真剣になにかを見つめながら眉間にシワを寄せている。


久しく見てなかった篠上のその表情に紡はとてつもなく嫌な予感がした。

「来たか、まぁ座れ」

俺たちはビビリながら言われた通りに座った。

「それで、先生なんで俺たち呼ばれたんですか?」

「それなんだがな…」

言い淀む篠上、それを見て凍夜バカが不用意にも話しかけた。

「どうしたんですか?いつもの傍若無人な姉ごっ!?ぶふぇっ!!」

「誰が傍若無人だ?それと姉御と呼ぶなと言っただろ!!」



はははっ…新手のマジックだろうか…
俺の隣から人が消えた。



目の前に座る篠上の手には木刀が握られており、木刀には理解し難い赤い液体がこびり付いている。
後ろではゾンビのようなうめき声。

(お前の雄姿は忘れないぞ!)

俺にはできない無謀な挑戦をした凍夜に尊敬を評し、俺は心の中で手を合わせた。
そんなアホなことを考えてると、篠上が話を続け始める。

「冬川はそこで朽ちていろ。話しがあるのは御伽の方だ」

「俺に話?」

珍しいな。姉御――もとい、篠上先生から話なんて一体なんだろうか。

「あぁ…実家から連絡はあったりするのか?」

その瞬間、室内の雰囲気が変わる。
額に血管が浮かび上がり、頭に大量の血が巡る。
そうか、彼奴らが…
あのクズ共が俺の生活に入り込んで来やがったのか。
俺と祖母を恥だと笑い、散々傷つけ、最後にはゴミのように捨てたあのクソどもが。
どす黒い感情と共に俺は無意識に祖母の遺品であるブレスレットを握りしめていた。

「あるわけないじゃないですか。あのクズ共が落ちこぼれの俺に今更なんの話があるんですか?」

平然では返せない。怒りで半笑いになりながらそう返した。

「…そうか、それならば何もない。帰っていいぞ」

「わかりました。失礼します。」

返事も聞かないまま、俺は冬川を連れてその場を後にする。
周囲に怒気を隠すこともなくその場から離れていく。
その背中を篠上が悲しそうに見つめていた。
凍夜も長年の付き合いか、なにも言わずについて来てくれる。
少し歩きようやく落ち着いた俺は凍夜に一言「ごめん」といい、それに対し「なんのこと?」と冬川が返す。
このやり取りに暖かさを感じながら二人は校門を出て行った。



その頃職員室では篠上が一人残り、一枚の書類を見ながら唸っていた。
日常では見ることの出来ない、珍しいその姿。

「なんで今更神祇官家の長女がこの学校に転校してくるんだ…」

その呟きが無人の職員室に響き渡る。
とても嫌な予感がしながらも、篠上は悩むことしかできずに途方に暮れていた。







~~~~~~






夕暮れで空が茜色へと綺麗に染まる。
帰宅中の小学生が元気よく走り回り、部活終わりの学生達がコンビニ前でアイスを食べているそんなほのぼのとした中、








俺たちは戦っていた。





「よし!俺と紡の全財産合わせて92円!これでは二人ともアイスが食べられない!」

「今世紀最大の大勝負!行くぞ!」






小学生に見られながら。



「あれなにしてるのー?」

「おかあさんいってたよ、あれみたらばかがうつるって!」

「おとこってばかよねー」


コンビニの近くにある公園。
たくさんの遊具の中、一際目立つ大きな青いジャングルジム、その頂きから見下ろす3人組の女子小学生がそこに居た。
残酷な会話をしながらも未だにこちらに向く無垢な眼差し。
冷たい目で見られながらも16歳の高校生二人組はアホな事に全力を尽くしていた。




「「最初グー!ジャンケンポン!!」」

「よっしゃー!!」

「負け…だと…」


結果は凍夜はグー。俺はチョキ。凍夜の勝ちだ。勝者は余韻に浸り、敗者は打ちひしがれる。未だに小学生に見られながら。

夕暮れ時でも気温が下がらない道路の上、凍夜は美味しそうにアイスを食べながら帰り道をいく。
勝利した嬉しさも相まってアイスを見せびらかしながら幸せそうに食べながら。
俺はそんな凍夜を見を見つめ、

(こいつとバカな事しながら楽しく過ごせればな…)

などと、柄にもないことを思いながら家へと帰っていった。






紡の帰り着いた先は築70年いろんなところにガタがきている古びた和風建築である。
屋敷内には開かずの間などもある、なかなかの雰囲気が漂う屋敷であり、近所では幽霊屋敷と呼ばれている。
この屋敷で紡は一人で住んでいる。
一人暮らしにしてはかなり大きく、亡くなった祖母が遺してくれた家。
祖母との思い出の詰まった大切な宝物であった。

そんな紡は帰ってからまず、仏壇に手を備えることからいつも始まる。
黒塗りの高級感漂う仏壇。
その中心に供えられている遺影へと話しかける。

「ただいま、ばあちゃん。今日も元気に学校いってきたよ。冬川もいつも通りバカだし、淵夏も変わらず美人。毎日楽しく過ごせてるよ。姉御もきちんと教師やってるよ。ばあちゃん姉御の心配してたもんね。また何かあったら報告するね」


祖母が亡くなったのは1年半前。高校入学が決まりばあちゃんに報告するため帰っている時だった。

「ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン…」

知らない番号から電話が鳴った。不信に思ったが電話に出てみるとそれは病院からであった。
頭が真っ白になり動けず立ち竦む。そんな俺を淵夏と凍夜が引っ張って病院まで連れていってくれた。
むせ返る薬品達の香りに包まれながら、俺達は緊急治療室へと向かった。

そこには一人の老婆が眠っていた。
震える足で近づく。
紛れも無い、ばあちゃんだ。

静かな緊急治療室の中、何時も俺たちに笑いかけていた優しげな笑顔もなく静かに寝ている祖母を見て、俺の意識はそこで消えた。

後から聞いた話だが。ばあちゃんの死因は通り魔に切られたとのことだった。
背中からバッサリ一文字で切り裂かれたその傷は、内臓まで到達しておりほぼ即死状態だったためか、病院に搬送された時はもう心拍停止状態であったらしい。

しん…と刻が止まったように静まり返る仏間。静寂の中、祖母との思い出を紡は反芻する。
満足すると、紡の刻はようやく動き出した。



広い屋敷に一人暮らしのためやらなければならない家事が沢山ある。
紡は慣れた手つきでどんどんと終わらせていった。
もう慣れたものである。祖母が亡くなってから全て一人でこなしていた事もあり、家唯一の開かずの間以外は掃除も終わった。
ようやく一息つきソファで一人天井を見上げて今日を振り返っていた。

(職員室をイラついてそのまま出てきたけど、今更クズ共はなんの用があったんだろうか…?俺は5歳の頃ばあちゃんと一緒に追放されたはずなのに…)

追放されて以降、俺からばあちゃんにあいつらの話をする事はあっても、あいつらからの接触は一切なかったはずだが…
俺は一人で考えに耽る。
しかしいくら悩んでも纏まらず、俺はあいつらについて久しぶりにインターネットで検索していく。

御伽の実家は神祇官かみつか家という。宗主は神祇官 洞谷 かみつか どうやであり、本家と分家による陰陽師一派である。
神祇官 洞谷には3人の子供がおり、陰陽師のエリートとして日々育てられている。
神祇官家の式神は特殊な物として知られており通常の陰陽師は式神として仕える妖魔を探し出し、契約し使役するのだが、神祇官家は式神を自身の妖力で創生し使役する。
このとんでも能力により神祇官家は長年陰陽道のトップに立ち続けておりいまだにその地位は変わらず現在である。

(まぁ…その力のせいで、式神を創生できない俺と守ることしかできない式神しか創生できなかったばあちゃんは追放されたんだがな…)

もう全て吹っ切れたと思っていたはずなのに何故かそんなことを考えながら検索を続ける。

「えっと…神祇官家長女が国家祓魔官に就職……なんだと!?よくあの家のクズ共が許したな…」

これは祓魔師界隈における特大ニュースであった。
通常名家などは今までの功績からエリート思考が強く特に神祇官家は力こそ全てと思っているため、一般から名家まで幅広く募集している国家祓魔官は名家とはとてつもなく仲が悪い。
水と油のように反発し合う二つは水面下でよくぶつかり合っているとばあちゃんに聞いていた。

(でも、俺には関係ないよなぁ…長女がどうしようと関係ないし)

検索しながら5分ほど悩んでいたのだが、最終的にわからねぇと早々に諦める。実際に実家にもう未練も無い紡からすると陰陽師の情勢なんて、どうでも良い内容であった。
もう興味はないとパソコンを閉じる。
その後は寝落ちするまで只々暇な時間を過ごしていった。







――――――――――――――







翌朝、暑い日差しのせいで、汗だくのまま眼を覚ます。
肌に張り付くシャツに鬱陶しさを感じる。
今日は金曜日、いつも以上に気温が暑く感じ、気だるげな中ゆっくりと体を上げ動き出す。

朝からとんでもない暑さだな…
連日から続く暑さに鬱陶しさを感じる。
暑さにやられかけぼーっとする頭で俺はテレビを付けた。
ついたのは朝からやっているニュース番組。サングラスをかけた解説者と小太りで中年の司会者が写っていた。
朝からのニュースはなかなか大きなニュースなのだろう。キャスターと解説者が忙しなく喋り続けている。

「本日のニュースです。昨日発生した事故により発覚した工事現場建設の手抜き事件についてです。工事現場では多数の死傷者が出ており建設会社側の責任問題として、警察による取り調べが進められております」

「怖いですね~工事の手抜きなら良く聞きますが、工事現場の足組などの手抜きとは…ついに企業はそこまで手を抜きますか~これは一層調査して真相追及してほしいですねぇ~」

「そうですね。早期解決を期待しています。
次はお天気です本日は一日中猛暑日になり平均30度を超えr…」



「ただでさえクソ暑いのにききたくねぇよ…」

俺は精神が暑さに負けそっとテレビを消していた。
だらけながら色々と用意を済ませ終わってから時間を見る。
7時30分か…暑さのせいか食欲も湧かない。やる事もなく俺は少し早いが学校へ向かうことにした。

炎天下で焼けるアスファルトの熱が容赦なく俺に襲いかかる。
延々と降り注ぐ陽射しの攻撃に体がふらつく。
隣ではこの暑さの中、朝から走る小学生達が近所の爺さんに挨拶している。
「元気だな…」
どんなに暑くても元気な小学生に心の底から尊敬しながら、とぼとぼと学校へと向かっていた。





「あー!きのうのばかのおにいちゃんだー!」





いきなり背後からそう呼びかけられる。振り返ると何故か女の子が俺を指差していた。
それはショートカットの元気のよい小学校低学年くらいの少女だった。
可愛らしいワンピース姿に身を包み、ランドセルを背負った少女は屈託のない笑みを浮かべ迷う事なく俺のことを指している。

―――なっ…たしかこの子は昨日の公園の子か。
そう気づいた俺は昨日の全てを凍夜に押し付けるためその子に近づいていった。


その時、ふと嫌な予感が胸を揺らす。
女の子の隣を見上げる。そこはどうやら工事現場のようだ。
大型ビルの建造か何かだろうか、クレーン車まで用意されている。
その現場に沢山組まれた足組の上、猛暑の中でも休まず数人の建設の人が登りせわしなく働いている。

その光景を見ていると、何故か朝のニュースが頭に流れてくる。

『工事現場建設の手抜き事件について…』

頭の中で何度もそのニュースを反芻する。
不意に引っかかる不安感。
何を俺は考えているのか。
実際、全国ニュースの話がピンポイントでここで起きるわけがない。
そんなのは現実的じゃない。
そう頭ではわかっているなのにどんどんと心が揺さぶられるようにざわつく。そのようなことを考えていた時、





「パキッ…」




上空から聞こえた。
俺は確認するようにすぐに上を見上げた。
うん、鉄骨ふってきてるね。




「くそっ…!?」


気づいたら女の子の元へ全力で走り出していた。
走りながら見ても女の子は鉄骨に気付いていない。未だに可愛い笑顔で「バカだー!」と言って此方を指差している。
こんなことになっているとは思ってもいない、曇りのないまっすぐな笑顔。
あの子は自力で避けることはもう間に合わないだろう。

―――ああ、こんな事なら、きちんと朝を食べておくべきだったな。

朝食を抜いたことを後悔しながら夏バテにふらつく身体に鞭打って走る。
目の前に迫る女の子。

「ドンっ!!」

必死に走りつき、飛びかかるように女の子を押し出していく。
よかった、助けられた。その達成感に安心した瞬間、ふとばあちゃんがずっと言っていた話を思い出していた。

「紡、あんたは式神が作れないかもしれない。でもね、本家のやつらは知らない、大事なものを私はあんたに教えてきたつもりだよ…あんたがこれからどんな生き方しようとも構わない。但し、子供の笑顔を守れる男になりな」

そうよく言っていたばあちゃん。
俺はばあちゃんに胸を張って会えるだろうか。


ついに俺の目の前まで来た鉄骨。もう避けることもままならない。
すでに俺は鉄骨から逃げることを諦めていた。
走馬灯というのかな?
あー…遂に俺にも見えて来た





「むかしむかしあるところに…」




ばあちゃんとの思い出だった。
追放されたばかりでかなり荒れていた俺へと話してくれた物語。それは、俺が寂しくないように育ててくれた時の思い出。遠い昔の、それでも色あせない大切な。
そのことに少し嬉しくなりながらも懐かしむ。

「ふっ…」

こんな状況なのに紡ははにかんでしまう。

だが、現実は残酷に迫る。ついには俺の全身に鉄骨が突き刺さっていく。
周囲に飛び散るように広がる真っ赤な花。
鉄骨が俺の体を蹂躙するように貫いていく。
内臓は全て潰れ、口からは血が溢れ流れ続けていく。
体の何処かから落ちたのだろうか。地面には複数の赤黒い塊が添えられていた。

痛みで意識が飛びそうになる。もう立つこともままならない。
倒れ行く中、最後に見たのは泣きながらこっちを見る少女と物珍しく動画を撮る野次馬の集団だった。
キラキラとフラッシュが此方を照らす中、呆然としながら涙を流す少女。
あーあ…泣かせてしまったか…





「笑顔は無理だったな…」


少し苦笑いでそう言った。痛みすらも消え去り感覚が無くなる。命の灯火が消えていくのを感じながら、意識が薄れゆく…

(バカなおにいちゃんでいいから最後は笑顔がよかったな…)

最後まで悔やみながらも、意識が飲み込まれていった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...