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ルージュの伝言
しおりを挟む「さあ、これで映るぞ」
隠し撮りしていた動画が映るよう機械をテレビにつなぎ終え、俺はセキセンに告げた。まもなく画面に彼の家の洗面所が映し出されたが、まだ特に変わった様子は見当たらなかった。
俺はフザン。探偵の真似事をしている。今回の依頼人、セキセンはちょっとした知り合いだった。そのセキセンが奇妙な相談事をしてきたのは一週間前のことだ。
俺が遅い朝食を食べている時、携帯電話が鳴り、セキセンのおびえた声が聞こえた。知らぬ間に自宅の鏡にメッセージが書かれていたらしい。俺は朝食を済ませ、とりあえず現場へと向かった。
セキセンの住まいはセキュリティが整っているマンションの三階にあった。俺は部屋に入り、すぐに問題のメッセージを見せてもらうことにした。
案内されたところ、洗面所の鏡に赤い文字が並んでいた。ところどころかすれてはいたが、しっかりと読むことが出来る。
「私に気づいて」か。
「夜、寝る前に歯を磨くんだが、その時のこんなのはなかった。それは断言できる。ところが今朝起きてみるとこうなってたんだ」
気味の悪いものを見るようにして、セキセンは文字を指した。
「んん、これか?」
俺は洗面台の上あったリップスティックを手に取り、蓋を開けた。色は赤。鏡の文字と同じだ。試しに鏡のはじに同じように字を書いてみる。やはりそっくりだ。
「これは誰の?」
俺はセキセンの前にリップスティックを差し出した。
「わからない。こんな物は今まで見たこともない」
セキセンは一度かぶりを振って否定したが、なにか気づいたのか、「ちょっと待って」と言うと奥の部屋に引っ込んだ。何やらかき回す音がし、しばらくして戻って来ると、その口紅の由来を俺に告げた。
彼がここに引っ越してきたのは半年前。その時、どういう訳か、その口紅が部屋に残っていたらしい。前の住人の持ち物だろうとは思ったが、管理人に渡そうと引き出しに仕舞って、今まで忘れていたという。入れたはずの引き出しになかったので、多分それがそうだ、ということだ。
本当に引っ越した時にあった口紅なのか念を押すと、セキセンの口調は曖昧になった。まあ、無理もない。男で口紅の細かい特徴まで覚えていることは普通ない。
俺はほかに変なことや無くなっている物がないか尋ねたが、それは思い当たらないようだった。もしあったなら俺ではなく警察を呼んだだろう。
以前、空き巣に入られたことがあるらしく、昨夜の戸締りもきちんとすべての出入口に鍵を掛けていたらしい。合鍵を渡している人物がいないかを聞いたがセキセンはかぶりを振った。一応鍵を見せてもらったが、簡単に複製できるものではなかった。
これらの情報をまとめると、考えられることは限られてくる。俺は一応、セキセンの住まいを隅々まで見せてもらったが俺が探しているものはなかった。
「本当に、一体どうやって部屋に入ってこれたのだろう。まさか、幽霊とか」
彼はどうもオカルトに弱い。科学で証明できないものがこの世にはいっぱい転がっているらしい。
もちろん、俺はそんなことは信じていない。合理的説明を付けるのが探偵の役割だ。幽霊とか超能力とか、宇宙人の仕業とか持ちだせたらこの商売も楽なんだが。
「この鏡のメッセージ以外に被害がなかったのなら、少し様子見しよう。その間にいろいろ調べてみるよ」
そう俺は言った。
「少し様子見って、これを書いた犯人は鍵がかかっていた俺の部屋に入ってきたんだぞ。俺は危険じゃないのか。しばらく、どこかに移った方がいいんじゃないのか?」
セキセンはおびえていた。俺は一応気休めを言った。
「メッセージ通りならこの相手はお前に気付いてもらいたいだけで、危害を加えようとは思ってないだろう。大丈夫。この部屋にいても安全だから。それよりも心当たりを探ってみろよ。まず間違い無く若い女だろうから、そんなに難しくないと思うぜ」
納得していないセキセンにアドバイスを残し、俺は部屋を後にした。
これでこの後何もおこらなければ事件は終わりにしていいだろう。ただし、続くようなら、少し仕掛けを施さなければならない。俺はそう考えた。
それから三日後、再びセキセンから電話があった。また、鏡にメッセージが現れたという。俺は再び現場に向かった。
文字は今度も同じ口紅で書かれていた。
「私はここよ」、か。前とは文面が変わっている。
「なんで三日あいたのかな」
俺がそう言うと、セキセンが今までよそに泊まっていたことを告白した。どうにも薄気味悪く、友達の家に泊まり続けたそうだ。意を決して昨夜ここに帰ってきて、朝起きてみたらこうだったらしい。
俺はそこで今度は彼に適当な用事を頼んで部屋から出てもらい、家探しをした。しかしめぼしいものは見つからなかった。
セキセンが戻って、俺は今晩、もう一度この部屋に寝るように彼に言った。もう一度、同じことが起こるのか、確かめたいということを強調し、渋々ながらも彼を承諾させた。
それが昨日のこと。今朝、やはりメッセージが書かれたという連絡を受け、俺は家主にも秘密にして仕掛けておいた隠しカメラを回収し、今、彼にその映像を見せている。
映し出されている映像はしばらくは何事もなかったが、早送りを続けると、目当ての場面が現れた。記録を見ると、午前三時頃だ。セキセンが洗面台に現れ、手に例のリップスティックを持って、鏡に文字を書き始めた。予想通りだ。
しかし、彼にとっては想定外のことだったらしい。驚愕の表情のまま、固まっていた。
「あんたはどうやら、夢遊病の気があるようだ。医者に行く事をおすすめする」
俺の言うことが耳に入ったのかわからないが、セキセンはがっくりとうなだれた。
「セキュリティのしっかりしたマンションの一室に、軽々と忍び込めるものはいない。そこで、俺はこの部屋の合鍵のことを調査したが、確かにあんたの言う通り、あんたが持っているもの以外、合鍵は存在しなかった。
すると、メッセージを書いた者は、あんたの持っている鍵を使ったことになる。あんたが気付かないうちに盗み出し、部屋に侵入。メッセージを書いて、何らかのトリックを使い、夜にはなかったように見せかけたのか、とも考えたが、どうもそんな様子はない。ただ口紅で書かれただけのようだ。
すると残るはあんた自身が書いたか、メッセージを書いた人間があんたに気付かれず、ずっと部屋に隠れているか、だった。
鏡に書かれた文面からてっきり後者だと思い、二回もこの部屋を家捜ししたが、誰かが潜んでる様子はなかった。
そこで結論として、このメッセージを書いたのはあんた自身ということになる。それがわざわざ俺に調査の以来をしたということは、俺を担ぐつもりか、あんた自身記憶にないかだ。
というわけであんたにも黙って隠しカメラを設置したんだが、このカメラの存在をばらした時でもあんたは動揺しなかった。それであんた自身に書いた記憶が無いということで決まりとなったんだが、あんたに納得してもらうため動画を見せた」
俺は今までの経緯を説明した。これで気持よく料金を払ってくれるだろう。
後日談として、セキセンは医者に通い、夢遊病は完治したようだ。何でも、子供の頃から発症していたらしいが本人には親は黙っていたんだそうだ。成長するに連れ、落ち着いていたのだが、最近、彼にはに幼くして死んだ双子の妹がいたことを知り、それが切っ掛けになって再発したのだろう、ということだ。その後、メッセージは現れてはいない。
全て理にかなっているが、ただ、実は納得がいかないことが残っていた。
俺が隠しカメラの映像をセキセンに見せた時に、彼の洗面所の鏡に書かれていた文面は、上の方に「君は誰?名前は?」で、下に「ミエ」となっていた。
上の方の文はセキセンが寝る前に自分で意識的に書いたものだそうで、そしてその答えとして、「ミエ」と彼が夢遊状態で綴ったのだ。だが、問題は彼の死んだ妹の名はミエじゃなくアイだ、ということだ。
調査の結果、セキセンの部屋に前に住んでいた女性の名前がミエ。事故で亡くなっている。このことをセキセンが知り得たのか不明だ。本人は初耳だと言っている。
俺はオカルトは信じない。合理的思考を旨とする探偵だ。だが、預かった件のリップスティックは寺でお祓いすることに決めた。
くわばらくわばら。つるかめつるかめ。
終わり
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