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犯罪心理
しおりを挟む狭い窓もない部屋に、テーブルを挟んで二人の男が座っていた。みると片方の男には手錠と足かせが掛けられ、立ち上がることができないようにされていた。
「これが最初の殺人か?」
目の前に広げられている資料を見て、刑事が聞いた。
「そうです」
とても凶悪犯と見えない、理知的な顔をした男が言った。
「彼女は私の恋人でした。いや、私が恋人のふりをして付き合ったと言ったほうが正確ですか。彼女から言葉巧みにお金を騙し取り、それを告白したあとに殺しました。『君のことはお金が目当てだったんだ。愛してなどいなかった』、と死ぬ間際に言ってやりました」
まったく悪びれない風だ。
「それから約一年後、また同じような事件を起こした」次のファイルに目を通し、刑事が言った。「そして次の年も」
「ええ」男が頷いた。
「同じように若い女性に近づき、お金を巻き上げ、殺したんだね」
「そうです」
「では、なぜ次の年から犯行を変えた?この資料を見ると、三件ともうまく自殺に見せかけていたようじゃないか。なぜ今度はカップルを狙った?」
次のファイルには若い男女の死体が写っていた。女性の方は明らかに陵辱を受けている。
「なぜだと思いますか?」
男が逆に刑事に尋ねた。
男の真意を図ろうと、刑事が男の目を見つめる。不気味な目だ。知的で優しそうな雰囲気を持ちながら、その奥に狂気が見える。
「分からんね」
刑事が正直に答えた。連続殺人者の場合、その犯行スタイルを変えるのは、犯人によっぽどの事態が起こった時だが、何の手掛かりもない現在では推理のしようがなかった。
「知りたいですか?」
男が重ねて尋ねてくる。
「ああ、知りたい」
ここは素直に出て、相手に喋らせる作戦に刑事は出た。しかし男はその作戦に乗らなかった。
「残念ですが教えられません」
男が初めてわずかに笑った。
「そうか。しかしいずれ話すことになるぞ」
刑事は相手を侮蔑するように言った。
男は相手の顔を見て、「そうですね、いずれ」と、答えた。
「そして、次の年も、また次の年も同じようにカップルを襲ってるな。そう言えば、犯行は必ず今頃、7月前後だな」
刑事が言った。
「まあ、夏前のほうが都合がいいかと考えたからです」
「都合?都合とは何の都合だ?」
刑事が問い質した。しかし男は無言で、また薄く笑った。
”冷静に、冷静になるんだ”刑事は心の中でつぶやいた。なんとしてもやつの隙を見つけなければ。
「そうして三件のカップル殺人を行った後、次の年には一家惨殺をしているな」刑事は言った。
「また犯行スタイルが変わっている。つまりこういうことだ。おまえは三という数字にこだわりを持ってる。何事も三度繰り返さなければ気がすまない。しかし、それが終わると、次は別のことをしなければならない、という強迫観念があるんだろう」
「それがプロファイル、行動分析というやつですか?」男は少し驚いた顔を見せた。「確かに別に四回でも五回でもいいですよね。サンプル数は多いほどいい。しかし、同じようなやり方では、慣れが出てしくじりやすいと考えたので三回と決めたんです」
「サンプル?どういうことだ?」
刑事は男にまた質問したが、男は黙ったままだった。
「一家惨殺は去年で三件目」刑事はファイルを閉じ、男を見た。「ということは」
「そう、そういうことです」
言うなり、男は刑事に襲いかかり、隠し持っていたナイフを胸に突き刺した。
「また犯行のスタイルを変えなければなりません」
手錠をかけられ、足かせで椅子に固定されたままの刑事の体から血が吹き出し、彼はもがき苦しんだ。
「今度は連続殺人犯に犯行を知らされながら殺される刑事がテーマです」
体内から血がどんどんと失われ、刑事は朦朧とした意識の中で男の話を聞いた。
「最初は信用していた恋人に騙され殺されてしまう女。駄目でした。次は恋人を目の前で汚され、殺される男。これも駄目。その次が、子供と妻を目の前で殺されるのを見せつけられ、死んでいく男。
期待したんですが駄目でした。そこで今年は方向性を変えたんです。犯罪を憎むことにかけては人一倍の刑事さん達。あなた方なら、死してなお私を追い詰めようとするんではないかと」
男が見つめている刑事の顔面は蒼白となり、深い呼吸が始まった。死の前兆だ。
「待ってますよ、刑事さん。
犯罪を犯す前は、さんざん心霊スポットを巡ったんですけどね。どれも外れでした。
だから、自分がすごく恨まれる状況を作ってから殺してるんですよ。私はどうしても幽霊に会ってみたいんです。どうかぜひ、たたりにやって来てください。
この季節に罪を犯すと決めてるのは、すぐ夏だからなんですよ。ぞっとするには丁度いいじゃないですか」
男は冷たい目を死体に向け静かに笑った。
終わり
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