舞台上の恋

一威

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三輪浦の弟子入りを許した一番の理由はその肌の清らかな美しさからだ。

陶器のような滑らかさと肌理の細かさ。なにより健康的な白さに、甘く蜂蜜がまざったようなミルク色の肌が浅沼の下半身にくるほど好みでおかげで図案は幾らでも考えることが出来て本当に彫ることが楽しくて仕方なかった。

左腰から花を芽吹かせ、蔦を伸ばし、鳥を描き、枝を書き加え、肌の白さを塗りつぶさないように丁寧に持てるすべてを込めてゆっくり右肩へと向かった。
一針ごとに魂を込めるように、過ぎるほどの慎重さで進めた為、三輪浦の背中はあまり埋まらないまま、右の肩甲骨の下に少しひっかかるくらいまでが失踪するまでの結果だ。
三輪浦は見事に浅沼の背中をほぼ埋めてしまったというのに。

三輪浦の居ない部屋で見えない部分に息づく三輪浦の作品。再会してから其れに魂の一部が宿っているといった、それを聞いてすぐ激しく湧き上がったのはならば目の見える場所にして欲しかったという憤怒だ。

お前の精を受け止めた腹に。口付けることが出来る腕に。

それなら其れを彫っているときの目だって覗き込めたのだ。

三輪浦の美しい目はいつだって雄弁過ぎて、あの頃の浅沼は三輪浦の隠し事ふくめてすべてをまるごと愛していた。
早々に気づいてはいたのだ。
能力値の高さと尋常じゃない忍耐強さから三輪浦は望まれれば自分の出来る限りのことを迷いなく与えることができること、多くの願いを聞き入れた代償か自分の心のままに振舞うことにセーブがかかってしまう困難な性質を極めていた事までも。もはや呪いじみた有り様で本人を絶対に幸せにしなかったのが判る。

多分、様々な柵から抜け出る為にあの日やってきたのだ三輪浦は。なのに此処でも同じく振舞うこととなり、美しさに吸い寄せられた客から誘われるまま請われるまま身体を差し出し愛するふりも快楽に流されるさまも演じきってしまった。

可哀想な三輪浦。だが同時に冷淡でもある。
三輪浦は新しい願いを優先的に叶えている。聞き入れた最後の願いを。
最も傍にいて上書きすることが可能な浅沼の望みを。





『満たされたいなら演技をすればいい。そういう単純なことなんです。作り物って本物より理想と努力がまざって精巧じゃないですか』




冬の終わりにやってきた三輪浦は、一目見て厄介な人間であることは解っていた、その人並み外れた美貌からして生き難そうで思わず殴って昏倒させ、ぐっすりと休ませたかったなんて何とも凶暴な好意がわいたほどだ。

白百合の芳香を纏うような清廉な美貌の男は、それを翻すほどに瞳がギラついて雰囲気は冷たく尖りきって、優しく微笑む口元は歪としかいいようがない。

明らかに鬱屈したものをどっさり抱え込んでいるのに本人の無自覚っぷりは憐れで浅沼にはそれがとんでもなく愛らしく魅力的であったのだ。
美しさと不釣合いな飢えた狼の目。色素が薄く、日に透けると金色に輝く。視線は強く真っ直ぐにのびた。


諦念が欠片も滲むことなく、こうまで颯爽と目の奥では暗澹とした苛烈な輝きを燃やすことが出来る人間が他にいるだろうか。

凛としたまま何処までも剣呑に歪んでいく…、幸いも、災いも、等しく受け止めていく彼は、一体どんな悲劇で磨かれたのだろうかと妄想する度にゾクゾクとするものがあるのだから浅沼は自分の性癖に困った。

ああ。その透き通ったミルク色の肌はどんな涙を馴染ませ血を浴びたのだろうか…。
家族と死別し孤独に奔放に奉仕しながら生きる三輪浦。

美しく…、憂鬱よりも麗しく、陰惨さよりも苛烈に安穏さと無縁な三輪浦。
幼くまどろんだ悪意のように頭をもたげている。なんの絶望もなく薄く微笑む、稀な男。
彼を求めて浅沼の客は増えたり減ったり狂ったりでサーカス騒ぎだった。


愛している。最初っからメロメロだったさ。愛さずにいられただろうか。
自分の願いがわからぬままに苦く、時折、祈るようにわらう彼を。一体。


彼が零した言葉は浅沼の胸を抉ったままだ。
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