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しおりを挟む浅沼は刺青師を生業としている。
叔父から技術を受け継ぎ独り立ちし、友人の依頼で作品を被写体として提供してから知名度があがり、おかげで食いっぱぐれる心配はなくなったのだ。ただ、その友人には時々飲み代をせびられるが。
引き篭もりがちな自分を心配してのことだとも解っているから、まあまあ快く奢ってやってはいる。
三輪浦はそんな友人の個展を見てきてくれた客の一人だったのだ。
ゾッとするくらい美しい男で、表情が乏しいながら懸命に感動したことを伝えようとしてくれ、蜂蜜色の綺麗な目をキラキラ燃やして…、絆された浅沼は三輪浦の弟子入りに了承してしまい、また数ヵ月後には恋人という関係が追加されていた。
あれからもう六年。三輪浦は冬の終わりにやってきて四季を三巡したらパッと何の前触れも書き置きさえなく二人の家から消え去っていた。
まさしく忽然と、コンビニに行ってしまった気軽さで居なくなり、そのままずっと帰ってこない。
財布だけを持って携帯さえ置いて消え一時期は事件に巻き込まれた可能性を考え警察まで動いていた。そうした過程で携帯がその消える前日に三輪浦自身によって解約されたことが判明し、自ら失踪したのではと推測された。
滅多に笑うことのなかった三輪浦。ドアを出るときだっていつもの通り声をかけていき、…けれどもかすかに笑っていたような気もする。恋人になる前は浅沼の客に誘われればそのまま寝てしまうことがあったが、けれども浅沼と付き合うことになってからはちゃんと距離を置いて断っていた。浅沼に『もう寝ない、あんただけにする』と宣言した通りに守り抜いていたのだから。
三輪浦は何事も子供みたいな率直さで動きとんでもなくデリカシーだってなく、浅沼に飽きたのだとしたらすぐに告げて関係を解消し、元の師弟関係のみとなる事が出来ると考える男だ。
なのに三輪浦は何もいわなかった。微笑んで、何もかもを置き去りに。…気が狂いそうだ、あんまりにあいつらしくなくて、また執着の薄い奴らしくて。三輪浦の持ち物を浅沼はいまだ捨てることができない。浅沼は三輪浦のものだった。ああ。三輪浦だって浅沼のもので。
だから。
狂気から一歩抜け出せたのはギリギリ観劇の当日朝であった。
「帰るぞミワ」
きっちり観劇し、穏便に三輪浦を出待ちし、だが逃げ出せないよう痛めつけてから浅沼は三輪浦の胸元をつかんで引っ張りあげた。鉈は使わなかった。
そう、三輪浦は浅沼のものなのだから帰る場所は浅沼の自宅しかない。
泣き痕を消す余裕もなく傲然とそう宣言してから、やはり堪らず綺麗な顔に噛み付き久しぶりの口内を堪能した。
病んでしまうほど探し求めた三輪浦は「おっかない」とわらい、穏やかにカシッと浅沼の首筋に歯を立てる。そこには三輪浦の彫った刺青の端っこがある。
浅沼の背中には右肩から滝のようにゆったり左腰へ流れる花々の群れが鮮やかに精緻に描かれ、一羽の鳳凰がその流れに見惚れたように尾を揺らし降りていく様があった。
その尻尾の先がぺたりと首筋にあるのだ。
そこへ三輪浦は自分の作品への愛なのか、恭しく口付けることもあり、大抵は薄くを歯を立てた。まるでその尾羽が浅沼の首筋からはがれそうだったのを縫いとめるようにそっと噛み付いた。
「……ただいま克秋さん」
三輪浦は素直に従って引きずられるままタクシーにのって浅沼の自宅まで大人しくやってきたが、パタンとドアが閉まってしまえば荒々しく豹変した。
それは浅沼も同じで玄関なのに我慢出来ず何の口合わせもなくお互いを求めてしまった。
正面で向かい合ってどちらかが腕を回して相手を引き寄せていられる格好であれば出来ることを全部やった。
浅沼は三輪浦の裸の胸にくっついて背中を抱きしめたまま喘いでいたり、足を広げて腰にしがみ付いて揺さぶられたし、胸元に降りた三輪浦の頭を抱きしめていたり、一番たくさんしたのはお互いの体を弄りまわしながら口内を味わいあったこと。
おかげで翌日の昼めざめたとき体中が痛くて痣と噛み痕まみれで、とくに下半身が感覚がない、だが股関節はギシギシいっているのがわかった。動けない。中に出され服では隠しきれない痕だらけで散々だったが三輪浦は腕の中にいた。
この悲しいくらい幸福な心地がわかるだろうか、喪失のあとだから尚更あまったるく、同時に激しい焦燥の満ちるこの空間のせつなさと飢餓感を。一体だれに。
祈ることも出来ない途方もない恐ろしさを。
浅沼はいっそ三輪浦を殺してしまいたい狂おしい衝動に身震いする、後悔することもわかりながら。
その後悔を踏み越えてもいいほどに三輪浦を繋ぎとめたくてたまらないのだから、たまらなかった。
涙はほとほとと零れ落ちていく。
三輪浦と出会って六年経った、その内三年は空白で苦悩に満ちている。それをたった三年だと笑えるくらいこれからずっと三輪浦はいてくれるのだろうか。
なにもかもが明るく光に満ちた部屋で浅沼の心は暗がりから浮き上がることが出来ず、もがく苦しみのまま萎えた三輪浦のものに再び手を伸ばした。
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