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逃げ出そうとしました 中編(4)

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 学校が終わると、葵は携帯にメールが来ていないか確認をする。
受信箱の中には、『太郎さん』という人物からメールが届いていた。
『太郎さん』とは、田中のことだ。田中太郎。
 それが、あの男の本名だと知ったとき、葵は田中に嫌がらせで『太郎さん』と呼んだ。
 太郎さんは顔を思い切り渋面にして、『田中』と呼んで下さいと言った。
 調子に乗ってそれを無視して再び『太郎さん』と呼ぶと、太郎さんは葵顔で葵の尻を叩いてきた。
 もう、鉛筆ではなく、シャーペンで文字を書くようになった歳になってからクレヨンでものを描いていた歳にされていたお仕置きをされるのは、精神的にくるものがあった。
 更に、その羞恥心と尻を叩かれることによって、田中に抱かれているときの記憶が重なり、葵を呵責した。
 それ以来、葵は田中のことを太郎と呼ぶことをしなくなった。

 そして、せめてもの抵抗として、携帯の表示名を『田中』ではなく、『太郎』にした。
 バレたら、また怒るだろうな。

 葵は携帯の『太郎』の文字をぼんやりと見つめた。
 田中が額に青筋を浮かべて自分を睨んでくる様は面白かったが、そのあとのお仕置きを考えると、またやろうと思うことはなかった。
 田中が起こったそのとき、学童にいたころにされた秋祭りの合唱のときのように、何か性的なお仕置きを受けると思っていたのだが、そのお仕置きはいつも受けているものと同じ尻叩きで、葵が考えていたSEXによるお仕置きの類ではなかった。

 葵は、一度家に帰り、制服から私服に着替えて田中の自宅に向かった。
 田中の家に向かう時は、帽子を目深にかぶるようにしている。田中との関係を誰かに知られたくないからだ。
 幸い田中の自宅であるマンションの周辺には、葵のことを知るものは住んでいない。
 渡された合鍵で田中の部屋に入る。

「来ました」

 挨拶はしない。
 葵の声がぽつりと田中の部屋に響いた。
 この部屋で田中の帰りを待つのは珍しくなかった。
 古い作りのボロそうに見えるこのマンションの部屋は、西洋風のこじゃれた作りになっている。
 防音がしっかりとされているのか、他の住人の生活音を聞いたことはない。
 もしかしたら、田中以外住んでいないのかもしれないが、それを聞くつもりにもならなかった。
 部屋は飾りもののない必要なものだけが揃ったシンプルな部屋だったのだろうが、その様子は、今は見られない。
 ソファには、たくさんのファイルが乱雑に積まれて置かれ、机には英語や、他の国の言葉で書かれていると思われる本がしおりとノートとペンを挟み込まれて編むように置かれてオブジェのようになっている。
 棚の中には、パソコンにつながっている機械の類が独占をしている。
 一度、憂さ晴らしに机の上に置かれている本に落書きをしたことがある。
 どうせ気づかれないだろうと思っていたら、家に返されて数時間後、呼び出されて、尻を叩かれた。
 そのときも、結局、性を意識させられる行為はあったものの、SEX行為はなかった。

「………………」

 あの男はいつになったら、あの時のように自分を抱くのだろう?

「……っ!」

 下半身に走った緊張に気づいて葵は慌ててトイレに駆け込んだ。

「嘘でしょう……」
 下着の下から現れた自分の一物は勃起して、先から透明な液体を滴らせていた。
 田中にいつ抱かれるのかを考えていて、勃起してしまうなんて、それではまるで、田中に抱かれたがっているようではないか。

「違う、違う、違う、これは、違う……」

 自分に言い聞かせる。
 これは、自分が望んでなった自分ではないのだと、これは、あの男に無理やり作り替えられた自分なのだと。

「もう、だめだ……」

 このままでは、自分は完全にあの男に作り変えられてしまう。
 その前に早くこの関係から脱しなければ。
 トイレから出て、部屋を見回す。

 何かあいつが他人に知られて嫌なものを、弱みを見つけ出そう。
 そして、自分が脅されている弱みと引き換えにするんだ。

 葵はソファに置かれたファイルを一冊一冊覗いていく。
 特に目に付くようなものはない。
 というよりも、今の自分には分からない情報ばかりで、理解ができないのだ。
 それでも、葵は探さずにはいられなかった。

 何か、なにかないか、そう、例えば写葵とか、自分に性的な虐待をしているのだから、他の子供にも同じようなことをしているのではないか、脅しのネタとなるような、写葵か音声を持っているのではないか?

 それをつかめば、きっと、田中を脅す材料になる。
 田中がそんな大事なものを葵の目の届きそうな場所に置いておくこと等ないと、普段の葵であればわかっていただろう。

 しかし、それを止められなかったのは、自分の望まない自分に変化をし始めている体と、心を知ってしまったからだ。

 自分は田中に抱かれたがっている。という事実を。

「違う、こんなの、僕じゃない……僕じゃない」

 泣きながら、ファイルと本をぐちゃぐちゃに散らかした床に突っ伏す。
 泣いて腫れ上がった顔に冷たい床の感触が心地よく、葵はしばらく顔を床にあてて冷やしていた。
 そして、いつの間にか寝入ってしまった。

 つづく
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