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終章

第74話 あれから一年

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   邪神との戦いが完全終結してから一年
 ゼムベルト=アークライトはヴィングリードの皇帝の座に就いた。
 在位期間はおよそ十年。
 成人した異母兄の子、アルベルト=アークライトに王位を譲った後は、公爵の地位を賜り、南国の離島に移り住むことになる。

 離島とはいっても、一国を名乗ってもいいくらい大きな島なんだけどね。資源も豊かで、貿易も盛んなので街もかなり発展している。
 

 皇帝の座を退いた後、僕たちの生活は平和そのものだった。
 オルティスは引き続き、国王を支える大魔導師として活躍しているけれど、あと十年したら引退すると言っている。
 ノアも剣術師範として自宅から帝城へ通っている。
 自宅は帝都内にあるオルティスの邸宅だ。

「あ、ノア父様が帰って来たよ-」
「オルティス父様も!」
「二人ともお帰りなさい!」

 ノアもオルティスも帝城での仕事を終え、自宅へ戻ると沢山の子供たちが迎えにくる。
 帝城の次に広い敷地をもつ大邸宅で、魔法の才能がある孤児たちも引き取って育てており、使用人達も元々オルティスに育てられた子達らしい。
 人懐っこいノアに、邸宅に住む子供たちはすぐに懐いたそうだ。


 そうそう、僕の部下だったバシュドラーンとメルザだけど、オルティスの調査で見つけることができた。二人ともしっかりと前世の記憶は覚えていたらしい。
 オルティスとノアがお互いを探していたように、二人も互いのことを捜し、そして再会することができたそうだ。
 二人は一男一女に恵まれ、今は人界と魔界の境界、クレスター山脈の中でも最も低い山頂にある村で静かに暮らしているそうだ。
 機会があったら会いに行きたいと思っている。

 子供と言えば、実は僕にも子供がいる。
 養子とかではなく、僕が産み落とした実の子だ。
 何故男同士である僕とイベルドに子供がいるかというと、僕は以前、アレムに子を宿すルキーアの種を飲まされた。
 その種は体内で実となり、子宮と同じ役割を果たす。
 アレムは僕を孕ませて、その子供を自分の依り代にしようとしていたんだけど、結局死んじゃったからその野望は果たせぬまま、ルキーアの種だけが僕の身体の中に残った。
 そしてゼムベルトの精をこれでもかと体内に受け入れた僕は、女性と同じように妊娠し、出産した。
 イライザと名付けられたその赤ん坊は、黒髪で澄んだディープブルーの目が綺麗な女の子だった。

「ママ、今日はお城へ遊びに行くね!」
「イライザ、またオーベルトの元へいくのか?」

 オーベルトとは現国王の息子で、ヴィングリードの第一皇子だ。ゼムベルトにとっては甥になる。

 現国王の祖母である大皇太后さまも、イライザのことをとても可愛がっている。
 将来イライザとオーベルトを結婚させたがっているようだ。
 イライザもオーベルトもまだ子供だから何とも言えないけど、従兄妹同士だから、結婚は可能だ。ただ、娘溺愛のゼムベルトは大反対している……多分相手が誰であろうと大反対なんだろうけど。


「ノアやオルティスにも会いたいし。行ってくるねー」

 軽いノリで転移魔法を使って、城へ遊びに行く我が娘。
 まだ五歳なんだけど、早くも尋常じゃない魔力を有しているな。
 僕はふうと息をついてから、目を通した書類を整えデスクの上に置いた。王妃の時よりは忙しくなくなったけど、公爵夫人も何かとやることが多い。
 そこにゼムベルトが部屋に入って来て僕に声を掛けてきた。

「ジュノ、少し休憩しないか?」
「今、終わった所だから休憩するよ」

 僕は書類をデスクの端へ置くと、窓辺に設置してあるソファーに腰掛ける。
 イベルドもその隣に腰掛けた。

「イライザは? さっきまで君の部屋で遊んでいただろう?」
「読書は飽きたから、オーベルトの元へ遊びに行くって」
「ち……あいつのところか」
「まだ六歳の子供に対してアイツとか言うな。ノアやオルティスにも会いたがっているみたいだしな」
「二人とも実の娘のようにイライザを可愛がってくれるからな。その点は喜ばしいことだな」

 タイミングを見計らったようにお茶とお茶菓子がテーブルに運ばれる。
 僕はお茶を一口飲んでから呟くように言った。


「今だに信じられないな。魔王だった僕が勇者である君の妻になるなんて」
「もう信じてもいい時期だと思うけど?」
「僕たち、お互いの正体を知らなかったとはいえ二百年間戦っていたんだよ?」
「あくまで前世の話だ。魔王の正体がアシェラだと分かっていたら、俺は戦っていなかったさ。正直、人族がどうなろうが俺の知ったことじゃなかったし、アシェラが死んだ直後は皆死ねばいいと本気で思っていた」

 出た、勇者の問題発言。
 だけど、僕も勇者が君だと分かっていたら、例えアレムに逆らってでも戦を止めていただろうな。
 だからアレムも勇者の正体は言わなかったのだろうけど。

「人族はどうでもいいとか言っているけど、結局魔族と人族の戦いが平定してから、君はお姉さんの子孫や、戦災孤児たちも育てていたんだろ?」
「それはオルティスがいたからだ」
「オルティス?」
「あの時の俺は本当に人族も魔族もどうでもいいと思っていた。だが大神が去った後、オルティスがやってきたんだ。そして君の死体を見るなり自害しようとしたから、反射的に止めていた」

 そういえば、そんな話を聞いたことがある。
 オルティスは、勇者イベルドに救われて今日に至る、と。
 
「オルティスは俺の仲間だったノアと愛し合ったこと、彼を死なせてしまったこと、主君である魔王を守ることができなかった自分を責めていた……俺と同じ痛みを持つ者を目の当たりにして、考えを改めることにしたんだ。人族と魔族が共存する世界を実現させてやろうと。その方がアレムへの復讐になるとも思った」

 アレムは人族の絶望と恐怖が糧らしいからね。
 僕を魔王に仕立て、魔族の強化を図ったのは、人族に恐怖と絶望を与える為。
 だから魔族と人族の共存はアレムにとって一番望ましくないことなのだ。
 オルティスに感謝だな。お陰でイルは闇堕ちせずにすんだのだから。

「記憶を思い出す前、預言書について書かれている内容に半信半疑だった俺を後押ししてくれたのがオルティスだった。預言よりも、ジュノを心の底から求めている自分自身を信じるように、と。出会ったら、必ず分かる筈だ、とも言っていた」
「預言書か……そういえばあれって誰が書いたものなの?」

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