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終章

第73話 大樹の下で

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「――――!?」

 僕は木漏れ日のまぶしさに目を覚ました。
 気づいたら大樹の下にいたのだ。
 どこの樹の下かというと……僕はゆっくり起き上がり周りを見回す。
 そばに湖がある。
 水色に澄んだ綺麗な湖だ。魚が泳いでいるのが見える。
 暖かいな、と思ったら、焚き火があって串に刺さった魚を焼いているようだった。
 ゼムベルトは僕の隣でまだ眠っている。

「ジュノーム様、気がつきましたか」

 オルティスがこっちに歩み寄ってくる。
 彼は両手に木の実が沢山入った袋を持っていた。

「オルティス、ここは?」
「魔王城の近くにある湖畔です。あれから魔王城が倒壊しそうだったので、ジュノーム様を連れて、ノアと共にここまで来たのです」

 何もないと思っていたカーマ平原だけど、綺麗な湖もあって、大樹も生えている……この木は樹齢何年なのだろうな。八百年は経っているのかもしれない。帝城敷地内に生えていた大樹よりも強いエネルギーを感じる。

 樹齢八百年……そういえば、ミレムは大神によって木にされたと言っていたけれど、まさか、この大樹が……?
 見たところ大きなエネルギーを感じること以外は何の変哲も無い大樹だし、害はなさそうだ。

 オルティスが沢山の実を採ってきている所をみると、実がなっている木も生息しているのだろう。周辺は小動物も住んでいるみたいだ。

「ゼムベルトもお前達が運んで来たのか?」
「いえ、殿下は先ほど転移魔法でここまで来て、今は一休みしている所です」

 あの異空間からここに転移してきたのか。
 あれだけの戦いをしたからな。疲れるのも無理はないけれど。
 眠っている顔は子供みたいだよなぁ。

「おーい、イベルドとジュノの分の魚も釣れたぞー!」
「ノア、いい加減に、殿下のことを前世の名前で呼ぶのはやめなさい」
「あ、悪い、悪い。つい癖で。ゼムベルトの分も釣れたぞ」
「ノア、呼び捨ても良くないですよ」
「堅いこと言うなよ。皆がいる前ではちゃんとしとくからよ」


 あっけらかんと答えるノアに、オルティスは苦笑する。この二人はこれからも、こういうやり取りがありそうだな。
 慣れた手つきでナイフで魚の鱗を取り、串に刺して焼くノア。
 オルティスがとってきた木の実も、栄養満点の美味しいものばかり。周囲には防御魔法もかけられていて、寒風も入って来ないようになっている。この二人がいたら、いつでも快適な野宿が出来そうだな。

「ジュノ、ずっと眠っていたみたいだけど、イベルド……じゃなくて、ゼムベルトの行方は掴めていたのか?」
「うん。ゼムもアレムも宇宙空間のような場所で戦っていたよ」
「宇宙空間?」
「とにかくこの世界とは違う世界で戦っていたってことだね。ここでまともに戦ったら、とんでもないことになるから」

 僕はオルティスとノアに、ゼムベルトとアレムの戦いの様子、前世の出来事のことも全て話して聞かせた。
 二人は驚きが隠せないようだったが、同時にすぐに納得もしたみたいだった。

「俺が生まれ変わったのも大神様の計らいだったってことか」
「ああ、ついでにお前も転生しておいてくれって大神に頼んでおいた」
「ついでって何だよ!? ……って、イベルド、起きていたのか?」
「だから、今はゼムベルトだって言っているだろう? 前世から変わっていないな、お前は」

 ゼムベルトは後ろ頭についた草を払いながら起き上がり、苦笑交じりに言った。
 何だか以前よりノアとの距離が縮まっているのは、仲間同士だった時の前世の記憶が蘇ったからだろうな。

「ついでというのは冗談だ。俺の仲間や魔王を支えていた配下たちも転生するようにして欲しい、と大神には頼んだ。北将バシュドラーンが元々俺の親友であるバーシュだったこともあってな」


 そうか……バシュドラーンもメルザもどこかで転生しているんだな。
 二人とも今度こそ幸せになって欲しいところだ。
 僕の心を読んでか、オルティスが言った。

「バシュドラーンとメルザの生まれ変わりがいないか調査しておきます」
「ああ……だけど、もし向こうが僕のことを覚えていないようだったら、極力干渉しないように」
「承知しました。二人の安否のみジュノーム様にお知らせしたいと思います」

    ノアは地面に刺している魚の串刺しを裏返しながら、ゼムベルトに尋ねた。

「それにしても、シキの野郎まで転生させたのは余計だったよな」
「大神が勘違いして転生させたのかもしれないな。あるいは、今回の展開を見越してあえて転生させたのかもしれないが」
「そういえばゼムベルトは邪神を余裕で倒してたみたいだけど、前回はなんで魂までは倒せなかったんだ?」
「あの時は黒炎地獄を抜けたばかりで体力が僅かしかなかったからな。魂は封印するのが精一杯だった」

    地獄を抜けて休む間もなく邪神と戦ったのか。
    それでも肉体は倒し、魂は封じたのだから凄過ぎる。

 僕たちはその日、とりとめも無い話をしながら外で一夜を過ごした。
 そして体力と魔力が完全回復してから、瞬間転移魔法でアークライト城へ戻ることになった。
城のエントランスに僕たちが現れたのを見て、その場にいた衛兵や使用人達は驚いていたけれど、次の瞬間歓声を上げた。


「「「ゼムベルト殿下、万歳!」」」
「「「ジュノーム妃殿下、万歳!」」」


 皆して万歳三唱しだすから、僕は何だか恥ずかしかったけどね。
 意外にも皇后様も心配して下さったようで、目を潤ませて僕に駆け寄って来た。
 しかもハグまでされたものだから、僕の目はまん丸になってしまった。

「あなたは立派な王妃です。この国の為に魔物の軍勢に立ち向かっている姿を私は見ていたのです」

 彼女は僕がイプティーと共に魔物の軍勢に立ち向かっている姿を見て感動したのだという。
 元々、王妃教育を受けていた時から、僕のことは気に入ってくれていたみたいだけど、ますます気に入られてしまったらしい。
 結構純粋なお嬢様なんだろうな、この人は。
 イプティーも炎の妖精族であるアドラに支えられながら、僕たちを出迎えてくれた。

 よかった、無事に城に戻ることが出来ていたんだな。

 だけど水の魔物に犯され、身も心も傷ついているはずだ。今は顔色も良く笑顔で僕を迎えてくれているから、少しは回復に向かっているのかも知れない……どうか無理をせず、身も心も養生して欲しい所だ。
 彼はアドラと共にゆっくりこっちに歩み寄って来た。

「お帰りなさいませ。ジュノーム様」
「ただいま、イプティー」
「ジュノーム様、僕はあなたの足を引っ張って……」
「何を言っている? イプティーがいてくれたから、魔物の軍勢を魔界まで転送することができたんだ。今の平和は君のお陰でもあるんだよ」
「ジュノーム様」

 ぽろぽろと涙をこぼすイプティーの肩を抱き寄せるのは、よく彼とケンカしていたアドラだ。
 まるで弱った雛鳥でも守るかのようだな。
 弱ってしまったイプティーを支えずにはいられなかったのだろう。
 イプティーを支えるアドラの眼差しは、いつになく優しかった。

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