上 下
52 / 76
第四章

第52話 魔族の来襲①

しおりを挟む
 
 あれからどれくらい求め、求められたのか分からない。
 最初はされるがままだった僕も、だんだん自分からゼムベルトを受け入れるようになっていた。
 特にゼムベルトを見下ろしながら、馬乗りになって受け入れる騎乗位は僕も気に入った。腰を動かすとゼムベルトは蕩けるような表情を浮かべるのだ。
 あの勇者がこんな顔をするのか……もっと、彼を骨抜きにしてやりたい。僕なしじゃいられないようにしてやりたい。
 ジュノーム=ティムハルトとして彼が愛しいと思う反面、魔王としての記憶がゼムベルトを支配したい、独占したい、彼を屈服させてやりたい、どうしようもない負の衝動も突き上げてくる。
 だけど、ゼムベルトはそんな僕の負の感情さえ喜んでいる節がある。
 彼は僕に支配されても構わないと思っているようだし、独占欲を剥き出しにした僕を見ても嬉しげだし、僕が跪けと言えば、何の躊躇もなく跪くような気がする。

 この勇者の生まれ変わりは、平たく言えば変態なのだと思う。それが負の感情であろうと、正の感情であろうと、僕の行動一つ一つに新たな発見があるたびに嬉しくてしかたがないみたいだ。

 ひとしきり求め合った後、僕はゼムベルトの腕の中で微睡んでいた。
 まだ興奮覚めやらぬのか、ぐっすり寝ることはできない。
 少し頭を冷やしたくなって、僕はバルコニーへ出た。
 夜中である今は街の灯火もほんのわずか。だけど満月がいつになく明るく下界を照らし、夜の街並みを見渡すことができた。

 僕は自分の身体を抱きしめる。身体が震えるのは外が寒いわけじゃない。
魔王ともあろうものが、今、恐怖に駆られているのだ。
 ゼムベルトとの結婚が近づくにつれ不安になる。
 このままでいいのか、と。
 結婚するまでに、魔王としての前世の記憶があることを告げた方がいいのかもしれない。
 信じてくれるかどうかは分からないけど。
 ノアが勇者の仲間の生まれ変わりであることに関しても、ゼムベルトは未だに半信半疑のままだった。

 一度オルティスに、自分が魔王であることを告げた方が良いのでは? と相談したことがあったのだけど、彼は何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。
 
「ノアの前世のことを、私からも何度か殿下にご説明申し上げたのですが、今ひとつピンと来ていないようです。もちろん信じていないわけじゃないのですよ? しかし本人の記憶が蘇らないことには、いくら説明してもお伽噺を聞くような感覚になってしまうのではないかと」

 
 確かに僕がこんなに悩んでいるのも断片的ではあるけど、前世の記憶があるからだ。もし記憶が全然なかったら、前世の出来事も他人事のように聞いていたと思う。
 ゼムベルトの記憶もそうだけど、僕自身完全に記憶が蘇っていないことにも不安を覚えている。
 氷の檻の中でアレムに無理矢理記憶を引きずり出されそうになった時、僕自身は思い出すのを拒否していた。
 記憶が断片的なのはもしかして僕自身が思い出したくないからなんじゃないだろうか? 
 そんな僕の記憶がふとした拍子で蘇ってしまったら、今までのように素直にゼムベルトを受け入れることができるのか? 
 全部思い出さないことには何とも言えない。

 僕の前世が魔王であること。
言わないよりは、あらかじめ言っておいた方がいいんじゃないかと思う。
 ゼムベルトの記憶が蘇った時の悲劇のことを思うと。
 
 
 明日、彼が起きた時に自分が魔王の生まれ変わりであることを告げよう。



◆◇◆
 

  翌朝
 僕が目を覚ました時、隣にゼムベルトの姿はなかった。
 しまった、先を越されたと思ったのも束の間、イプティーが部屋に飛び込んできて僕の前に跪いた。

「ジュノーム様っっ!急いで身支度をして避難の準備をお願いします!!」
「避難? ……一体何があった?」
「魔族が……魔族たちが大挙して我が城に攻めてきたのですっっ!!」
「……っっ!?」

 
 どういうことだ!? 
 人族と魔族は和解したのではないのか? 
 確かに一部の人族や魔族の中には互いを快く思っていない者もいるが。

「一体どこの国の魔族が……軍を率いるとは一国の軍隊が動いているということだろう?」
「いえ、何処の軍隊にも属していないようです。恐らく人族を快く思っていない魔族が一丸となり攻めてきたのだと思われます」
「愚かな……」

 僕は唇を噛みしめる。
 人族を快く思わない連中が一丸となって……ようするに烏合の衆というわけだ。そんな奴らが世界最強の軍事を誇るヴィングリードを攻めるなど無謀もいいところだ。
 しかし僕が避難しないといけないということは、奴らは帝都付近までは攻め入っているということか? 
 人界と魔界の境界である山脈付近は、ノアの兄弟たちも所属する大隊が強力な防衛線を張っているはず。たかだか烏合の衆にそれが破られるとは思えないのだが。
 僕は考えながら、チュニックとマントを羽織る。
 そして窓の方を見て目を見張る。
 魔族の軍勢が今にも帝都に迫る勢いでこちらに向かってきているのだ。
 歩兵型の魔族や騎馬型の魔族、飛空型の魔族まで!!
 一体どういうことだ!?  
 人界と魔界は大陸の中心にあるクレスター山脈を越えなければならない。空飛生物に乗る騎士ならまだしも、騎馬軍や歩兵軍が越えられるような山脈ではない。
 あのデスフリード山だって冒険者の上級者じゃなければ登りきるのは不可能だ。烏合の衆がそんな上級者たちばかりだとは考えにくい。
 とにかく魔族の軍勢が国境を突破した時点で何かしらの知らせがここに来る筈だ。
 しかし、そんな知らせ一つなかったなんて……まるで軍勢が瞬間移動でもしたかのようにここにやってきたとしか思えない。
 
 いや、不可能なわけではない。
 自分も魔王だった時、一度だけ試みた。
 巨大な魔法陣を描き、軍勢をヴィングリード帝都付近まで送り込んだことがあったのだ。
  その時は帝都を壊滅寸前にまで追い込んだが、勇者たちが駆けつけ、なおかつ国王直属の防衛部隊の活躍により帝都に送り込んだ魔王軍は全滅。
 しかも魔力も殆ど消費してしまい、力を取り戻すのに一ヶ月近く掛かった。
 あまりにもリスクが高いため、二度とやるまいと思っていたが、魔王だった僕以外に、あんなことをしてのける者がいるのか。

「……!?」

 ふと僕は邪神アレムのことを思い出す。
 氷王に憑依していた邪神。
 その氷王をゼムベルトは倒したけれど、アレムの魂がそこで消滅していたかどうかは確認出来ていない。
 ゼムベルトに剣を貫かれたとき、絶叫を上げていたのは氷王であって、アレムではなかった。
 邪神が新しい依り代を見つけ、魔物の軍勢をこの場に送り込んだのかもしれない。


 このままでは帝都が火の海になる。
 


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...