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第三章
第40話 忙しくも甘い日々 ※
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はっと目を覚ますと、実家にはないベッドの天蓋が視界に入ってきた。
何度か息をしてから、僕はゆっくりと上体を起こす。
周囲をぐるりと見回すと、そこは見慣れたアークライト城の一室……ゼムベルトの寝室だ。
隣には裸のゼムベルトが規則正しい寝息を立てている。
「夢か……」
僕は額を抑え、安堵の息と共に呟く。
魔王の記憶が蘇る前の僕は、本当に無力だった。あんなゴミのような奴らに逆らえなかった自分が腹立たしい。
魔法に秀でた家系だかなんだか知らないが、魔王の記憶が蘇った僕から見たら、あんな奴らの実力など中の下ぐらいだ。アーネルシアは平和を愛する国らしいので、攻撃魔法を学ぶことは禁じられているし、戦いの補助となる魔法も決まった人間にしか使えない。だから魔法自体がかなり衰退しているんだと思う。
あいつらには二度と会うことはないだろうけど、万が一会う機会があったら……そうだな……八つ裂きにして、魔物の餌にしてしまうのがいいかな。
「……」
ふう、朝から物騒なことを考えてしまった。
時々魔王時代の思考が蘇ってくるんだよな。
こんな僕の一面を知ったら、ゼムベルトは引くかな……いや引かないか。僕が奴隷競売所を燃やした事も承知の上だしな。
僕はベッドから降りて、朝日に照らされる帝都の街並みを眺める。
ここに戻ってからというもの、かなり慌ただしい日常を送っていた。
まずは皇帝との謁見。
とはいっても現皇帝は病床の身なので、寝所に見舞いへいくような形での謁見となった。
男であり、しかも実家の侯爵家には捨てられた身分にもかかわらず、僕を見た皇帝は嬉しそうに目を潤ませた。
「古き言い伝えは誠であったか……勇者の伴侶よ、どうかこの国を守ってくだされ」
僕を聖女か何かと勘違いしているんじゃ……と思ったけれど、皇室図書館に置いてある古い書物には勇者の伴侶を聖女か何かのように書かれているのだから仕方がない。
もちろん臣下の中には僕との結婚を反対する者もいた。
身分が違いすぎる。
世継ぎが産めぬ同性を妃に迎えるべきではない。
出来れば自分の娘を娶って欲しい。
様々な思惑で反対をする者がいたわけだが、普段は温厚なゼムベルトがこの時ばかりは殺気に満ちた目で臣下たちを睨み付け「この結婚に反対する者、邪魔をする者は不敬罪とみなす」と告げるものだから、反対の声は一気に静まりかえった。
一方現皇后様は、僕とゼムベルトの結婚に賛成の意を示している。
ゼムベルトは第二皇子で、病弱な第一皇子に代わって皇太子に就いた。ちなみに第一皇子は皇后の子で、ゼムベルトは側妃の子だ。
第一皇子には、既に息子もいて、その子は父親とは違い健康な上に子供ながらに武術にも秀で、とても聡明だという。
ゼムベルトはいずれ、兄の子を皇太子に指名するつもりでいるけれど、皇后様からすりゃそんなの信じられるわけがないよな。ゼムベルトに子供が出来たら、自分の子供に継がせたくなるんじゃないかって心配するだろうし。
だからゼムベルトが男の伴侶を迎えると聞いた時には手放しに喜んだ。
初めて僕と対面した時も目を輝かせ、僕の両手をきゅっと握って言ったのだ。
「ゼムベルトの伴侶はあなたしかいないわ」
「は……はぁ」
「私があなたを最上の妃にしてみせます」
「あ、ありがとうございます」
現皇后様は率先して僕を未来の皇后にすべく、お妃教育の教師も紹介してくれるし、事あるごとにお茶会にも誘っては、僕のことを他の貴族女性達に紹介してくれる。
うーん、まさか皇后様が包囲網をかけてくるとは思わなかったな。
僕はますます逃げられなくなったようだ。
ゼムベルトと皇后様の利害が一致したといえばそれまでだけど、どんな形であれ皇后様が味方なのは心強いものだ。
それから僕は、皇后様が厳選した教師たちから皇妃としてのあり方や立ち振る舞い、皇室の歴史や諸外国の状勢などを学ぶことになった。
現世の僕は物覚えが悪くて兄弟から馬鹿にされていたけれど、前世の記憶が蘇ってからは、記憶力のスキルも復活したみたいで、一度教えられたことはすぐに覚え体得した。
教師からはとても優秀だとお褒めの言葉も頂いている。
さらに皇妃になるには、いざという時には自身を護り、そして城を護るために、ある程度の魔法も使えるようにならなければならず、魔法の勉強もしなきゃいけないんだけど、これに関しては、僕ははっきりいって最強クラスなので教わることは何一つない――というか、むしろ僕の方が教える方の立場になってしまい、その時間は僕が子供たちや、他の宮廷魔法士に魔法を教える時間になっていた。
子供たちに魔法を教える時、かすかな記憶が蘇ることがある。
沢山の子供たちに囲まれ魔法を教えていた自分。
子供たちを我が子のように思い、彼らの成長を心底楽しみにしていた自分。
あの時は善良な魔導師だった筈だ。
何故、僕は魔王になってしまったのだろう?
……思い出せない。
「ジュノは早起きだな」
窓の景色を見ていた僕をゼムベルトが後ろから抱きしめる。
色々考えていたものだから、彼が起きているのに全く気づかなかった。
妃教育や魔法の授業で日々追われる中、夜はいつもゼムベルトと二人、甘い時間をすごすようになっていた。
ゼムベルトは僕の顎を持ち上げ、唇をかさねてくる。
「ん……ゼム……っ」
ゼムベルトのキスは唇が触れあうだけでも、僕の身体の芯を疼かせてくる。唇の柔らかさと、吐息の熱を感じただけで、僕の身体は熱くなってしまう。
「そんな目で私を見るな。この場で抱きたくなる」
「この場で抱いて欲しいから見ているんだ」
窓の景色を見ながら、僕は後ろからゼムベルトに抱かれる。
もしかしたら外から誰かが見ているかもしれない……そう考えると窓辺でするのって凄く恥ずかしいのだけど、でも心のどこかで興奮している自分もいる。
勇者が僕の男であることを誰かに見せつけたい思いがあるのかも。
「ジュノ……今日は休みをとろう。一日中、君を愛したい」
「だ……駄目だよ。約束があるのに」
「どれだけ君を抱いたら私は満たされるのだろうな。まだまだ愛し足りない」
それまで家族に愛されなかった僕にとって、ゼムベルトの溺愛は夢のようだ。
さっき見ていた悪夢も忘却の彼方に放り去られてしまう。
「あ……ゼム……朝から激しすぎ……っっ」
「これでも控えているつもりなのだが」
「嘘……控えてなかったら、どうなるわけ?」
思わず振り返る僕に、前世勇者だった男はにやりと凶悪な笑みを浮かべる。
あ……今の言わなきゃ良かった。
ゼムベルトは僕の両腕を掴み、先ほどよりも強く腰を叩きつけた。
やば……気が遠くなる。
久々に気絶しそうになった。そう何度もこいつに気絶させられてたまるか。
だけど、勇者ヤバい……精力……ハンパない。こいつの相手は、多分僕じゃなきゃ務まらない。普通の人間だったら、多分死ぬ。
「ジュノ、愛している」
「……っっ!」
僕の中に熱い勇者の精が放たれる。
その日、僕は妃教育の授業と、魔法の授業を休むことになった。
表向きは体調不良ということになっているけど、やりすぎた為腰痛で立てなくなってしまったのが本当の理由だ。
ゼムベルトは後でイプティーに怒られていたけどね。
何度か息をしてから、僕はゆっくりと上体を起こす。
周囲をぐるりと見回すと、そこは見慣れたアークライト城の一室……ゼムベルトの寝室だ。
隣には裸のゼムベルトが規則正しい寝息を立てている。
「夢か……」
僕は額を抑え、安堵の息と共に呟く。
魔王の記憶が蘇る前の僕は、本当に無力だった。あんなゴミのような奴らに逆らえなかった自分が腹立たしい。
魔法に秀でた家系だかなんだか知らないが、魔王の記憶が蘇った僕から見たら、あんな奴らの実力など中の下ぐらいだ。アーネルシアは平和を愛する国らしいので、攻撃魔法を学ぶことは禁じられているし、戦いの補助となる魔法も決まった人間にしか使えない。だから魔法自体がかなり衰退しているんだと思う。
あいつらには二度と会うことはないだろうけど、万が一会う機会があったら……そうだな……八つ裂きにして、魔物の餌にしてしまうのがいいかな。
「……」
ふう、朝から物騒なことを考えてしまった。
時々魔王時代の思考が蘇ってくるんだよな。
こんな僕の一面を知ったら、ゼムベルトは引くかな……いや引かないか。僕が奴隷競売所を燃やした事も承知の上だしな。
僕はベッドから降りて、朝日に照らされる帝都の街並みを眺める。
ここに戻ってからというもの、かなり慌ただしい日常を送っていた。
まずは皇帝との謁見。
とはいっても現皇帝は病床の身なので、寝所に見舞いへいくような形での謁見となった。
男であり、しかも実家の侯爵家には捨てられた身分にもかかわらず、僕を見た皇帝は嬉しそうに目を潤ませた。
「古き言い伝えは誠であったか……勇者の伴侶よ、どうかこの国を守ってくだされ」
僕を聖女か何かと勘違いしているんじゃ……と思ったけれど、皇室図書館に置いてある古い書物には勇者の伴侶を聖女か何かのように書かれているのだから仕方がない。
もちろん臣下の中には僕との結婚を反対する者もいた。
身分が違いすぎる。
世継ぎが産めぬ同性を妃に迎えるべきではない。
出来れば自分の娘を娶って欲しい。
様々な思惑で反対をする者がいたわけだが、普段は温厚なゼムベルトがこの時ばかりは殺気に満ちた目で臣下たちを睨み付け「この結婚に反対する者、邪魔をする者は不敬罪とみなす」と告げるものだから、反対の声は一気に静まりかえった。
一方現皇后様は、僕とゼムベルトの結婚に賛成の意を示している。
ゼムベルトは第二皇子で、病弱な第一皇子に代わって皇太子に就いた。ちなみに第一皇子は皇后の子で、ゼムベルトは側妃の子だ。
第一皇子には、既に息子もいて、その子は父親とは違い健康な上に子供ながらに武術にも秀で、とても聡明だという。
ゼムベルトはいずれ、兄の子を皇太子に指名するつもりでいるけれど、皇后様からすりゃそんなの信じられるわけがないよな。ゼムベルトに子供が出来たら、自分の子供に継がせたくなるんじゃないかって心配するだろうし。
だからゼムベルトが男の伴侶を迎えると聞いた時には手放しに喜んだ。
初めて僕と対面した時も目を輝かせ、僕の両手をきゅっと握って言ったのだ。
「ゼムベルトの伴侶はあなたしかいないわ」
「は……はぁ」
「私があなたを最上の妃にしてみせます」
「あ、ありがとうございます」
現皇后様は率先して僕を未来の皇后にすべく、お妃教育の教師も紹介してくれるし、事あるごとにお茶会にも誘っては、僕のことを他の貴族女性達に紹介してくれる。
うーん、まさか皇后様が包囲網をかけてくるとは思わなかったな。
僕はますます逃げられなくなったようだ。
ゼムベルトと皇后様の利害が一致したといえばそれまでだけど、どんな形であれ皇后様が味方なのは心強いものだ。
それから僕は、皇后様が厳選した教師たちから皇妃としてのあり方や立ち振る舞い、皇室の歴史や諸外国の状勢などを学ぶことになった。
現世の僕は物覚えが悪くて兄弟から馬鹿にされていたけれど、前世の記憶が蘇ってからは、記憶力のスキルも復活したみたいで、一度教えられたことはすぐに覚え体得した。
教師からはとても優秀だとお褒めの言葉も頂いている。
さらに皇妃になるには、いざという時には自身を護り、そして城を護るために、ある程度の魔法も使えるようにならなければならず、魔法の勉強もしなきゃいけないんだけど、これに関しては、僕ははっきりいって最強クラスなので教わることは何一つない――というか、むしろ僕の方が教える方の立場になってしまい、その時間は僕が子供たちや、他の宮廷魔法士に魔法を教える時間になっていた。
子供たちに魔法を教える時、かすかな記憶が蘇ることがある。
沢山の子供たちに囲まれ魔法を教えていた自分。
子供たちを我が子のように思い、彼らの成長を心底楽しみにしていた自分。
あの時は善良な魔導師だった筈だ。
何故、僕は魔王になってしまったのだろう?
……思い出せない。
「ジュノは早起きだな」
窓の景色を見ていた僕をゼムベルトが後ろから抱きしめる。
色々考えていたものだから、彼が起きているのに全く気づかなかった。
妃教育や魔法の授業で日々追われる中、夜はいつもゼムベルトと二人、甘い時間をすごすようになっていた。
ゼムベルトは僕の顎を持ち上げ、唇をかさねてくる。
「ん……ゼム……っ」
ゼムベルトのキスは唇が触れあうだけでも、僕の身体の芯を疼かせてくる。唇の柔らかさと、吐息の熱を感じただけで、僕の身体は熱くなってしまう。
「そんな目で私を見るな。この場で抱きたくなる」
「この場で抱いて欲しいから見ているんだ」
窓の景色を見ながら、僕は後ろからゼムベルトに抱かれる。
もしかしたら外から誰かが見ているかもしれない……そう考えると窓辺でするのって凄く恥ずかしいのだけど、でも心のどこかで興奮している自分もいる。
勇者が僕の男であることを誰かに見せつけたい思いがあるのかも。
「ジュノ……今日は休みをとろう。一日中、君を愛したい」
「だ……駄目だよ。約束があるのに」
「どれだけ君を抱いたら私は満たされるのだろうな。まだまだ愛し足りない」
それまで家族に愛されなかった僕にとって、ゼムベルトの溺愛は夢のようだ。
さっき見ていた悪夢も忘却の彼方に放り去られてしまう。
「あ……ゼム……朝から激しすぎ……っっ」
「これでも控えているつもりなのだが」
「嘘……控えてなかったら、どうなるわけ?」
思わず振り返る僕に、前世勇者だった男はにやりと凶悪な笑みを浮かべる。
あ……今の言わなきゃ良かった。
ゼムベルトは僕の両腕を掴み、先ほどよりも強く腰を叩きつけた。
やば……気が遠くなる。
久々に気絶しそうになった。そう何度もこいつに気絶させられてたまるか。
だけど、勇者ヤバい……精力……ハンパない。こいつの相手は、多分僕じゃなきゃ務まらない。普通の人間だったら、多分死ぬ。
「ジュノ、愛している」
「……っっ!」
僕の中に熱い勇者の精が放たれる。
その日、僕は妃教育の授業と、魔法の授業を休むことになった。
表向きは体調不良ということになっているけど、やりすぎた為腰痛で立てなくなってしまったのが本当の理由だ。
ゼムベルトは後でイプティーに怒られていたけどね。
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