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第二章
第35話 探し人の行方
しおりを挟むえ……?
どういうことなんだ?
何故わざわざ、オルティスの名前を本名かどうか確認するんだ?
ノアはオルティスのことをじっと見詰めているし、先ほどノアを凝視していたオルティスはその視線から逃げるように俯いている。
「俺は敬語が苦手だから、ここからはいつもの言葉遣いで話をさせてもらうぜ?」
ゼムベルトの方を見てノアは言った。
やっぱりノアは砕けた口調の方が良く似合うな。貴族の子なのに貴族らしくないのは、前世の記憶も影響しているからかな。
ゼムベルトもまた二人の間に漂う、なんともいえない緊張感を感じ取っているのか、少し戸惑ったように頷く。
「あ……ああ、かまわない」
それまで畏まっていた態度だったノアは、リラックスしたように椅子に凭れ、大きく息をついてから言った。
「俺には探している人物がいる。魔族の男で、名をヴィオラという。俺が見た時には、紫色の髪の毛、紫色の目、色白の肌だったけど、それが本当の姿かどうかは分からない。ただ、彼は魔王軍に所属し、指揮官クラスだったみたいだ。あんたなら、ヴィオラのことをよく知っているんじゃないか、と思ってな」
ノアは食い入るようにオルティスを見詰めている。
初対面の人間のこと、そんなに見るかな? 少なくとも僕はあんなに見詰められたことはないぞ?
二人はもしかして知り合いなのか?
前世で相見えても可笑しくはない間柄だけど、でもオルティスが魔法剣士と戦ったという報告は聞いていない。
オルティスは俯いたまま、淡々と答える。
「……そのような名前の者は魔王軍には属してはいません」
「だろうな。俺の前では偽名を名乗っていたんだろうよ。ま……本名を名乗れなかったのも無理はねぇよな」
「……」
何故か納得したように頷くノア。
どこか気まずそうなオルティスの態度に、僕はまさか、と思う。
ヴィオラという名前は偽名だった。彼は本名を名乗りたくても名乗れなかったのだ。
「オルティス=ハインシュ。それがあんたの本名だったんだな……ヴィオラ」
「……っっ!」
ビクッ、とオルティスの全身が震える。
ノアの探し人というのはオルティスのことだったのか。
魔王軍四将の一人、東将オルティスの名前は勇者の仲間であれば知っていた筈。
人間の子供の保護をノアに求めた時、その名前を名乗るわけにはいかなかった。だから、姿も変えて、ヴィオラという偽名を使ったのだろう。
本名を明かせないまま、敵である男を愛してしまった……オルティスはどんな気持ちだったのだろう?
「どうやら、ノアの探し人は見つかったようだな」
ノアの言葉を聞いたゼムベルトは少し複雑な表情で二人を見ていた。
まさか身近な臣下……もしかしたら自分の家族にも等しい人物が、ノアの探し人だとは思いもしなかったのだろうな。
「あとは二人で話をしろ。私たちは部屋へ戻るとする。イプティー、アドラも行くぞ」
ゼムベルトに促され、僕たちは部屋を出ることになった。
僕は一度振り返り、オルティスの方を見る。
彼は俯いているので顔が髪に隠れて表情は読み取れないけれど、多分今は混乱しているかもしれないな。
生まれ変わってから驚くことばかりだ。
まさか、オルティスが人間の子供を育てていたなんて。ずっと人間との共存を望んでいたのも、その子の為でもあったのかな。
しかも勇者の仲間の一人と愛し合っていたのか。
ズキリと胸が痛む。
人族と魔族との戦いは多くの悲劇を生んだ。
僕が魔王にならなかったら、もしかすると二人は幸せな結婚生活を送ることができていたのかも……いや、多分、アレムは僕以外の人間を魔王に据え、どっちにしても戦争を起こしていただろうけど。
それでも胸が痛い……僕は何故魔王になってしまったのだろう? 魔導師アシェラはどうしてアレムから天啓を受けることになってしまったのだろう?
ゼムベルトとの結婚の前に、僕自身のことをもっと知らないといけないな。
「ジュノ、今日は私の部屋に泊まった方が良さそうだな」
「え……?」
「時を越えてまで求め合う恋人達が巡り会えたんだ。その熱い想いぶつけずにはいられないだろうから」
よ、よく冷静にそう言うことが言えるな。
だけどゼムベルトの言う通りだとしたら、あの二人は……うーん、なんか変な気分だな。自分の家族のような存在だった忠臣と、冒険者として良き友だった人間がそういう関係だったというのが。
昨日、ゼムベルトとしちゃったようなことを、あの二人がするってことだよな?
「オルティスがノアの部屋に行くってこと?」
「もし、そうなるとしたら、場所はノアの部屋になるだろう。オルティスの部屋は今、資料や本だらけだからな」
「僕も友人や臣下の睦言を聞きながら寝る趣味はないからね……君の提案を受け入れた方が良さそうだ」
もちろん僕もただゼムベルトの部屋にお泊まりするわけじゃない。
つい先日したばかりなんだけどね。
僕たちの会話を聞いて、アドラがしょんぼりした声を漏らす。
「ううう……ジュノーム先生、本当に殿下のお妃様になるんだな」
「そもそもジュノーム様がお前のようなお子様を相手にするわけないだろう?」
冷めた口調で言うイプティーに、アドラは鬣のような紅い髪を逆立て、目を三角にして怒鳴った。
「うるせぇな! んなの俺だって分かっているって! 俺は所詮、一生徒にすぎないってことぐらい。わざわざ人の傷口抉るようなこと言うなよ」
「人生は山あり谷ありだよ、アドラ。大人だったらお酒を飲んで気持ちを紛らすこともできるけど、君はお子様だからジュースでも飲む?」
「お子様、お子様うるせぇな!」
アドラは既に自分の恋は成就しないことは分かっているようで、ものすごく凹んでいる。
ゼムベルトは何とも言えない複雑な表情だ。
もしかしたら恋敵になっていたかもしれないが、如何せん相手はまだ子供。しかも既に白旗をあげて凹んでいる状態だから何と声を掛けていいか分からないよな。
イプティーの言う通り、アドラのことは可愛い生徒の一人だと思っている。
ちらっと後ろを振り返ると、言い合いながらも落ち込んでいるアドラの肩をさりげなく叩いているイプティーがいた。
水の妖精族と火の妖精族は仲が悪いと言われているけれど、落ち込んでいる少年の姿を見て放ってはおけないみたいだな。
イプティーは僕と目が合うと、にこやかに笑って言った。
「お子様のことは僕に任せて、殿下とジュノーム様はどうぞごゆっくり」
「だからお子様言うなって!!」
イプティーはギャーギャー抗議するアドラの腕を引き、僕たちが向かう寝室とは反対方向へ歩いて行く。
うーん、あの二人一晩中喧嘩していなきゃいいけどね。
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