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第二章

第32話 ノアの前世

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「オルティス=ハインシュか……名前だけは聞いている。四将軍の中で、知将と名高く、人族との共存を謳っていた奴だろ?」
「そのようだな」
「 へぇ、東の知将は今、お前んとこに仕えているのか……そっか。人族と魔族が共存できるようになったのは、そいつの力も大きいんだろうな」


 ノアとオルティスは面識がなかったのか。
 そういえばオルティスは勇者一行と戦ったことはなかったかもしれないな。
 四将軍の中で勇者と戦ったという報告を聞いているのは北将バシュドラーンと南将のメルザだ。西将のシキは勇者と戦う前にオルティスが殺したみたいだし。

「ヴィオラもそのオルティスって奴と同じ考えだった。密かに人族の子供も育てていてな。だけど、人族と魔族の戦が激化した時、その子供を自分の手元に置いておけなくなった。当時、俺は足に回復魔法をかけてもなかなか治らない程の深手負い、勇者との旅から一時離脱していた。せめて、魔族の侵入の見張りぐらいはやろうと思って、ヴィングリード領とディスティア領の国境にある高原に居を構えていた。そんな俺の元に、ヴィオラが子供と共にやってきた。彼は人間の子供を保護して欲しい、と俺に訴えてきたんだ」
 

 魔族でありながら人族の子供を育てていた、と知られていたら間違いなくその魔族は処刑されていただろうな。人族の子供も魔物の餌食にされている所だっただろう。
 だから敵であることを承知で、もしかしたら自分は殺されるかもしれないことも覚悟して、その魔族の男は子供の保護をノアに求めたのだろう。

「俺は一目惚れとかしないタイプなんだけど、ヴィオラを一目見て心を奪われた。子供がヴィオラから離れたがらなかったのもあって、俺はしばらくの間ヴィオラもここにいるように勧めた……本当は、もう少し一緒に居たいなっていう下心もあったんだけどな」
 
  
 想い人のことを思い出しているのか、ノアの顔は綻んでいた。
 人族と魔族、そして人族の子。三人が束の間家族のように過ごしていた一時が容易に想像ができた。
 
「どうしようもなく惹かれていたけどな。俺はミレムに選ばれた人間、そして相手は魔族の男……許されない関係だ。この気持ちは胸の内に秘めておこうと決めていた。一日でも長く三人での暮らしが続いたら、と俺は願っていた――でも、それは適わぬ夢であることも分かっていた」
「……」
「足の怪我が治り次第、俺はイベルドたちと合流する予定だった。それにヴィオラも、どうやら軍の指揮を任されている立場だったみたいでな。近々、魔王城に登城しなければならないと俺に告げていた」

 僕は胸が塞がれる思いに息苦しくなる。
 人族と魔族の戦いは多くの悲しみを生んだ……分かっていたことだけど、いざこうして耳にすると、罪悪感で押しつぶされそうになる。情があるというのは、本当にやっかいだ。
 
「足が完治したのを機に、俺とヴィオラは孤児院に子供を預けた。戦いが終わったら俺とヴィオラ、二人で迎えに来るからって子供と約束をした。俺とヴィオラは別れる前に、一緒に住んでいた家に戻り、互いの想いをぶつけ合った……あいつと結ばれたのは、その日が最初で最後になった」



 そういえば北将バシュドラーンが勇者に倒され、南将メルザが自爆により勇者の仲間と相打ちになったという報告を受けた時、僕は、全将軍、全隊長に召集令をかけたことがあった。
ヴィオラにも召集がかかったということは、隊長クラス中の一人だったってことだな。
  ただ、どう考えても僕にそんな名前の部下がいたとは思えないんだけどな。
 
 もしかしてヴィオラという名は偽名だったのか?
 あるいは魔族の間で通していた名前の方が偽名で、本名はヴィオラだったのかもしれない。 

「俺とヴィオラがそれぞれの持ち場へ向かおうとした時、ヴィオラのことを嗅ぎつけた魔族がいた……そいつがヴィオラを裏切り者として始末しようと斬りかかってきた。不意打ちだったし、相手がかなりの手練れだったからな。俺は盾になってヴィオラを庇うのが精一杯だった。俺は朦朧とした意識の中、ヴィオラがそいつが戦っている所を見ていることしかできなかった……軍の指揮を任されているだけあって、ヴィオラが相当強かったことは確かだ。ヴィオラがそいつを倒した所までは見届けることが出来たけど、そこから先の記憶は無い……多分、そこで俺は死んだんだろうな」

 やっぱり勇者が一人で魔王城に乗り込んだのは、僕の記憶違いじゃなかったみたいだな。
 ミレムの魔法剣士は愛する魔族の男を庇って死んだのだ。
 ヴィオラを始末しようとした魔族がどんな奴だったか気になるけど、それを尋ねたら「なんでお前がそんな奴のことが気になるんだ?」って聞かれそうだから、今は聞かないでおくことにした。
 ゼムベルトがノアに問う。

「では、ヴィオラという人物が生きているかも分からないのだな?」
「ああ……ヴィオラがそいつを倒した所までは見届けたけど、そこからの記憶はないからな」
 
 ゼムベルトの問いに、ノアはくっと唇を噛んで俯く。
 ヴィオラが亡くなっている、とは思いたくないんだろうな。

「……もしかしたらもう亡くなっている可能性もある。病気で死んでいる可能性もあるし、魔族も寿命に個人差があるみたいだからな。そこまで長生きじゃないかもしれないし。俺のように全く同じ姿で生まれ変わっている可能性もある」

 もしヴィオラも転生しているとなると探すのはますます難しくなるな。
 例え生まれ変わっていたとしても、ヴィオラに前世の記憶があるとは限らない。
 せめてオルティスが、ヴィオラの手がかりになる情報を持っていることを祈るしかないな。
 ノアは真剣な眼差しをゼムベルトに向け訴える。


「どんな些細な情報でもいい。とにかくオルティス=ハインシュに会わせてくれ」 

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