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第二章

第31話 ゼムベルトとノア

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 僕はゼムベルトと共に、デスフリード山を下山した。
 麓の村でノアが出迎えてくれた。
 彼は驚いたように僕とゼムベルトを見比べ、呆れたような表情を浮かべた。

「本当に一人でやっつけちまったのかよ。イベルド」
「……私の名前はイベルドじゃないと何度言ったら分かるんだ?」

 あ、そうか。
 前世の記憶があるノアは、ゼムベルトが勇者の生まれ変わりだってすぐに分かったんだな。容姿が前世と同じだもんな。
 しかしゼムベルトの方は前世の記憶がないらしく、ノアとは初対面状態。
 何だか馴れ馴れしい冒険者のことを不審な目で見ている。

「おっかねぇ顔すんなよ。俺のお陰で見つかっただろ? お姫様が」
「貴様、ジュノとはどういう関係だ!?」
「ただの友達だって。言っておくけど俺には別に惚れている奴がいるんだからな。そういう誤解は心外だ」

 ゼムベルトを指さし、迷惑そうにノアは抗議をする。
 僕もノアとは友達であってそれ以上のことはないことを説明したことで、ゼムベルトも誤解が解けたのか少し決まりが悪そうに俯いた。
 ノアは後ろ頭を掻きながら溜息交じりに言った。

「というか感謝しろよ。俺がデスフリード山のこと教えてなきゃ、あんたは今頃まだジュノを探していた所だったんだぜ?」
「その点については感謝している」

 ノアの話によると氷王……じゃなくて邪神アレムに吹き飛ばされたノアは、ギルドの館の敷地内にある厩舎の屋根の上に落ちたらしい。
 屋根を突き破り藁の中に突っ込んだ形になったので幸い無傷で済んだそうである。もちろん普通の人族なら無傷ではすまない。ミレムの加護を受けた強靱な身体を持つノアだからこそ無傷ですんだのだと思う。
 とりあえず情報を得ようとギルドの館に入ると、赤い目と黒い髪が美しい青年を探している男と出会った。
 それがゼムベルトだったという。
 ノアは前世、自分と行動をともにした勇者と同じ顔をした人間がいるのに驚いた。そして、自分と同様、勇者も生まれ変わったことを知り、感激したのだそう。
 

「勇者と言われても私にその記憶は無い」
「でも他人のそら似とは思えねぇぐらい似てるぜ? 俺も前世の時と同じ顔だし、絶対お前はイベルドの生まれ変わりだって」

 前世……ということは、やっぱりノアも転生者だったわけだな。
 本当に転生の仕組みってどうなっているんだろうな。
 僕も前世の時と同じ顔だしな。

「そんな事を言われても知らんものは知らん」
「薄情だな……イベっちは。あんなに長い間苦楽を共にしたのによう」
「誰がイベっちだ。妙なあだ名で呼ぶな。私の名前はゼムベルトだ」
「じゃあゼムっち」
「それも却下だ!!」

 何となくだけど、この二人って前世もこういうやり取りをしていたんじゃないかって思う。
 厳しい戦いが続く中、ノアのこういう底抜け明るい性格にイベルドも救われていたのではないだろうか。
 勇者はいい仲間に恵まれていたんだな。
 そんな仲間を前世では僕の配下が殺したんだよな。前世のこととはいえ胸が痛む。

「で、コイツがお前の事を探しているって事が分かったから、今、デスフリード山でとんでもない敵と戦っているって教えたら、すぐに飛んでいきやがったんだよ。一人じゃ無理だって言っても聞きやしねぇし」
「一人で十分だ」
「……ま、そうなんだよな。お前、生まれ変わっても桁外れの強さだよな」

 ノアはゼムベルトのことを完全に友だち扱いしている。
 ゼムベルトに対して、コイツとかお前とか言える人間、ノアしかいないだろうな。
 というかノアはゼムベルトが一国の皇子であること知っているのか? まぁ、知っていても態度は変わらない気がするけど。

 不意に強い寒風が吹き抜けた。山中ほどじゃないけど、麓に吹き抜ける風も冷たい。
 ノアは親指で食堂の方を指差して言った。

「まぁ、ここで突っ立って話をするのもなんだから、そこでメシでも食うか?」
 

 ノアに案内され、僕たちは身体を温めるべく食堂に入った。
 とりあえず全員分の温かいスープを注文する。ほどなくして湯気がたったスープがテーブルの上に並ぶ。
 この店はデスフリード山に登る冒険者たちの為に、すぐに温かいスープが出せるようにあらかじめ沢山つくっているのだとか。
 氷系の魔物を仕留めに山に登る冒険者は多いけれど、僕たちのように頂上まで行った冒険者は初めてなんだって。
 そりゃそうだろうな。
 中腹から上は恐らく氷王の縄張り。
 冒険者たちの出入りは許さなかっただろうから。
 スープを飲んで落ち着いてから。ゼムベルトはノアに向かって言った。
 
「お前のお陰でジュノが見つかったことは確かだからな。何か礼がしたい」

 意外なゼムベルトの申し出にノアは目を真ん丸くしたが、少し考えるよう腕を組み天井に視線をやった。
 やがてふと思いついたようにぽんと手を打つ。
 
「だったら一つ欲しいものがある。俺が欲しいものは情報だ。皇族であるあんたならある程度、国中の情報が入ってくるだろ」

   一応、ゼムベルトが皇族であることは知っていたんだな。砕けた口調のノアに対して、ゼムベルトはさして気にしていないみたいだからいいのかな。

「まぁ、全ての情報を把握しているわけではないがな」
「一人の男を捜しているんだ。魔族の男でな、生きてりゃ七、八百歳にはなってると思う」

 ということは、運命の人というのは前世で知り合ったんだな。当時は敵同士だったというのも頷ける。 その時、人族と魔族は戦争をしていたわけだからな。
 しかしゼムベルトは訝ってノアに尋ねる。
 
「魔族だったら魔族の国にいるんじゃないのか?」
「めぼしい魔族の国には行ったけど有力な情報が見つからなかったんだ。だから人族の国でも最も魔族と交流が盛んなこの国に来てみた」
「名前は?」
「名前は……ヴィオラって名乗っていたけどな。薄紫の髪の毛と目の色、肌は色白だったな。だけど魔族だから魔法で髪の毛と目の色、肌の色も変えている可能性はあるし、名前も偽名だったのかもしれない」
「それでは探すのは難しいかもしれないな」
「俺が見てきた中では一番の剣の使い手だった。あの強さからして、魔王軍の隊長クラス以上の人物だったとは思うんだけど」

 僕が率いていた魔王軍は四人の将軍の下に第一部隊から第十六部隊があって、その隊長クラスとなると四将に次ぐ強さを持っている者たちもいた。
 でもヴィオラなんて名前の隊長いたかな? 当時は隊長の名前も全員把握していたと思うけど、今は五、六人ぐらいしか名前が思い出せない。だけど、ミレムの魔法剣士が賛辞するほどの実力者なら、思い出せそうなんだけどな。
 
「ふむ。当時のことに詳しそうな者が臣下にいる。その者と話してみるか?」
「マジか!? 誰だ、誰? 俺の知っている奴か」
「魔王軍の東将だったオルティス=ハインシュだ」

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