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第一章

第9話 前世魔王だった僕は勇者(かもしれない)男に介抱される

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 ゼムベルトによって寝室に運ばれた僕は、バスローブを羽織った状態でベッドの上に寝かされることになる。
 イプティーが目を三角にして、ゼムベルトに向かって怒鳴った。

「全く!! 何をやっているんですか、あなたは」
「いや……つい私も夢中になって」
「少しは節度を保ってください!! もういい年なのですから」
「お前だって同い年だろう?」

 ゼムベルトとイプティーって同い年だったのか。
 一体何歳なのだろう? ゼムベルトは二十代後半くらいに見えるから、イプティーも見た目は少年っぽいけれど、それくらいの年齢なのだろうな。

「ジュノーム様、この方は見た目はこんなんですが、恋愛にものすごく疎いのです。どんな美男、美女に言い寄られても、何一つ反応しないものですから、僕は内心、この人は不能なのではないか、と心底心配しておりました」
「おい……」

 何やら僕に話をしてくるイプティーに、ゼムベルトはムッと眉を寄せて咎める。
 しかしイプティーはおかまいなく話を続ける。

「だから殿下が嬉しそうにジュノーム様を連れて帰られた時、僕は奇跡だと思いました。しかも一目惚れをした、というのだから驚きです。ジュノーム様、殿下は初めての恋に相当浮かれています。しかも順序立ても分からないほど、経験値がありませんので、いきなり変態行為に及んで驚かれたと思いますが」
「変態行為などしていない。身体を洗っただけだ」
「どうか理解をしてあげてください。殿下は本当にあなたのことが好きで好きでたまらないのです。その気持ちが溢れかえってしまって、自分でも抑制出来なくなっている状態なので」
「………………」

 イプティーの後ろでゼムベルトがもの凄く心外そうな顔をしているが、否定もできない部分もあるのか黙っている。
 そっか……ゼムベルトは初めての一目惚れなんだ。
 身体も鍛え、人身売買組織のアジトに乗り込むくらい行動的だけど、恋愛面では箱入り皇子なのかもしれないね。
 だ、だからといって、ゼムベルトの気持ちを理解するのはちょっと……だって、勇者の生まれ変わりかも知れないのに。

 大体、僕のどこがいいんだよ!?
 役立たずで、不吉な目の色をしているという理由で、奴隷として売られてきたような人間だよ?
 そ、そりゃ、顔がいいのは自覚しているさ、前世でもこの顔でモテてきたから。
 一目惚れ、と言われたら、そこまでだけどさ。
 でも皇子だったら引く手あまただろう。数ある美男美女が言い寄ってきたにも関わらず、なんで僕に一目惚れするわけ? 

 僕も僕だ。
 何故、彼を拒むことができないのか。
 出会って間もないのに、あんなことして。


 あんなこと……僕は急に、泡越しにゼムベルトに身体中を触られたことを思い出してしまう。
 あの武骨な指の感触、触れあう時の温度、キスの味まで。

 うわぁぁぁ!! 僕の馬鹿!! あんなことや、そんなことや、こんなことまでしちゃっているのに、何で抵抗できなかったんだ!?
 確かにジュノーム=ティムハルトとしての性格は気弱だけど、一応前世の記憶もあるんだからさ、抵抗の一つくらいしたっていいだろう!?
 逆上せていなかったら、僕は恥ずかしさで転がり回りたい気持ちで一杯だった。

 まさか……まさかだけど、僕も一目惚れしたのだろうか? 
 自分を殺した(かもしれない)相手に?
 有り得ない、有り得ない!! 

 だけど前世の僕だったら、絶対ゼムベルトのことを拒絶しているはず。拒絶出来ないということは、ジュノーム=ティムハルトとして、皇子ゼムベルトに一目惚れしたということだろうか?

 
 ……あるいは何か別の理由があるのか。


「ジュノ……イプティーの言う通り、私は誰かに恋をするのが初めてで、浮かれてしまっていることは確かだ」
「……」
「本当にすまない……君はとても疲れているのに。私の気持ちばかりが先走って。まずはゆっくりと時間をかけて身体を治していかないとな」


 僕を見詰める彼の目はこの上なく優しい。
 胸が締め付けられる……生まれ変わってから、僕をそんな風に見詰めてくる人なんかいなかったから。
 どうしてか泣けてくる。
 そうだ。僕は人族として生まれ変わってから、誰にも愛されずに、ずっと一人で過ごしてきた。少し仲良くなった奴隷の子はいたけれど、その子も魔物に殺されて。

「ジュノ……辛いことを思い出したみたいだな。安心しろ。もう誰にも君を傷つけさせたりはしない。君を傷つける人間が現れたら、私はそいつらを八つ裂きにする」

 ははは……物騒なことを言うな。魔王的にはその台詞、好きだけどね。こんな皇子様が僕を守ってくれるなんて、今更だけど僕は夢でも見ているのかもしれないな。

◆◇◆

 結局、その日はゼムベルトと共に一夜を共にすることになった。
 いや、一線は越えていないから。
 さすがにそこまでは許さないから。
 僕に水を飲ませたり、額に濡れタオルをのせるなどの介抱をしつつ、添い寝をする感じで一晩を共に過ごしたのだ。
 ゼムベルトは僕の頭を撫でつつ、良く通る美声で囁いてくる。

「君に出会えて良かった……今、私はとても幸せだ」

 そう言ってゼムベルトは僕の手の甲に口づけた。
 優しく触れる唇の温度がとても温かく感じられた。
 一刻も早くここから逃げないといけない。分かっているのだけど、今は全然力が出ない。
 それに添い寝するゼムベルトの胸の中は奇妙な程居心地が良くて。
 気がついたら僕は深い深い眠りについていた。

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