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第一章
第7話 前世魔王だった僕は勇者(かもしれない)男に食べさせてもらう
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「殿下!! ジュノーム様はまだ目覚めたばかりですよ。あまり刺激が強いことはなさらないでください」
「少しキスをしただけではないか」
「初対面の人間にキスなんて、妖精族だったら相手に喰い殺されても可笑しくないくらい非礼な行為ですよ!!」
「……す、すまない。つい我慢ができなくなって」
言い合う二人の声を僕は呆然と聞いていた。
身体が思うように動かないのがもどかしい。今すぐにこの場から逃げ出したい。
だって前世、僕を殺した男(多分)が僕にキスをしてきたんだぞ!?
しかも今世では生まれて初めてのキス……何故、僕は抵抗しなかったんだ!? キスされた瞬間、反撃しても良かった筈なのに。
僕が魔王だったことは、あくまで前世の出来事だし、気にしなければいいのかもしれないが。
だけどやはり勇者の生まれ変わりである可能性が高い人間と親しくはならない方が良いだろう。
向こうは親しくなりたがっているけれど、それを素直に受け入れるわけにはいかない。
体力と魔力が戻ったらすぐにここを出なければ。
しかし、ゼムベルトは僕の頬に触れ、まるで子守歌を歌うかのような優しい声音で僕に囁いてくる。
「我が花嫁、私の手元に来たからにはもう離さぬぞ」
…………仮に魔力と体力が戻っても逃げられるような気がしないのは何故だろうか。
◆◇◆
「……あ、あの、殿下。一人で食べられますので、そのようなことをなさらなくても」
「私がしたくてしているのだ。さぁ、口をあけて」
僕の名前はジュノーム=ティムハルト。
前世は王宮に仕える魔導師だったが、邪神アレムの天啓を受け、尋常ならざる魔力、それに耐え得る肉体を授かり、魔族を支配する魔王として君臨することになった。
しかし女神ミレムの力を得た勇者によって僕は倒された。
とはいっても、魔導師だった頃の記憶は殆ど無く、勇者と戦っていた時の記憶も曖昧だ。
ただ、こうして人間として生まれ変わった、ということは、僕は勇者に倒されたのだと思う。
そんな魔王の生まれ変わりである僕は今、勇者の生まれ変わりかもしれない男に、夕食を食べさせてもらっている。
しかもまるで赤ん坊のように食べさせてもらっている状態だ。
イプティーも見ているし、ものすごく恥ずかしいのでやめて欲しいのだけど、勇者の生まれ変わりかもしれない男――ゼムベルト=アークライトは嬉しそうにリゾットをすくったスプーンを僕の口元に寄せて、口をあけるよう促してくる。
僕はおずおずと口をあけてリゾットを頂く。
身体が衰弱している僕の為にあっさりとした味付けだけど、鶏と野菜のエキスが口いっぱいに広がり、何より温かいから身体に染み渡るような感覚がする。
「ジュノは食べている姿も可愛いな。ずっと見ていたいぐらいだ」
「……」
目をキラキラさせて僕を見詰めるゼムベルト=アークライト。
いつの間にか彼は僕のことを“ジュノ”と呼ぶようになっていた。
そんなに見詰められると、どうしていいのか分からない。笑みを返せば気があると思われるかもしれないし、かといって仏頂面をするわけにもいかない。不敬罪に問われるかもしれないからね。
何とも言えない複雑な表情を浮かべ、俯くことしかできない。
「ジュノ、ご飯粒がついたね」
ゼムベルトの指が、僕の口端にくっついているご飯粒をとる。
ゆ、勇者の指が僕の唇に触れてきた!?
自動的に、さっきキスしたことまで思い出してしまう。
は、恥ずかしすぎて、頭が真っ白になりそうだ。
いやいやいや、そうじゃない。
勇者と同じ顔をした男に照れている場合ではない。一体僕は何をやっているんだ? 前世の自分だったら、赤ん坊みたいに食べさせられる今の状況なんか受け入れられるわけがないのに。
僕は恥ずかしく思いつつも、何の抵抗もなく今の状況を受け入れてしまっている。
僕は家族から疎まれてきたから、まっすぐ向けられる好意に凄く戸惑っていることは確かだ。それに加えて魔王の時の記憶も蘇ったものだから、余計に混乱してしまう。
「ジュノ、はい。口をあけて」
「……」
結局僕は断ることも出来ずに、最後までゼムベルト殿下に食べさせて貰った。
僕が食べるたびに、嬉しそうな顔をしていたら拒否なんか出来るわけないだろ!?
元魔王が何を遠慮している? という声が聞こえて来そうだけど、今はジュノーム=ティムハルトという人としての人格の方が強いの! 遠慮だってするし、気遣いだってするさ!
リゾットはとても美味しかったけれど、全然落ち着いて食べることが出来なかった……次回からは一人で食べたい。
「少しキスをしただけではないか」
「初対面の人間にキスなんて、妖精族だったら相手に喰い殺されても可笑しくないくらい非礼な行為ですよ!!」
「……す、すまない。つい我慢ができなくなって」
言い合う二人の声を僕は呆然と聞いていた。
身体が思うように動かないのがもどかしい。今すぐにこの場から逃げ出したい。
だって前世、僕を殺した男(多分)が僕にキスをしてきたんだぞ!?
しかも今世では生まれて初めてのキス……何故、僕は抵抗しなかったんだ!? キスされた瞬間、反撃しても良かった筈なのに。
僕が魔王だったことは、あくまで前世の出来事だし、気にしなければいいのかもしれないが。
だけどやはり勇者の生まれ変わりである可能性が高い人間と親しくはならない方が良いだろう。
向こうは親しくなりたがっているけれど、それを素直に受け入れるわけにはいかない。
体力と魔力が戻ったらすぐにここを出なければ。
しかし、ゼムベルトは僕の頬に触れ、まるで子守歌を歌うかのような優しい声音で僕に囁いてくる。
「我が花嫁、私の手元に来たからにはもう離さぬぞ」
…………仮に魔力と体力が戻っても逃げられるような気がしないのは何故だろうか。
◆◇◆
「……あ、あの、殿下。一人で食べられますので、そのようなことをなさらなくても」
「私がしたくてしているのだ。さぁ、口をあけて」
僕の名前はジュノーム=ティムハルト。
前世は王宮に仕える魔導師だったが、邪神アレムの天啓を受け、尋常ならざる魔力、それに耐え得る肉体を授かり、魔族を支配する魔王として君臨することになった。
しかし女神ミレムの力を得た勇者によって僕は倒された。
とはいっても、魔導師だった頃の記憶は殆ど無く、勇者と戦っていた時の記憶も曖昧だ。
ただ、こうして人間として生まれ変わった、ということは、僕は勇者に倒されたのだと思う。
そんな魔王の生まれ変わりである僕は今、勇者の生まれ変わりかもしれない男に、夕食を食べさせてもらっている。
しかもまるで赤ん坊のように食べさせてもらっている状態だ。
イプティーも見ているし、ものすごく恥ずかしいのでやめて欲しいのだけど、勇者の生まれ変わりかもしれない男――ゼムベルト=アークライトは嬉しそうにリゾットをすくったスプーンを僕の口元に寄せて、口をあけるよう促してくる。
僕はおずおずと口をあけてリゾットを頂く。
身体が衰弱している僕の為にあっさりとした味付けだけど、鶏と野菜のエキスが口いっぱいに広がり、何より温かいから身体に染み渡るような感覚がする。
「ジュノは食べている姿も可愛いな。ずっと見ていたいぐらいだ」
「……」
目をキラキラさせて僕を見詰めるゼムベルト=アークライト。
いつの間にか彼は僕のことを“ジュノ”と呼ぶようになっていた。
そんなに見詰められると、どうしていいのか分からない。笑みを返せば気があると思われるかもしれないし、かといって仏頂面をするわけにもいかない。不敬罪に問われるかもしれないからね。
何とも言えない複雑な表情を浮かべ、俯くことしかできない。
「ジュノ、ご飯粒がついたね」
ゼムベルトの指が、僕の口端にくっついているご飯粒をとる。
ゆ、勇者の指が僕の唇に触れてきた!?
自動的に、さっきキスしたことまで思い出してしまう。
は、恥ずかしすぎて、頭が真っ白になりそうだ。
いやいやいや、そうじゃない。
勇者と同じ顔をした男に照れている場合ではない。一体僕は何をやっているんだ? 前世の自分だったら、赤ん坊みたいに食べさせられる今の状況なんか受け入れられるわけがないのに。
僕は恥ずかしく思いつつも、何の抵抗もなく今の状況を受け入れてしまっている。
僕は家族から疎まれてきたから、まっすぐ向けられる好意に凄く戸惑っていることは確かだ。それに加えて魔王の時の記憶も蘇ったものだから、余計に混乱してしまう。
「ジュノ、はい。口をあけて」
「……」
結局僕は断ることも出来ずに、最後までゼムベルト殿下に食べさせて貰った。
僕が食べるたびに、嬉しそうな顔をしていたら拒否なんか出来るわけないだろ!?
元魔王が何を遠慮している? という声が聞こえて来そうだけど、今はジュノーム=ティムハルトという人としての人格の方が強いの! 遠慮だってするし、気遣いだってするさ!
リゾットはとても美味しかったけれど、全然落ち着いて食べることが出来なかった……次回からは一人で食べたい。
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