元兵士その後

ラッキーヒル・オン・イノシシ

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まだ大丈夫、だった?

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 ズシャァ! とダンのドロップキックを食らった兵士が吹っ飛ぶ。

 慌てふためく兵士の同僚達。

 そして手拭いを口元に巻いた一般人の格好をしたダン。


『やってしまったぁぁぁぁ!?』


 勢いに任せ兵士に指を突き付けた姿勢のまま、ダンは内心で叫んでいた。

 まだ騒動を起こす時ではなく、つい先ほど釘を刺されたばかりだと言うのにやってしまった。

『だがしょうがないのだ! 公衆浴場の使用禁止なんて認めてしまうわけにはいかない! これは王都に住まう住民にも関わることなのだからッ!!』

 思いっきり自分本位の行動を正当化するべく、論点をずらしたダン。
 もちろんダンの胸中でのツッコミ&正当化なので誰一人聞いてはいないのだが。

「……とっとと失せるがいい! 街の衛生は俺が守る!!」

 内心『このまま立ち去ってくれるとありがたいなぁ』と思いつつ、地面から素早く起き上がって軽く戦闘態勢なんかも取ってみながら、さてどうしようとダンは思っていた。

「なんたる無礼者だ!」
「くっ! おのれ平民風情が!――あ、あれ、兵長?……や、やばい! 気を失ってしまっているぞ!?」

 何人か腰の剣に手を伸ばしていたが、ダンのドロップキックをもろに食らった兵士と共に座り込んでいる兵士(正確にはドロップキックによって吹き飛ばされた兵士に巻き込まれた兵士)が、その腕の中で白目を向いている兵士の様子に慌てている。

 どうやらダンの体重と加速度が綺麗に顔へ刺さったがゆえに、横へ動く顔と頭の中身が急激にズレた為、キレイに気絶したようだ。
 あまりにもスムーズに気絶してしまったために、顔を覗き込むまで気づかなかったのだろう。

「どうするどうする?」と顔を見合わせて相談した第2軍の兵士達は――

「「「お、覚えてろ~!」」」
 と捨て台詞を吐いて立ち去って行ったのだった。

 ダンも思わずポカンとしてしまったが、少し考えて結果オーライとすることにした。

 は、まだ大丈夫だったのだ!

「すまねぇな若ぇの?――お前さん、前によくウチに来てくれてた兵士さんかい?」

 割り込んで助けてくれたダンへと礼をする公衆浴場の管理人は、ダンがよく公衆浴場を利用していた人物だと気づいた。
 ダンは『客の一人一人を覚えているなんてすごいなぁ』なんて思っていたが、実際にはローテーションで王都中の公衆浴場を梯子するダンの利用回数が多かっただけの話である。

 ダンの感覚ではそれほど多い回数ではないのだが、世間一般では1日に2、3軒の浴場を回るのは猛者である。

 ダンは王都の公衆浴場において、超がつく有名人であったのだ。

「はい、いつもお世話になっております。……それで、今日は営業はしていないのですか?」
「……ああ。ああも啖呵は切っちまったが、さすがに国からの意向には逆らえなくてなぁ。でもよ、住民からも苦情が来てるんだぜ? 『いつ風呂屋は再開するんだ?』ってな?」

 王都においても個人宅や集合住宅などでは、個人で風呂なんて持っている家はそう多くない。せいぜい自宅でお湯を沸かして布で拭うくらいしか出来ないのが現実だ。
 風呂持ちなぞ貴族や大手商会を持っている大商人くらいしかいないだろう。

 少なくとも王都の公衆浴場はどこも営業はしていない事に変わりはなさそうなので、ダンはため息を吐きながら一回冒険者ギルドに戻ろうかと考えていると、目の前の管理人が声を落として話しかけてきた。

「――お前さん、の人だろ? あいつら相手に喧嘩するってことは」
「あ、ああ~、が失礼しましたね。伝える機会があれば僕からも言っておきますよ」

 ダン的にはである第2軍の暴挙見過ごせなかったから咄嗟に介入したようなものだ。

 その割合は公衆浴場閉鎖の件が7で、市民に暴力を振るおうとしていた事が3だ。
 比重は圧倒的に公衆浴場が多かったりする。

「――実はウチに匿ってるんだよ」
「匿っている?」

 ダンは先程の言い合いを途中からしか聞いていなかったが、確かに『隠しだて』がどうこうと言っていたような気がする。

「管理人さん? さすがに犯罪者を匿っていたら容赦出来ませんよ?」

 ダンの言葉に管理人は首を激しく横に振った。

「違う、違うって!……匿ってるのは第3軍の人達だよ。裏手の釜場の部屋を使ってもらってるんだ。あんたと一緒にウチの風呂に入りに来てくれたこともあるも居るぜ?」

 管理人の言葉に、ダンの記憶にある公衆浴場へ誘ったことがある男性は3人しか思い浮かばない。

 大団長、シン、元行商人で輜重部隊隊長のおっさんだけだ。

「何時が戻って来るか分からねぇから俺は案内出来ないが、まああんたなら場所分かるだろ?」
 当然、風呂の形や寸法、どこからお湯が出るのか知っているダンならおおよその推測は出来る。

 公衆浴場に浸かりに来たダンは奇妙な縁を感じつつ、建物の裏手へと回ることにした。

 裏手に回ってくると、明り取り用なのか高い位置についている窓から人の話し声が聞こえてきた。
 どこか聞いたことのある声と、ダンの記憶にもある人物の話し声が聞こえてきたので、中に居るのはダンの知り合いと考えて間違いなさそうだと、ダンはその窓を見て、窓枠にしがみついて腕の力を使って中を覗き込んだ。

 そこには一つの椅子に紐で縛り付けられた人物と、その人物を囲むように3人の姿が確認出来た。

「さあ! 言うんだ!」
 何かの紙束を片手に座った人物に話しかけるのはダンもよく知る女剣士だ。

「違う。こっちを読め」
 また違う紙束を持って突き付けるのは、これまたダンもよく知る女弓兵だ。

「まあまあ2人とも落ち着いて。そんなに一気に話しかけたら返事出来ないでしょう?――という訳で、あなたにはこちらを読んでいただけるかしら?」
 そんな2人を宥めながら、座った人物にペラリと1枚の紙を差し出したのも、ダンもよく知る救護兵だ。ちなみに女性である。

「「「さあさあさあ!」」」
「勘弁してぇぇぇぇ! もう何もしないから帰してぇぇぇぇぇぇ!!」

 3方から紙を突き付けられるその人物が顔を上げる。
 『……あれ? どこかで見た様な顔だな?』とダンは思った。

 具体的に言うならば、今朝もだ。

 自分と同じ顔をした人物が、よく知る女性3人に責められている状況。


 ……大丈夫かと思ったけど、大丈夫じゃなかった。
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