神々の愛し子

アイリス

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魔法をひたすら練習していた香月だが、教会方面が騒がしいのに気がつき、声がする方を見つめる。




近くに控えていたシュリクロンも眉をひそめ、同じ方向を見ていた。




「何だろう?」



「騒がしいですね......少し様子を見て参りますので、お傍を離れますが宜しいですか?」


 
シュリクロンは香月に確認をとる。香月はヴィレムがいるので快く頷いき、シュリクロンを送り出す。



シュリクロンが足を踏み出そうと動いた。その時。




「おぉ、シュリクロン!ここに居たのか!」




教会の方面から歩いてきた人間。背は低く、胴が横に大きい。特に腹が丸く、貴族らしく着飾っている服装が悲鳴をあげんばかりに限界まで引っ張られ、今にも生地が千切れそうだった。



そのふくよかな体型の男は親しげな様子でシュリクロンに呼びかけ、近付いた。



名前を呼ばれたシュリクロンは一瞬固まり、瞳が激しく揺れる。一目で動揺したことがわかる、わかり易すぎる態度だった。




シュリクロンは刹那の後、すぐに表情を戻した。




「お父様、こんな所まで御足労いただき、どうされたのですか?」




「無論、娘であるお前に会うために決まっている!お前が教皇猊下の跡継ぎ最有力候補なのがとても誇らしくてな。久々にゆっくり話でも、と思って教会まで足を運んだのだ」




「そうですか......お父様、騒ぎの原因は貴方でしたのね。愛し子となったわたくしに会うには手続きを踏んでもらわねばならないのですよ。伯爵たるお父様でも許されぬ行為ですわ、今すぐ教皇猊下に謝罪をされるべきです」



シュリクロンは透徹した物言いで、父親に言い聞かせるように言い募る。




教会は手続きが必要だと止めただろう。しかし、シュリクロンの父であるこの男は、規則を無視してここまで足を踏み入れたに違いない。




それ故の騒ぎだったんだろうとシュリクロンと、目の前のシュリクロンの父親の会話から推測される。




それよりも香月が気に留めたのは、教皇最有力候補という言葉だ。




シュリクロンが教皇最有力候補だと、彼は言った。フロウティアが健在であるのに。あくまで候補であり、すぐ代替わりするとは言ってないのに、何故か胸が騒ぐ。



そして、シュリクロンも愛し子だという事に驚きを隠せない。シュリクロンにたずねたいのに、そんな雰囲気ではなく、香月は口を噤むしかない。下手にここで会話に加わるのはよいとは思えない。ここは黙って空気になっておくのが正解だろう。



だが、そんな香月を見逃さないのは向こう側だった。



「お前に会いたい故なんだ、シュリクロン。それよりもお前はここで何を......」




視線を感じた。きっと男は香月の姿を目にしている。




香月は顔を上げるか悩む。



「カツキ様、ご紹介が遅れまして申し訳ありません。こちらはわたくしの父親にございます」




香月はシュリクロンに紹介されたので、無視する訳にもいがず顔を上げる。




男と目があう。




「お父様、此方の方はわたくしが現在お仕えしている愛し子、カツキ様です」




「香月です」



仲良くなりたいわけではないので、あえて名前だけを告げる。



名前を言った香月を呆然と見つめる。熱に浮かされたように焦点のあわない瞳。



それは香月がよく目にしてきた瞳だ。



香月の人間離れした美貌に誑かされて魅了されている様子。これが長く続けば厄介な事になりそうだと考えていたら、直ぐに瞳は冷静さを取り戻す。いや、香月よりも気になる事柄があったのだと理解する。




「カツキ様......ん?お前は教皇猊下にお仕えしているのだろう?何故、愛し子に仕えておる?愛し子に愛し子が仕えるとは、どういう事だ!?お前は、最有力候補ではないのかっ?」




シュリクロンの父親はシュリクロンに掴みかかり、詰問する。



肩を掴まれ、乱暴に身体を揺らされるシュリクロンは顔を真っ青にさせながらも反論することなくされるがままだった。




「教皇最有力候補だから、わざわざ会いに来てやったのに!まさか、候補ですらなくなったのか?どうなんだ、シュリクロン!」



香月は親子の話に口を挟むのはどうかと思い、黙っていたけれどそろそろ限界だ。



シュリクロンは乱雑に扱われ、今にも倒れそうなくらい顔色が悪いというのにそれに気を留めず、ひたすら責め立てる親。シュリクロンも反論するなり、反撃するなり、手を払いのけるなりすればいいのに微動だにしない。




まるで人形のように、されるがまま。




「シュリクロンが苦しそうですよ!一旦放してあげたらどうですか?」



香月は我慢できずに声をかける。



「愛し子だからと調子に乗るな、小娘。わしは伯爵であるのだぞ、小娘如きが易々と話しかけていいと思っているのか?はぁ、まったく、教会の教育はどうなっている?」




香月が声をかけた途端、伯爵であるシュリクロンの父親は顔を真っ赤にさせ怒鳴り散らすように吐き出した。投げられた言葉は驚くほど傲慢で、教会の現状を嘆くように嘯きながら、香月を侮辱する。彼は香月の態度がなっていないと、礼儀を弁えぬと言う。



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