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しおりを挟む香月がフロウティアに言われた通り、フロウティアに対して敬語を無くした。その瞬間、周りの空気は変わった。
教会の人間はきっと、フロウティアに言われたからと言って、香月がその通りにするとは思っていなかったのだろう。フロウティアは地位のある人で、人望もある。愛し子がどの程度の地位にいるかは不明だが、本来ならフロウティアを凌ぐほどではない。そういった雰囲気だ。
だが、香月はフロウティアに許されたのだ。遠慮ばかりしていても話は進まない。本人が許容しているならばいいだろうと思い、結局、言う通りにした。しかし、この様子では周りは納得していない。
こういうのは、納得できる何かがなければ変わらないものだ。
(面倒な事にならなければいいけど)
幸せな異世界生活とはなんだろうか、と疑問に思う香月であったが、何とかなるだろうという気持ちもあった。とりあえず、勧められるまま教会へ来たが、邪魔者扱いや疎まれるのであればここに居る必要はない。
香月はこの異世界を楽しみたいのだ。そもそも一つの場所に居なければならないという制約は無い。
嫌になれば出て行けばいい。そう考えれば気持ちは楽になった。
案内された部屋はとても豪華である。教会というより、お城の中にありそうな部屋の造りで、備えられている調度品も高級であることが窺える。
窓から外をのぞけば、結構な高さだった。景色は美しいが、外に出れる空間は無く、残念である。
「こちらがカツキ様のお部屋になりますが、いかがでしょうか?」
「とても素敵。ありがとう」
本心からそう言っているが、気に入らない、といえば別の部屋と家具が用意されるのだろうか。いや、用意されそうな感じがする。一体リローズはどんな指示を出しているのか気になるところではある。
中へ入り、フロウティアが扉を閉める。
「気に入って頂けてよかっです。さっそくお食事を運びますね。食べ終わりましたら話をさせて頂きます」
香月は空腹に耐えかねて、即座に頷く。
フロウティアが指を鳴らす。入室の合図かと思えば、違った。音がなり止むと机の上には食事が置かれていた。
机の上には湯気が立つスープ、瑞々しい野菜のサラダ、ふんわりとして柔らかそうなパンに、しっかり焼かれて焦げ目がついた鶏肉と、ふわふわであることが見てわかる卵焼きが置かれていた。
(美味しそう!!それに、今のは魔法?フロウティアは呪文を詠唱しなかった......何故?)
疑問点は残るが、香月の本能に反応して、お腹が小さく鳴る。
「さぁ、カツキ様。どうぞお召し上がりください」
フロウティアに促されるまま、香月は椅子に座り、食事を始めた。
「美味しい、カツキ?」
香月が椅子に座った際に、太ももへと移動して丸まっているヴィレムが興味深げにたずねてきた。紅い瞳は並べられている食事を珍しそうに見ていた。
食べたことがなく、珍しいのだろう。
「食べてみる?美味しいよ」
香月はヴィレムに食事を勧めてみた。幸い、元の世界とあまり変わらない食事で、味も美味しく見た目も良い。
「いいの?カツキの物なのに」
「いいよ、何が食べたい?」
ヴィレムが遠慮がちに伺ってきた。香月はヴィレムが食べたいなら、食べさせてあげたかった。
美味しい食事を食べたら、宝石みたいな瞳はより一層輝きを増すだろう。それはどれ程美しいんだろうと、興味が増して香月はヴィレムに食べ物を分ける気満々である。
未知なるものに対して、ヴィレムは迷いを見せたが、決心する。
その一部始終の可愛いこと。
「カツキ、全部食べたい」
「え?わかった、いいよ!」
迷い、選べず、ヴィレムは全部にしたようだ。香月も迷わず頷く。
香月はスプーンにスープを少量すくい、ヴィレムの口元に持っていく。熱々ではないのでそのまま飲んでも火傷しないだろう。
「じゃあ、まずスープね」
香月に勧められて、ヴィレムはスプーンの上のスープを啜る。
「美味しい!」
スープを飲み込んだ後、ヴィレムは嬉しそうに言った。きらきらと輝く瞳は満足気である。
そして、次は赤いトマトをフォークで刺し、口元に差し出す。
ヴィレムは器用にトマトだけを齧り、咀嚼する。
「酸っぱいけど、美味しいね」
どうやら、トマトもお気に召したようだ。
「次はパンね」
一口大にちぎったパンにバターを塗り、ヴィレムの口の中へと入れる。
「どう?美味しい?」
「美味しい!ふわふわしてる!」
ふわふわした食感を楽しみ、味わい飲み込む。
「最後はメインね」
油でカリカリに焼かれ、塩、胡椒、ハーブで味付けされた鶏肉と卵焼きをヴィレムに食してもらう。
「はい、あーん」
促されるまま、ヴィレムは大きく口を開ける。美味しい物で満たされると、信じて疑わない。
食事というものに満足したヴィレムは、にこにこと香月の膝の上でご満悦だ。
「美味しかった?」
「うん、初めて食べたけど、すごく美味しかった!それに」
「それに?」
「カツキに食べさせてもらうの、すごく嬉しかった」
「いつでもするからね!」
「ありがとう、でも、次は僕がカツキにしたいなぁ」
駄目?と伺うようにヴィレムが見上げてくる。期待に満ちた目に、香月は駄目とは言えなかった。
「わかった、いいよ。また、今度ね」
「うん、ありがとう、カツキ!」
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