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とある中等科男子の卒業式
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中等科の卒業式は、3月半ば、晴天の中で行われた。制服の胸ポケットに花をつけた卒業生が、下級生と保護者の拍手の中、列を作って講堂に入る。
その列に混じっている駿にしてみれば、同じ学年のほとんどの者がそのまま高等科に上がるのだから、さしたる感慨は無い。高等科は中等科と同じ敷地内にあるため、新たな旅立ちという感じもしない。
ただ、自分たちに教えてくれた教員や、お昼に弁当やパンを売りにきていたおじさんとおばさんとは、おそらくもう顔を合わせることはないだろう。中等科と高等科は隣合わせとはいえ、校舎は全く別だからだ。
校歌斉唱のために、全員が立ち上がる。グランドピアノに座るのは、音楽教諭の片山だ。駿にとって、ちょっぴり別れが悲しい教員の一人である。
今日は片山はスーツを着ていた。彼は歌手で、本人曰くピアノは得意でないらしいが、軽やかな音で前奏を弾き始める。
駿たちは、最後の音楽の授業で、一応校歌をおさらいさせられていた。その甲斐あって、皆の歌声がきちんと揃う。駿の立つ場所から見える片山も、皆と一緒に校歌を口ずさみながら、満足そうに微笑していた。
式は滞りなく進行して、また皆の拍手を受けながら卒業生が退場した。駿たちは各々、卒業証書を受け取るために教室に向かった。見慣れた校舎と部屋に入るのも、もうこれが最後である。
駿は窓際の席に着くと、ぼんやりと春の日差しに照らされる校庭を眺めた。すると、ざわざわした教室の中を渡り歩いて、クラスメイトの奥山がこちらにやってくる。
「高木、片山っちが俺たちに渡したいもんがあるって、廊下で待ってる」
「え?」
駿は片山の名を聞き、慌てて立ち上がる。奥山が小声で話すので、駿もこそっと後ろの扉に向かう。廊下には片山ともう一人、同じクラスの飯田が立っていた。
あっ。駿はこの面子に心当たりがあった。果たして片山は、紙袋からセロハンに包まれた菓子らしきものを取り出す。
「みんな卒業おめでとう、これはバレンタインデーにチョコレートをもらったお返し」
3人の男子は、まさかのホワイトデーのプレゼントに、おおっ、と声を揃えた。透明の袋の中にはうさぎとパンダの顔の大きなクッキーと、個別にメッセージカードが入っていた。
「先生、まさかこれ焼いたとか?」
飯田に訊かれた片山は、友人の実家である横浜のベーカリーのクッキーだと答えた。
「チョコをくれたきみらの分しか無いからな、あまり見せびらかすな」
片山はにっと笑って、再度おめでとう、と言ってから隣のクラスに向かう。その後ろ姿をありがとうという言葉と共に見送り、奥山はちょっと呆れたように呟いた。
「マジか、チョコ渡した3年全員に配ってんの?」
駿はぷっと吹き出してしまった。
「つかあの日、そんなにチョコもらったんだ」
「史上最高にモテたとか言ってたよな」
「男子校でモテるとかどうなんだよ」
3人でくすくす笑いながら、教室に戻る。やがて担任がやってきて、卒業証書渡すぞ、と宣言した。
一人一人に証書を手渡しするので、時間がかかりそうだった。駿は片山からのプレゼントのリボンを、机の下でそっと解いた。そして、メッセージカードを取り出す。
『高木駿さま 卒業おめでとう。高木がこれから歌を勉強したいと考えていることを知り、歌い手の先輩として嬉しく思います。授業中、やる気の無いふりをしながら、いつもきちんと歌ってたのは気づいてたからなw 音程が良いのは、ピアノが弾けるからだけではないので、強みだと思います。ぜひ良い先生を探して励んでください。高木の未来に幸あれ。 片山三喜雄』
頬がぱっと熱くなった。次の瞬間、カードいっぱいに書かれた手書きの文字が、じわりと滲む。
歌やるなんて言ってないぞ馬鹿。先生が教えてくれるなら考えてもいいけどな。……でももう先生と一緒に、音楽室では歌えないんだな。
「高木駿」
担任に呼ばれ、駿ははいっ、と返事して立ち上がる。涙は無理矢理引っ込めた。机の間を縫って、担任の立つ教卓に向かう。
先生待ってて、俺が一人前の歌手になるまで。
駿は卒業証書を両手で受け取りながら、いつもにこやかだった音楽教諭に胸の内で語りかけた。
*初出 2024.3.15 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「3月」「お返し」
既出の「とある中等科男子のバレンタイン」の続きです。三喜雄はまめなので、クラリネッティストの小田亮太の両親の店で、ホワイトデーのお返しを用意したようです。
中学生の時くらいって、案外教員のことが印象に残るような気がします。それで「バレンタイン」とこれの2本が浮かびました。もし駿くんがこの後音大芸大に進学し、プロの歌い手としてデビューするとしたら、10数年後くらいです。その頃三喜雄は40代半ばなので、歌手として一番脂が乗っていそうな時に、教え子と共演することになるかもしれません。
その列に混じっている駿にしてみれば、同じ学年のほとんどの者がそのまま高等科に上がるのだから、さしたる感慨は無い。高等科は中等科と同じ敷地内にあるため、新たな旅立ちという感じもしない。
ただ、自分たちに教えてくれた教員や、お昼に弁当やパンを売りにきていたおじさんとおばさんとは、おそらくもう顔を合わせることはないだろう。中等科と高等科は隣合わせとはいえ、校舎は全く別だからだ。
校歌斉唱のために、全員が立ち上がる。グランドピアノに座るのは、音楽教諭の片山だ。駿にとって、ちょっぴり別れが悲しい教員の一人である。
今日は片山はスーツを着ていた。彼は歌手で、本人曰くピアノは得意でないらしいが、軽やかな音で前奏を弾き始める。
駿たちは、最後の音楽の授業で、一応校歌をおさらいさせられていた。その甲斐あって、皆の歌声がきちんと揃う。駿の立つ場所から見える片山も、皆と一緒に校歌を口ずさみながら、満足そうに微笑していた。
式は滞りなく進行して、また皆の拍手を受けながら卒業生が退場した。駿たちは各々、卒業証書を受け取るために教室に向かった。見慣れた校舎と部屋に入るのも、もうこれが最後である。
駿は窓際の席に着くと、ぼんやりと春の日差しに照らされる校庭を眺めた。すると、ざわざわした教室の中を渡り歩いて、クラスメイトの奥山がこちらにやってくる。
「高木、片山っちが俺たちに渡したいもんがあるって、廊下で待ってる」
「え?」
駿は片山の名を聞き、慌てて立ち上がる。奥山が小声で話すので、駿もこそっと後ろの扉に向かう。廊下には片山ともう一人、同じクラスの飯田が立っていた。
あっ。駿はこの面子に心当たりがあった。果たして片山は、紙袋からセロハンに包まれた菓子らしきものを取り出す。
「みんな卒業おめでとう、これはバレンタインデーにチョコレートをもらったお返し」
3人の男子は、まさかのホワイトデーのプレゼントに、おおっ、と声を揃えた。透明の袋の中にはうさぎとパンダの顔の大きなクッキーと、個別にメッセージカードが入っていた。
「先生、まさかこれ焼いたとか?」
飯田に訊かれた片山は、友人の実家である横浜のベーカリーのクッキーだと答えた。
「チョコをくれたきみらの分しか無いからな、あまり見せびらかすな」
片山はにっと笑って、再度おめでとう、と言ってから隣のクラスに向かう。その後ろ姿をありがとうという言葉と共に見送り、奥山はちょっと呆れたように呟いた。
「マジか、チョコ渡した3年全員に配ってんの?」
駿はぷっと吹き出してしまった。
「つかあの日、そんなにチョコもらったんだ」
「史上最高にモテたとか言ってたよな」
「男子校でモテるとかどうなんだよ」
3人でくすくす笑いながら、教室に戻る。やがて担任がやってきて、卒業証書渡すぞ、と宣言した。
一人一人に証書を手渡しするので、時間がかかりそうだった。駿は片山からのプレゼントのリボンを、机の下でそっと解いた。そして、メッセージカードを取り出す。
『高木駿さま 卒業おめでとう。高木がこれから歌を勉強したいと考えていることを知り、歌い手の先輩として嬉しく思います。授業中、やる気の無いふりをしながら、いつもきちんと歌ってたのは気づいてたからなw 音程が良いのは、ピアノが弾けるからだけではないので、強みだと思います。ぜひ良い先生を探して励んでください。高木の未来に幸あれ。 片山三喜雄』
頬がぱっと熱くなった。次の瞬間、カードいっぱいに書かれた手書きの文字が、じわりと滲む。
歌やるなんて言ってないぞ馬鹿。先生が教えてくれるなら考えてもいいけどな。……でももう先生と一緒に、音楽室では歌えないんだな。
「高木駿」
担任に呼ばれ、駿ははいっ、と返事して立ち上がる。涙は無理矢理引っ込めた。机の間を縫って、担任の立つ教卓に向かう。
先生待ってて、俺が一人前の歌手になるまで。
駿は卒業証書を両手で受け取りながら、いつもにこやかだった音楽教諭に胸の内で語りかけた。
*初出 2024.3.15 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「3月」「お返し」
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中学生の時くらいって、案外教員のことが印象に残るような気がします。それで「バレンタイン」とこれの2本が浮かびました。もし駿くんがこの後音大芸大に進学し、プロの歌い手としてデビューするとしたら、10数年後くらいです。その頃三喜雄は40代半ばなので、歌手として一番脂が乗っていそうな時に、教え子と共演することになるかもしれません。
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