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おぐもちとタンドリーチキン
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営業課の小椋陽佑は、同じく営業課の望月亘と、周囲から対と見做されている。同期入社の中でも、特に望月と気が合うから仕方がないのだが、営業部以外の他部署の人間からも「おぐもち」と呼ばれるのは、嫌ではないのだが、ちょっと微妙だと陽佑は思っている。
もうすぐ陽佑も望月も、この会社に入って丸2年になる。今やお互い、多少営業成績を上げられるようになった。2人は違うタイプの営業マンで、担当する取引先も違う。望月は積極的な営業が得意で、基本的におとなしい陽佑は、引きながら売り込むほうがやりやすい。もちろん桂山暁斗営業課長や、将来の課長候補と呼ばれる高畑朔みたいに、押したり引いたりできるようになりたいが、器用ではない陽佑には、なかなかそれは難しい。
その日、陽佑が外回りから戻ると、会社は昼休みに入ったばかりだった。外で食べて来たらよかったなと思っていたら、エレベーターホールで望月と出くわした。
「お帰り、昼食って来たのか?」
「いや、まだ」
「社食行こうぜ、今日の定食はタンドリーチキンだって」
望月に誘われて、陽佑は鞄を自分のデスクに置きに行く。そして財布とハンカチだけ持ち、エレベーターの前で待ってくれている望月のところに走った。
「今日行った店はどうだ、トータルで入れてくれそうか?」
望月に訊かれて、陽佑は難しい、と正直に答える。
「デスクや椅子は新調してくれそうだけど、家電までとなると、なかなか……」
陽佑たちが今注力しているのは、大手家電メーカーとコラボレートした、抗菌を全面に出したシリーズである。小さな事務所や個人経営の店舗、そして診療所をターゲットにしており、少しずつ売り上げを伸ばしつつあった。
「おまえ、大口いけそうなんだって?」
陽佑が言うと、望月は俺の力じゃないよ、と笑った。
「桂山課長の人脈だ」
「人脈で販売上げるとか、課長何者?」
実は陽佑は、桂山に憧れ以上の気持ちを抱いているが、少しその気持ちにも諦めのようなものが混じり始めていた。桂山は10歳年下のパートナーと仲良し過ぎるからである。
社員食堂は注文の混雑のピークを過ぎていた。社員証を券売機にかざし、食券代を自動精算する。しかし陽佑に続いてA定食のボタンを押した望月は、売り切れの表示にうわっ! と叫んだ。
「えーっ、タンドリーチキン……」
望月が情けない声を上げる。B定食は魚がメインで、今日はさわらの塩麹焼きだった。陽佑もタンドリーチキンのほうがよかったが、望月が可哀想なので譲ることにした。
「B定食の券買えよ、交換しよう」
「マジ? 嬉しい……」
食券を交換すると、望月はじっと陽佑を見つめてきた。何、と思わず身体を引こうとして、がばっと抱きつかれた。
「俺は陽佑が今日タンドリーチキンを譲ってくれたことを、一生忘れない」
陽佑は自分より少し背の高い望月に抱きしめられる格好になり、慌てた。
「何なんだ、大げさだな!」
「感謝の気持ちだ」
「やめろ、意味わからん」
食事を終えて出て行く社員たちにちらちら見られて恥ずかしい。とどめは、山中企画部長補の笑い混じりの声が飛んできたことだった。
「おぐもちは本当に仲良しだなぁ、こんな場所で抱き合うなよ」
山中の後ろには、笑っている桂山がいた。陽佑はどきっとする。この2人はとある私大の同窓生で、山中が先輩だ。
「おう桂山、Bしか無いわ」
「残念でしたね、山中さんタンドリーチキンがよかったんでしょ?」
「俺は今夜ハンバーグだから魚でいいぞ」
何故か離れてくれない望月の腕の中から、陽佑は山中と桂山の様子を眺める。桂山は否定するが、山中と彼は仲が良い。
「いつまでそうやってるんだ、早く食えよ」
桂山に苦笑されて、ようやく望月は腕を解いてくれた。
「ま、こうやって桂山課長にも、俺と陽佑がデキてると思ってもらうんだ」
ぼそっと聞こえた言葉に、何? と陽佑は問うた。しかし望月は、それ以上何も言わなかった。
「ラストA定食お願いしまーす」
望月は晴れやかな声で食堂のおばちゃんに言う。陽佑は軽く違和感を覚えたが、望月が嬉しそうなので良いことをしたと思った。そして山中と桂山に続いて、B定食を頼んだ。
*初出 2024.3.9 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「仲良し」「抱きつく」
『あきとかな後日談集』2022年12月分に登場する、(当時)新入社員のその後です。陽佑は福島県出身で、本人の自覚としては緩くゲイです。就職活動中に合同セミナーで出会った暁斗に憧れて、(株)エリカワに入社しました。営業課の先輩で、同郷の朔からも可愛がられています。同期の望月の性的指向は不明ですが、彼から何やら思いを寄せられて? いる雰囲気です。
山中穂積企画部長補と暁斗は、暁斗が就活でOB訪問をした時からのつきあいです。穂積にも18歳年下の同性のパートナーがいます(この会社、男が好きな男子社員ばかりになってきました)。
もうすぐ陽佑も望月も、この会社に入って丸2年になる。今やお互い、多少営業成績を上げられるようになった。2人は違うタイプの営業マンで、担当する取引先も違う。望月は積極的な営業が得意で、基本的におとなしい陽佑は、引きながら売り込むほうがやりやすい。もちろん桂山暁斗営業課長や、将来の課長候補と呼ばれる高畑朔みたいに、押したり引いたりできるようになりたいが、器用ではない陽佑には、なかなかそれは難しい。
その日、陽佑が外回りから戻ると、会社は昼休みに入ったばかりだった。外で食べて来たらよかったなと思っていたら、エレベーターホールで望月と出くわした。
「お帰り、昼食って来たのか?」
「いや、まだ」
「社食行こうぜ、今日の定食はタンドリーチキンだって」
望月に誘われて、陽佑は鞄を自分のデスクに置きに行く。そして財布とハンカチだけ持ち、エレベーターの前で待ってくれている望月のところに走った。
「今日行った店はどうだ、トータルで入れてくれそうか?」
望月に訊かれて、陽佑は難しい、と正直に答える。
「デスクや椅子は新調してくれそうだけど、家電までとなると、なかなか……」
陽佑たちが今注力しているのは、大手家電メーカーとコラボレートした、抗菌を全面に出したシリーズである。小さな事務所や個人経営の店舗、そして診療所をターゲットにしており、少しずつ売り上げを伸ばしつつあった。
「おまえ、大口いけそうなんだって?」
陽佑が言うと、望月は俺の力じゃないよ、と笑った。
「桂山課長の人脈だ」
「人脈で販売上げるとか、課長何者?」
実は陽佑は、桂山に憧れ以上の気持ちを抱いているが、少しその気持ちにも諦めのようなものが混じり始めていた。桂山は10歳年下のパートナーと仲良し過ぎるからである。
社員食堂は注文の混雑のピークを過ぎていた。社員証を券売機にかざし、食券代を自動精算する。しかし陽佑に続いてA定食のボタンを押した望月は、売り切れの表示にうわっ! と叫んだ。
「えーっ、タンドリーチキン……」
望月が情けない声を上げる。B定食は魚がメインで、今日はさわらの塩麹焼きだった。陽佑もタンドリーチキンのほうがよかったが、望月が可哀想なので譲ることにした。
「B定食の券買えよ、交換しよう」
「マジ? 嬉しい……」
食券を交換すると、望月はじっと陽佑を見つめてきた。何、と思わず身体を引こうとして、がばっと抱きつかれた。
「俺は陽佑が今日タンドリーチキンを譲ってくれたことを、一生忘れない」
陽佑は自分より少し背の高い望月に抱きしめられる格好になり、慌てた。
「何なんだ、大げさだな!」
「感謝の気持ちだ」
「やめろ、意味わからん」
食事を終えて出て行く社員たちにちらちら見られて恥ずかしい。とどめは、山中企画部長補の笑い混じりの声が飛んできたことだった。
「おぐもちは本当に仲良しだなぁ、こんな場所で抱き合うなよ」
山中の後ろには、笑っている桂山がいた。陽佑はどきっとする。この2人はとある私大の同窓生で、山中が先輩だ。
「おう桂山、Bしか無いわ」
「残念でしたね、山中さんタンドリーチキンがよかったんでしょ?」
「俺は今夜ハンバーグだから魚でいいぞ」
何故か離れてくれない望月の腕の中から、陽佑は山中と桂山の様子を眺める。桂山は否定するが、山中と彼は仲が良い。
「いつまでそうやってるんだ、早く食えよ」
桂山に苦笑されて、ようやく望月は腕を解いてくれた。
「ま、こうやって桂山課長にも、俺と陽佑がデキてると思ってもらうんだ」
ぼそっと聞こえた言葉に、何? と陽佑は問うた。しかし望月は、それ以上何も言わなかった。
「ラストA定食お願いしまーす」
望月は晴れやかな声で食堂のおばちゃんに言う。陽佑は軽く違和感を覚えたが、望月が嬉しそうなので良いことをしたと思った。そして山中と桂山に続いて、B定食を頼んだ。
*初出 2024.3.9 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「仲良し」「抱きつく」
『あきとかな後日談集』2022年12月分に登場する、(当時)新入社員のその後です。陽佑は福島県出身で、本人の自覚としては緩くゲイです。就職活動中に合同セミナーで出会った暁斗に憧れて、(株)エリカワに入社しました。営業課の先輩で、同郷の朔からも可愛がられています。同期の望月の性的指向は不明ですが、彼から何やら思いを寄せられて? いる雰囲気です。
山中穂積企画部長補と暁斗は、暁斗が就活でOB訪問をした時からのつきあいです。穂積にも18歳年下の同性のパートナーがいます(この会社、男が好きな男子社員ばかりになってきました)。
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