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薬指につけられた価値あるもの
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奏人は10歳上の恋人に、甘やかされているという自覚がある。
出会って丸6年(うち3年半は奏人が日本にいなかった)になる。太客とも言えなかった彼のことを本気で好きになった。その結果、自分がゲイだと気づいていなかった彼の人生を変えた。その責任は、一生背負っていくつもりだ。
奏人は暁斗とお揃いのものを幾つか持っている。最初は12本骨の長傘で、自分が恩師から贈られて気に入っていたものの色違いを、暁斗の誕生日にプレゼントした。たかが傘に感激してくれて、奏人のほうがやや恐縮してしまったのも、楽しい思い出である。
もうひとつは、時計だ。一昨年のクリスマスに、近所の時計屋でセミオーダーしたが、意図してお揃いにしたのではない。お互いが相手に内緒で同じ腕時計を依頼していて、クリスマスに同じ包みを相手に渡し、開けると色違いだった。お互いにバレないように計らってくれた時計店の店主夫婦のおかげで、記憶に残る買い物になった。
そしてもうひとつは……左手の薬指に光る指輪である。昨年の3月につくった。暁斗の部下と奏人の同僚が結婚して、一緒に結婚式と披露宴に招待された。その直後にジュエリーショップに行ったので、煽られたノリもあったと思う。
指輪は、色違い、ではない。シルバーの土台に、淡めのピンクゴールドを重ねた指輪は、完全にお揃いである。最初暁斗は、ピンクが少し恥ずかしそうだったが、白くて細い奏人の手に似合うものがいいと言ってくれた。奏人のものには、「A to K」と裏に刻印してある。
奏人はたまに、薬指に指輪がはまっている自分の左手を、しみじみと見つめてしまう。結婚指輪なんて、一生つけることはないと思っていたからだ。
男が好きだと自覚して、それを高校生の時に父親に話さざるを得なくなり、蔑まれた。その時、要するに自分は「普通に」結婚できないのだなと納得した。奏人の育った家は決して幸福な空気があった訳ではなく、家庭を持つことに期待や憧れは無かったが、いざ持てないと言われると、やはり悲しかった。
それが今は、2人きりではあるが、家庭のようなものを築いている。お互いが同じ部屋に朝も夜もいる安心感。
暁斗と暮らし始めた頃は緊張したし、今でもまだ、お互いに理解できないことが勃発すると、不安になる。そんな時、我が強い奏人は、言葉をぶつけて暁斗を傷つけてしまう。
だが優しい暁斗は、大概のことは自分が折れて、奏人を許してくれる。彼は奏人のことが可愛いらしく、甘やかすのだ。2人の関係でイニシアチブを取っているつもりの奏人は、疑問に思う。結果的にまた僕が丸め込まれたみたいな気がするんだけど?
「奏人さん、指輪曇ってきた? 拭く?」
食事の後片づけを済ませた暁斗が、ソファで左手を見つめていた奏人に訊いてきた。奏人はかぶりを振る。
「ううん、見てるだけ」
それを聞いて、暁斗はちょっと笑う。
「割とよくそうやって見てるよな、もうすぐ1年になるのにまだ珍しい?」
暁斗には女性との結婚歴があるので、薬指に指輪をつけるのは初めてではない。だからそんな風に言うのかな、と思う。
「暁斗さんはもう何とも思わないの?」
奏人は質問返しをしてしまった。暁斗のチョコレート色の瞳が自分を見つめる。
「何とも思わなくはないよ、初めて一緒に選んでつくったんだから」
確かにそうだ。この部屋も暁斗が用意してくれていたし、一緒に時間をかけて選んだものは、あまり無かった。
「結婚指輪は約束の印だ、去年出た結婚式で牧師が言ってただろ? 丸くて終わりが無いから、2人の愛も何たらかんたらって」
奏人は暁斗の言葉に驚く。自分があの時、指輪をつくりたいと口走ったから、合わせてくれたのだと思っていた。
「だから良い意味で、ここにつけてることが重くて大切だと思ってるよ」
暁斗は語尾をやや小さくした。話しながら照れたようである。この人はやや天然ボケで、爆発力の高い言動を平気で為しておいて、こうして妙に可愛い反応を見せるのだ。
奏人は暁斗の言葉に満足して、隣に座った彼の肩にこつんと頭を乗せた。そう、奏人にとってもこの指輪は、重くて大切だった。
奏人はもう一度左手の指輪を視界に入れる。ふと、シューマンの歌曲集「女の愛と生涯」の、何曲目だったか忘れたけれど、ヒロインが結婚指輪を見つめる姿を描いた歌を思い出した。
私の指の指輪よ、お前は私の目に、初めて見せてくれた。人生における、終わりのない大きな価値あるものを。
暁斗&奏人(『あきとかな ~恋とはどんなものかしら~』)
うちの老舗カップルです。2023年12月に、同性パートナーシップ制度を使い始めました。実質リバップルですが、基本的に年上の暁斗が受け。このお話は2023年2月現在の奏人目線で、指輪をつくったことを『後日談集』で取り上げ損ねたので、メモ代わりに書いたと記憶します。
*初出 2023.2.5 #創作BL深夜の60分一本勝負 お題「お揃い」
出会って丸6年(うち3年半は奏人が日本にいなかった)になる。太客とも言えなかった彼のことを本気で好きになった。その結果、自分がゲイだと気づいていなかった彼の人生を変えた。その責任は、一生背負っていくつもりだ。
奏人は暁斗とお揃いのものを幾つか持っている。最初は12本骨の長傘で、自分が恩師から贈られて気に入っていたものの色違いを、暁斗の誕生日にプレゼントした。たかが傘に感激してくれて、奏人のほうがやや恐縮してしまったのも、楽しい思い出である。
もうひとつは、時計だ。一昨年のクリスマスに、近所の時計屋でセミオーダーしたが、意図してお揃いにしたのではない。お互いが相手に内緒で同じ腕時計を依頼していて、クリスマスに同じ包みを相手に渡し、開けると色違いだった。お互いにバレないように計らってくれた時計店の店主夫婦のおかげで、記憶に残る買い物になった。
そしてもうひとつは……左手の薬指に光る指輪である。昨年の3月につくった。暁斗の部下と奏人の同僚が結婚して、一緒に結婚式と披露宴に招待された。その直後にジュエリーショップに行ったので、煽られたノリもあったと思う。
指輪は、色違い、ではない。シルバーの土台に、淡めのピンクゴールドを重ねた指輪は、完全にお揃いである。最初暁斗は、ピンクが少し恥ずかしそうだったが、白くて細い奏人の手に似合うものがいいと言ってくれた。奏人のものには、「A to K」と裏に刻印してある。
奏人はたまに、薬指に指輪がはまっている自分の左手を、しみじみと見つめてしまう。結婚指輪なんて、一生つけることはないと思っていたからだ。
男が好きだと自覚して、それを高校生の時に父親に話さざるを得なくなり、蔑まれた。その時、要するに自分は「普通に」結婚できないのだなと納得した。奏人の育った家は決して幸福な空気があった訳ではなく、家庭を持つことに期待や憧れは無かったが、いざ持てないと言われると、やはり悲しかった。
それが今は、2人きりではあるが、家庭のようなものを築いている。お互いが同じ部屋に朝も夜もいる安心感。
暁斗と暮らし始めた頃は緊張したし、今でもまだ、お互いに理解できないことが勃発すると、不安になる。そんな時、我が強い奏人は、言葉をぶつけて暁斗を傷つけてしまう。
だが優しい暁斗は、大概のことは自分が折れて、奏人を許してくれる。彼は奏人のことが可愛いらしく、甘やかすのだ。2人の関係でイニシアチブを取っているつもりの奏人は、疑問に思う。結果的にまた僕が丸め込まれたみたいな気がするんだけど?
「奏人さん、指輪曇ってきた? 拭く?」
食事の後片づけを済ませた暁斗が、ソファで左手を見つめていた奏人に訊いてきた。奏人はかぶりを振る。
「ううん、見てるだけ」
それを聞いて、暁斗はちょっと笑う。
「割とよくそうやって見てるよな、もうすぐ1年になるのにまだ珍しい?」
暁斗には女性との結婚歴があるので、薬指に指輪をつけるのは初めてではない。だからそんな風に言うのかな、と思う。
「暁斗さんはもう何とも思わないの?」
奏人は質問返しをしてしまった。暁斗のチョコレート色の瞳が自分を見つめる。
「何とも思わなくはないよ、初めて一緒に選んでつくったんだから」
確かにそうだ。この部屋も暁斗が用意してくれていたし、一緒に時間をかけて選んだものは、あまり無かった。
「結婚指輪は約束の印だ、去年出た結婚式で牧師が言ってただろ? 丸くて終わりが無いから、2人の愛も何たらかんたらって」
奏人は暁斗の言葉に驚く。自分があの時、指輪をつくりたいと口走ったから、合わせてくれたのだと思っていた。
「だから良い意味で、ここにつけてることが重くて大切だと思ってるよ」
暁斗は語尾をやや小さくした。話しながら照れたようである。この人はやや天然ボケで、爆発力の高い言動を平気で為しておいて、こうして妙に可愛い反応を見せるのだ。
奏人は暁斗の言葉に満足して、隣に座った彼の肩にこつんと頭を乗せた。そう、奏人にとってもこの指輪は、重くて大切だった。
奏人はもう一度左手の指輪を視界に入れる。ふと、シューマンの歌曲集「女の愛と生涯」の、何曲目だったか忘れたけれど、ヒロインが結婚指輪を見つめる姿を描いた歌を思い出した。
私の指の指輪よ、お前は私の目に、初めて見せてくれた。人生における、終わりのない大きな価値あるものを。
暁斗&奏人(『あきとかな ~恋とはどんなものかしら~』)
うちの老舗カップルです。2023年12月に、同性パートナーシップ制度を使い始めました。実質リバップルですが、基本的に年上の暁斗が受け。このお話は2023年2月現在の奏人目線で、指輪をつくったことを『後日談集』で取り上げ損ねたので、メモ代わりに書いたと記憶します。
*初出 2023.2.5 #創作BL深夜の60分一本勝負 お題「お揃い」
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