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きみが旅立つ日
6月20日④
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晴夏は少し考え込んだが、ぶんぶん首を横に振った。
「湊さんたぶん1人で入場したいもん、それにこんなこと頼めるおじさんがいない」
確かに、と暁斗は思う。寿博の弟はもう亡くなっており、乃里子には女きょうだいしかいない。
「じゃあもうおふくろと出たら?」
暁斗が言うと、マグカップ片手の乃里子が拒む。
「だめよ、私ヴェールダウンしなくちゃいけないんだから」
「あ、そうか……」
暁斗は自分の結婚式を思い出す。元妻の蓉子は、確かにチャペルに入ったところで、ヴェールダウンセレモニーを母親としていた。その後父親とヴァージンロードを進んできた蓉子を、託される形で祭壇の前で受け取った。
その時寿博が、コーヒーを口にしながら、余計なことを言った。
「まああんまりやりたくなかったから、ちょっとほっとした」
「ちょっと何よそれ! そんなに嫌だったんなら言ってくれたらいいじゃない!」
「そうよ、私だってみんなの前で晒し者になるのは嫌なのに」
晴夏と乃里子から集中砲火を浴びた寿博は、思わずといったように上半身を縮めたが、晴夏は乃里子の言葉も聞き逃していなかった。
「お母さんも! 嫌だったらちゃんと言ってよ!」
「嫌だけど、あんたの一生に一回の晴れ姿だから手伝うんじゃないの、何をぎゃあぎゃあ言ってんの」
「無理にやってほしくないって!」
いきなり荒れ出した場に、暁斗はあ然とするしかなかったが、晴夏の目にうっすら涙が溜まってきたのが見えたので、習性のように焦ってしまう。暁斗は妹が泣かないよう、彼女が小さい時からずっと気を回してきたからだ。やはり晴夏は結婚式を控えて、それなりに気持ちが張りつめているとわかり、こんなことで式の直前に泣かせたくないと思った。
つい暁斗は助けを求めるように、寿博の横に座る奏人のほうを見た。奏人は暁斗の意図を察して目を丸くしたが、軽く頷いた。
「あの、最近出た結婚式の話ばかりで申し訳ないんですけど……そのお式、新婦さんのお母さまが、チャペルの外で叔父さまと新郎さんだけが見てるところで、式が始まる前にヴェールダウンをしたんです……チャペルの中でするのがオープンに対して、クローズドっていうらしいです」
奏人の説明に、ほう、と寿博が感心したように言った。
「じゃあ奏人さんはそれを見てないということか?」
「そうです、新郎から後で聞きました」
「ああ、晴夏がみんなに見せびらかしたいのでなければ、それもいいんじゃないか?」
その場にいた全員が、4日後の新婦の顔を見る。彼女はそうね、と譲歩の姿勢を見せた。
奏人は笑顔で頷いて、続ける。
「それで、晴夏さんとヴァージンロードを歩くのは、暁斗さんがいいんじゃないかなと」
暁斗はそれを聞いて、はぁっ⁉ と叫んだ。今度は暁斗に視線が集まる。晴夏は顎を上げて、ふんふんと首を縦に振った。
「まあお兄ちゃんでもいいかな、湊さんお兄ちゃんのこと好きだし、喜ぶかも」
「武井さんの意向は関係無いだろが」
暁斗は抵抗したが、乃里子が軽く手を叩いた。
「いいんじゃないかしら、あきちゃん新しいネクタイ買って気合い入れてるんでしょ?」
「それも関係無いから!」
暁斗には蓉子との結婚式の際、がちがちに緊張していろいろしくじった過去があり、そういう意味でも嫌だった。しかし奏人が視線で圧力をかけてきていることに気づき、彼の提案が一番丸く収まるのではないかと、悔しいが思い始める。
「わかった、じゃあ明日湊さんとプランナーさんに、ヴェールダウンはクローズドでやって、新婦の入場は父負傷につき兄とに変更したいって言うわ」
晴夏の宣言で、奏人の提案が採択されることに決定した。その場に拍手が起きたが、暁斗は溜め息をついて項垂れるしかなかった。
「湊さんたぶん1人で入場したいもん、それにこんなこと頼めるおじさんがいない」
確かに、と暁斗は思う。寿博の弟はもう亡くなっており、乃里子には女きょうだいしかいない。
「じゃあもうおふくろと出たら?」
暁斗が言うと、マグカップ片手の乃里子が拒む。
「だめよ、私ヴェールダウンしなくちゃいけないんだから」
「あ、そうか……」
暁斗は自分の結婚式を思い出す。元妻の蓉子は、確かにチャペルに入ったところで、ヴェールダウンセレモニーを母親としていた。その後父親とヴァージンロードを進んできた蓉子を、託される形で祭壇の前で受け取った。
その時寿博が、コーヒーを口にしながら、余計なことを言った。
「まああんまりやりたくなかったから、ちょっとほっとした」
「ちょっと何よそれ! そんなに嫌だったんなら言ってくれたらいいじゃない!」
「そうよ、私だってみんなの前で晒し者になるのは嫌なのに」
晴夏と乃里子から集中砲火を浴びた寿博は、思わずといったように上半身を縮めたが、晴夏は乃里子の言葉も聞き逃していなかった。
「お母さんも! 嫌だったらちゃんと言ってよ!」
「嫌だけど、あんたの一生に一回の晴れ姿だから手伝うんじゃないの、何をぎゃあぎゃあ言ってんの」
「無理にやってほしくないって!」
いきなり荒れ出した場に、暁斗はあ然とするしかなかったが、晴夏の目にうっすら涙が溜まってきたのが見えたので、習性のように焦ってしまう。暁斗は妹が泣かないよう、彼女が小さい時からずっと気を回してきたからだ。やはり晴夏は結婚式を控えて、それなりに気持ちが張りつめているとわかり、こんなことで式の直前に泣かせたくないと思った。
つい暁斗は助けを求めるように、寿博の横に座る奏人のほうを見た。奏人は暁斗の意図を察して目を丸くしたが、軽く頷いた。
「あの、最近出た結婚式の話ばかりで申し訳ないんですけど……そのお式、新婦さんのお母さまが、チャペルの外で叔父さまと新郎さんだけが見てるところで、式が始まる前にヴェールダウンをしたんです……チャペルの中でするのがオープンに対して、クローズドっていうらしいです」
奏人の説明に、ほう、と寿博が感心したように言った。
「じゃあ奏人さんはそれを見てないということか?」
「そうです、新郎から後で聞きました」
「ああ、晴夏がみんなに見せびらかしたいのでなければ、それもいいんじゃないか?」
その場にいた全員が、4日後の新婦の顔を見る。彼女はそうね、と譲歩の姿勢を見せた。
奏人は笑顔で頷いて、続ける。
「それで、晴夏さんとヴァージンロードを歩くのは、暁斗さんがいいんじゃないかなと」
暁斗はそれを聞いて、はぁっ⁉ と叫んだ。今度は暁斗に視線が集まる。晴夏は顎を上げて、ふんふんと首を縦に振った。
「まあお兄ちゃんでもいいかな、湊さんお兄ちゃんのこと好きだし、喜ぶかも」
「武井さんの意向は関係無いだろが」
暁斗は抵抗したが、乃里子が軽く手を叩いた。
「いいんじゃないかしら、あきちゃん新しいネクタイ買って気合い入れてるんでしょ?」
「それも関係無いから!」
暁斗には蓉子との結婚式の際、がちがちに緊張していろいろしくじった過去があり、そういう意味でも嫌だった。しかし奏人が視線で圧力をかけてきていることに気づき、彼の提案が一番丸く収まるのではないかと、悔しいが思い始める。
「わかった、じゃあ明日湊さんとプランナーさんに、ヴェールダウンはクローズドでやって、新婦の入場は父負傷につき兄とに変更したいって言うわ」
晴夏の宣言で、奏人の提案が採択されることに決定した。その場に拍手が起きたが、暁斗は溜め息をついて項垂れるしかなかった。
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