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小さな春の嵐
その3 ①
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食後の喫茶中、隆史は山中に、ゴールデンウィーク中に1泊でいいから金沢に行きたいと言い、山中は2泊でも構わないけれど、宿が取れるなら隆史の実家以外で夜は過ごしたいと話した。早速お互いの希望を忌憚なく出し合ったようである。
山中は、隆史の母と妹とそりが合わないとは思っていないが、やはり義実家ではそれなりに気を遣うらしい。隆史が実家で遠慮なく山中に寄り添ってくる時、それを見る義母と義妹の視線にはまだまだ戸惑いがあるらしく(隆史は自分がゲイであることを、身体を壊して実家に戻るまで家族に隠していた)、それを見るのがたまにいたたまれないと山中は話した。
それを聞いた隆史は、家族に自分たちの関係を早く受け入れてほしくて、殊更実家で山中との距離を詰めていると告白した。山中は苦笑し、よっしゃ帰って話し合おう、と隆史の頭を撫でた。落ち着きを取り戻せば、人生経験豊富な山中は頼りになるはずである。
この話は、奏人と「交際」している状態だとバレてしまった時、妹の晴夏に猛反発された暁斗にとって、ちょっと耳が痛かった。奏人と実家に帰ると、そんなつもりが無くてもいちゃいちゃしていると突っ込まれ、それを面白がる奏人がたまに晴夏をいじるので、暁斗が立川に帰りたくない一時期もあった。奏人の母親と弟は今やフレンドリーだが、暁斗が最初に帯広に行った時はやはり驚きを隠さなかった。
コーヒーとお菓子を平らげてから、隆史と山中は仲良く桂山家を辞した。駅まで彼らを送ってやり、奏人とほっとしながら戻って来ると、茶器を片づけた。
「そりゃまあ、随分年上の、しかも男を連れて帰ってきたら、家族としてはちょっとびっくりするよな」
暁斗が言うと、奏人はダイニングテーブルを拭いて、そうなのかな、と他人事のように応じた。
「そこはもう、ほんと家族に慣れてもらわないと仕方なくない?」
「それはそうだけど……隆史くんのお母さんも、やっぱり息子の恋人が自分と年齢が近いと、もし相手が女だったとしても戸惑うと思う」
「そっか……山中さんはもしかしたら、隆史のお母さんと変わらないかもしれないよね」
暁斗は流しの前に立ち、スポンジに水を含ませた。
「まあでも、ちゃんと話し合ってくれそうだから安心した」
気まずくなった時こそ、勇気を出して話をすることは大切だ。あらためて思った。奏人もうんうん、と明るく言う。
「ほんと、思ったより仲良くやってるよね、僕たちも負けてられないね」
布巾を持って隣に立つ奏人の顔を、暁斗は思わず見た。
「何を勝負するの?」
「え? 何年上手くやって行けるか」
「そんなの、競争することじゃないと思うんですけど……」
暁斗は苦笑しながら、泡のついたカップとソーサーを流していく。それを水切り籠に入れると、奏人が手早く水滴を拭う。役割が逆になることもあるが、こういった作業も随分慣れた。
洗い物が一段落着くと、奏人が思い出したように、自分の部屋に向かった。リビングに戻って来た時、彼はノートパソコンを立ち上げた状態で手にしていた。
「暁斗さん、これ見てよ……たぶん詐欺ではないと思うんだけど、こんなことあるのかな」
奏人に画面を見せられて、暁斗はその長くもなく短くもないメールを読んだ。送信元は出版社の企画編集部を名乗っており、少なくとも暁斗は聞いたことが無い会社名だった。
「Kanato様がインスタグラムに投稿している作品のうち、20~30点を選んで……」
暁斗はメールを確認しながら読み上げていたが、驚きのあまり、途中で声が止まってしまった。奏人はうーん、と困惑している。
「今日のお昼にインスタにDM送って来たんだよね、それで怪しいと思ったから、会社のアドレスに改めて送れって言ってやったんだ」
奏人の本業はSEである。会社のメールはセキュリティも厳しく、疑わしいドメインはどんどん弾かれてしまうという。しかしこのメールは、きちんと奏人の会社のアドレスに届いたのだった。
奏人が疑うのも無理はない。この企画編集部の担当者は、奏人がインスタグラムにアップしているスケッチをピックアップして、画集をつくりたいと言っているのだ。これが本物なら、奏人はイラストレーターとしてデビューできることになる。
山中は、隆史の母と妹とそりが合わないとは思っていないが、やはり義実家ではそれなりに気を遣うらしい。隆史が実家で遠慮なく山中に寄り添ってくる時、それを見る義母と義妹の視線にはまだまだ戸惑いがあるらしく(隆史は自分がゲイであることを、身体を壊して実家に戻るまで家族に隠していた)、それを見るのがたまにいたたまれないと山中は話した。
それを聞いた隆史は、家族に自分たちの関係を早く受け入れてほしくて、殊更実家で山中との距離を詰めていると告白した。山中は苦笑し、よっしゃ帰って話し合おう、と隆史の頭を撫でた。落ち着きを取り戻せば、人生経験豊富な山中は頼りになるはずである。
この話は、奏人と「交際」している状態だとバレてしまった時、妹の晴夏に猛反発された暁斗にとって、ちょっと耳が痛かった。奏人と実家に帰ると、そんなつもりが無くてもいちゃいちゃしていると突っ込まれ、それを面白がる奏人がたまに晴夏をいじるので、暁斗が立川に帰りたくない一時期もあった。奏人の母親と弟は今やフレンドリーだが、暁斗が最初に帯広に行った時はやはり驚きを隠さなかった。
コーヒーとお菓子を平らげてから、隆史と山中は仲良く桂山家を辞した。駅まで彼らを送ってやり、奏人とほっとしながら戻って来ると、茶器を片づけた。
「そりゃまあ、随分年上の、しかも男を連れて帰ってきたら、家族としてはちょっとびっくりするよな」
暁斗が言うと、奏人はダイニングテーブルを拭いて、そうなのかな、と他人事のように応じた。
「そこはもう、ほんと家族に慣れてもらわないと仕方なくない?」
「それはそうだけど……隆史くんのお母さんも、やっぱり息子の恋人が自分と年齢が近いと、もし相手が女だったとしても戸惑うと思う」
「そっか……山中さんはもしかしたら、隆史のお母さんと変わらないかもしれないよね」
暁斗は流しの前に立ち、スポンジに水を含ませた。
「まあでも、ちゃんと話し合ってくれそうだから安心した」
気まずくなった時こそ、勇気を出して話をすることは大切だ。あらためて思った。奏人もうんうん、と明るく言う。
「ほんと、思ったより仲良くやってるよね、僕たちも負けてられないね」
布巾を持って隣に立つ奏人の顔を、暁斗は思わず見た。
「何を勝負するの?」
「え? 何年上手くやって行けるか」
「そんなの、競争することじゃないと思うんですけど……」
暁斗は苦笑しながら、泡のついたカップとソーサーを流していく。それを水切り籠に入れると、奏人が手早く水滴を拭う。役割が逆になることもあるが、こういった作業も随分慣れた。
洗い物が一段落着くと、奏人が思い出したように、自分の部屋に向かった。リビングに戻って来た時、彼はノートパソコンを立ち上げた状態で手にしていた。
「暁斗さん、これ見てよ……たぶん詐欺ではないと思うんだけど、こんなことあるのかな」
奏人に画面を見せられて、暁斗はその長くもなく短くもないメールを読んだ。送信元は出版社の企画編集部を名乗っており、少なくとも暁斗は聞いたことが無い会社名だった。
「Kanato様がインスタグラムに投稿している作品のうち、20~30点を選んで……」
暁斗はメールを確認しながら読み上げていたが、驚きのあまり、途中で声が止まってしまった。奏人はうーん、と困惑している。
「今日のお昼にインスタにDM送って来たんだよね、それで怪しいと思ったから、会社のアドレスに改めて送れって言ってやったんだ」
奏人の本業はSEである。会社のメールはセキュリティも厳しく、疑わしいドメインはどんどん弾かれてしまうという。しかしこのメールは、きちんと奏人の会社のアドレスに届いたのだった。
奏人が疑うのも無理はない。この企画編集部の担当者は、奏人がインスタグラムにアップしているスケッチをピックアップして、画集をつくりたいと言っているのだ。これが本物なら、奏人はイラストレーターとしてデビューできることになる。
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