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小さな春の嵐
その2 ②
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11時からおこなわれる会議のために、暁斗が7階に向かうべくエレベーターを呼ぶと、下の階から山中が乗ってきていた。
「おう、おはよう……隆史が世話になったな」
暁斗の姿を見るなり、申し訳無さそうに山中は言った。暁斗も朝の挨拶を返して、エレベーターのドアが閉まってから話す。
「奏人さんが昨夜寝る前にちょっと話したみたいなんですけど、山中さんが謝ったほうがいいですよ」
ちょっと口調が冷ややかになった自覚はあったが、山中は案の定、は? と返してきた。
「あいつ何て言ったんだ」
「……俺が直接聞いたのは、穂積さんをしばらく独りにしてあげたほうがいいかもってことです」
「ええっ? あいつが独りになりたいんじゃないのか?」
何となく雲行きが怪しい。エレベーターが着いてしまったが、山中は話を続けてくる。
「ほら、元旦に地震起きただろ? あいつの実家は何ともなかったんだけど、遠いとこからケガ人が沢山運ばれてきて、お義母さんが休み返上で大変だったんだよ」
隆史は自分の母親の話はしなかったが、総合病院に勤務している人なので、想像はついた。彼女が体調を崩すようなことがあったのだろうか。
「妹さんも仕事あるから、とりあえず正月休みが終わったら東京に戻ってきたけど、隆史も実家のことが気になって、ちょっとナーバスになってるのかとは思ってる」
何だ、気にしてるんじゃないか。暁斗は山中の態度を見て、お互いの相手に対する気持ちが、うまく噛み合っていないらしいことに気づく。ちょっと情報を出して、反応を見ることにした。
「……山中さんが酔っぱらって帰ってくるのが、心配みたいですよ」
山中は一瞬、気まずい表情を見せた。これは、心当たりがある顔だと暁斗は直感した。
「ああ、独りにしてやったほうがいいのかなと思って、飲みの予定を詰めてるのは認める」
「ナーバスになってるなら、独りにしないほうがいいんじゃないですか?」
会議室の前まで来て、山中は足を止めた。
「うーん、何と言うかここ最近、今更お互いの距離感がわからなくなってるのかな」
奏人は、大学生になってからずっと単身生活をしていたので、暁斗と暮らし始めて1年近くは、家の中に自分以外の人間がいることそのものに対する違和感を、消化できなかったようだった。山中も隆史も、一人暮らしを長く続けた後に同居を始めているので、奏人と同じことが起きているのかもしれない。
暁斗はそう言おうとしたが、山中は先に会議室の扉を開けてしまった。まあこの後そのまま昼休みになるだろうから、ゆっくり説諭しようと考える。
暁斗は頭の中を、急いで仕事モードに切り替えたが、何故かその場にいた、人事総務統括部長の西山に捕まってしまった。
「おはよう桂山くん、ちょっと予告」
「おはようございます、予告って何ですか?」
西山は「全てのマイノリティのための相談室」の創設時メンバーで、現在も相談室を影日向に支援してくれている。テンションが上がるとしらふでも面白い人物で、暁斗にとっては、気の許せる相手である。
西山は声をひそめた。
「6月に辞令が出るかも、乞うご期待」
暁斗は西山の顔を見た。きっと間抜け面になっているだろうと自覚する。
「……え?」
「谷口くんが次のプロジェクトのために、営業以外の仕事を任せられる可能性が出てきた」
谷口は暁斗の上司である。上が詰まっているため、暁斗と同じく、現ポストに長く身を置いていた。
「谷口部長が? 異動ですか?」
「完全に異動しないかもしれない、でも通常の営業にかかりきりになれないかもしれない……で、桂山くんがフォローのために、ちょっと上に上がるかもしれないってこと」
はあ、と暁斗はぽかんとしたまま言った。西山はやけに楽し気に、にっこり笑った。
「おう、おはよう……隆史が世話になったな」
暁斗の姿を見るなり、申し訳無さそうに山中は言った。暁斗も朝の挨拶を返して、エレベーターのドアが閉まってから話す。
「奏人さんが昨夜寝る前にちょっと話したみたいなんですけど、山中さんが謝ったほうがいいですよ」
ちょっと口調が冷ややかになった自覚はあったが、山中は案の定、は? と返してきた。
「あいつ何て言ったんだ」
「……俺が直接聞いたのは、穂積さんをしばらく独りにしてあげたほうがいいかもってことです」
「ええっ? あいつが独りになりたいんじゃないのか?」
何となく雲行きが怪しい。エレベーターが着いてしまったが、山中は話を続けてくる。
「ほら、元旦に地震起きただろ? あいつの実家は何ともなかったんだけど、遠いとこからケガ人が沢山運ばれてきて、お義母さんが休み返上で大変だったんだよ」
隆史は自分の母親の話はしなかったが、総合病院に勤務している人なので、想像はついた。彼女が体調を崩すようなことがあったのだろうか。
「妹さんも仕事あるから、とりあえず正月休みが終わったら東京に戻ってきたけど、隆史も実家のことが気になって、ちょっとナーバスになってるのかとは思ってる」
何だ、気にしてるんじゃないか。暁斗は山中の態度を見て、お互いの相手に対する気持ちが、うまく噛み合っていないらしいことに気づく。ちょっと情報を出して、反応を見ることにした。
「……山中さんが酔っぱらって帰ってくるのが、心配みたいですよ」
山中は一瞬、気まずい表情を見せた。これは、心当たりがある顔だと暁斗は直感した。
「ああ、独りにしてやったほうがいいのかなと思って、飲みの予定を詰めてるのは認める」
「ナーバスになってるなら、独りにしないほうがいいんじゃないですか?」
会議室の前まで来て、山中は足を止めた。
「うーん、何と言うかここ最近、今更お互いの距離感がわからなくなってるのかな」
奏人は、大学生になってからずっと単身生活をしていたので、暁斗と暮らし始めて1年近くは、家の中に自分以外の人間がいることそのものに対する違和感を、消化できなかったようだった。山中も隆史も、一人暮らしを長く続けた後に同居を始めているので、奏人と同じことが起きているのかもしれない。
暁斗はそう言おうとしたが、山中は先に会議室の扉を開けてしまった。まあこの後そのまま昼休みになるだろうから、ゆっくり説諭しようと考える。
暁斗は頭の中を、急いで仕事モードに切り替えたが、何故かその場にいた、人事総務統括部長の西山に捕まってしまった。
「おはよう桂山くん、ちょっと予告」
「おはようございます、予告って何ですか?」
西山は「全てのマイノリティのための相談室」の創設時メンバーで、現在も相談室を影日向に支援してくれている。テンションが上がるとしらふでも面白い人物で、暁斗にとっては、気の許せる相手である。
西山は声をひそめた。
「6月に辞令が出るかも、乞うご期待」
暁斗は西山の顔を見た。きっと間抜け面になっているだろうと自覚する。
「……え?」
「谷口くんが次のプロジェクトのために、営業以外の仕事を任せられる可能性が出てきた」
谷口は暁斗の上司である。上が詰まっているため、暁斗と同じく、現ポストに長く身を置いていた。
「谷口部長が? 異動ですか?」
「完全に異動しないかもしれない、でも通常の営業にかかりきりになれないかもしれない……で、桂山くんがフォローのために、ちょっと上に上がるかもしれないってこと」
はあ、と暁斗はぽかんとしたまま言った。西山はやけに楽し気に、にっこり笑った。
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