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小さな春の嵐

その2 ①

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 暁斗にとってはやや狭いソファベッドで翌朝目覚めると、家の中は静まり買っていた。珍しく奏人がまだ起きていないようだ(いつも暁斗が奏人に起こされる)。本当に昨夜、客人と楽しく語らっていたのだろうと思い、ちょっと微笑ましくなりながら、暁斗は寝床から脚を下ろす。
 そっと寝室のドアを開けると、若者たちはベッドの上で少し距離を開け、並んで熟睡していた。隆史は昨夜、枕投げはしないと笑ったが、ぐっすり眠れているようなので、良かったと思う。奏人は布団を丸めて抱いていて、自分の代わりにしているのだろうかと考えた暁斗は、勝手にくすぐったくなった。
 写真を撮っておきたい衝動を抑えて、暁斗は2人に呼びかける。

「朝だぞ、起きろ」

 暁斗の声に先に反応したのは奏人で、彼はうーん、と言いながらもぞもぞと上半身を動かした。もう起きるだろうと思い、暁斗は洗面所に向かった。顔を洗って、キッチンに向かう。
 隆史はよく寝てしまった自分がちょっと恥ずかしかったのか、暁斗に俯き気味で、おはようございます、と言ってから洗面所に行った。奏人に対して思うのとは全く違う感情だが、可愛らしいなと思う。
 奏人はボウルに卵を割り入れながら、暁斗にこそっと話しかけてくる。

「何かね、山中さんが最近接待飲みみたいなのが多いらしくって、連日だと身体に悪いよって隆史が言ったんだって」

 その話は事実だと思った。連日かどうかは、他部署のことなので詳しくないが、何か新しいプロジェクトを抱えると企画部は忙しくなるのだ。

「うん、感染症明け感が高まってから飲みも増えたからなぁ」

 取引先との集まりが復活してきたので、実感している。暁斗が小さく応じると、ふうん、と言いながら、奏人はボウルに砂糖を少し入れた。そして手早く卵を菜箸で解きほぐす。

「それで山中さんがね、酔っぱらってたみたいだけど、俺が浮気してるか疑ってんのか、みたいなことを言ったらしいよ」

 暁斗は呆れて、洗っていたレタスを引きちぎってしまった。

「何だそりゃ、モラハラ入ってないか?」
「モラハラとまでは言わないけど、ちょっと感じ悪いかな……で、隆史もああいう子だから、お正月の地元の地震以来、自分がそのことばっかり気にしてるのが鬱陶しいと思われてるのかもしれないって……」

 それを聞いた暁斗は、はぁっ? と声をひっくり返した。

「だとしたら、あいつは人として駄目だろ、ふるさとを心配するのが何がいけないんだ」

 奏人は箸を持ったまま唇の前に人差し指を立てるという器用なことをして、しいっ、と暁斗に向かって言った。

「だからそこは、隆史の考え過ぎって可能性も高いから」

 何にせよ、自分を心配する年下の恋人に、酔っぱらってくだらない言葉を投げつけるなど、暁斗にしてみればあり得なかった。
 奏人は卵焼きパンに油を敷きながら、同情混じりに話す。

「隆史は1回うつになってるから、再発する可能性はゼロじゃないんだよね……本人もそれをわかってるから、自分がまた山中さんの負担になるんじゃないかって気にしてる」
「そうならないようにするのが、同居してる山中さんの務めでもあるんじゃないの? もしそうなったとしても……」

 暁斗は既に腹が立っていた。奏人がパンに流し入れた卵液が、じゅっと音を立てる。

「まあ僕はね、山中さん心配してるみたいだから、帰って話し合うほうがいいよって言った」
「もちろんそうだ、隆史くんが話しづらいなら俺が筋道つけてもいいし」

 自分の親でもおかしくないような年齢のパートナーに、忌憚なく話を持ち掛けること自体が難しいかもしれない。奏人のように、10歳年上の暁斗に思いの95パーセントをぶちまける(5パーセントは自重していると暁斗は思っている)ほうが、珍しいのだ。

 菜箸でくるくると卵を巻き取っていた奏人は、卵液を再度流し入れてから、あっ、と目を剥いた。

「スクランブルエッグにするつもりだったのに」
「あ、サラダに卵焼きになるのか……大丈夫大丈夫」

 3枚の皿を出していると、隆史が身繕いをしてやってきた。

「お手伝いします」
「俺と奏人さんは紅茶なんだけど、隆史くんコーヒーが良かったら、右の棚から簡単ドリップ出して淹れて」
「俺も紅茶がいいです」

 隆史は用意されたマグカップにティーバッグを入れて、やかんに水を入れた。

「あ……桂山さんすみません、着替えてきてください」

 隆史に言われて初めて、暁斗は自分が寝間着のままでいることに気づいた。奏人まで目を丸くする。

「あれっ、ああそうか、というか僕もスルーしてた……」

 奏人の卵焼きもそうだが、ちょっとしたことで日々のペースが乱れるものらしい。暁斗は朝食の用意を2人に任せ、寝室に向かう。レタスとトマトが乗った皿に、切った卵焼きを奏人が盛りつけているのを見て、隆史がやや不思議そうな顔をしたのを、暁斗は見逃さなかった。
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