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小さな春の嵐
その1 ③
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「はい、かんぱーい」
奏人の声に合わせて、軽くグラスを合わせた。やはり仕事の後のビールは美味だ。
この話題もどうかと思いつつ、暁斗は隆史に訊いた。
「隆史くんの実家のほうは? 金沢市内は地震は大丈夫だった?」
「あ、僕の実家も母の勤務先も大丈夫です……ライフラインも戻ってます、日本人の観光客もぼちぼち戻ってるみたいで」
それはよかった、と暁斗は正直に言った。暁斗の部下や、大学のゼミの後輩に金沢出身の者がいる。地震の発生が元旦だったので、営業課の部下は帰省中だった。生きた心地がしなかったし、東京に戻るのも後ろ髪を引かれる思いだったと話していた。ゼミの後輩も大事無かったが、親戚に輪島市に住む人がいるらしく、自分よりもむしろ、そちらのほうがこれから心配だと、メッセージが回ってきた。
「外国人観光客は普通に来てるんだ?」
奏人はグラス片手に、軽く驚いたように言った。隆史はそうみたいです、と苦笑気味に応じる。
「ヨーロッパ人なんか地震めちゃくちゃ怖いくせに、割と何でもないように来てるそうです」
「日程的に、キャンセルとか変更がしにくいのもあるんだろうな……さすがに能登半島は行きにくいだろうけど」
隆史にも、能登の親戚が3家族いるらしかった。ひとつの家族は、金沢に避難しており、小学生と中学生の子どもが4月から金沢の公立に通い始めたという。
「いつ帰れるかわからないのが辛いって、母に話してたそうです」
それを聞いて、奏人は小さく溜め息をついた。
「僕の行ってる大学、関西だから北陸出身の学生も結構多いんだよね……僕はゼミとか持ってないから個々の学生の事情はわからないけど、お正月からあの地震は……」
「これからお正月に帰省する度に、思い出すことになるんだろうな」
暁斗もその子たちと北陸地方の人たちを気の毒に思う。隆史は山中と一緒に、金沢に年末に帰省して、大みそかに東京に帰ってきていたという。
「僕の実家に年末に行って、3ヶ日が過ぎてから、穂積さんの家にちょこっと顔を出すってパターンで……だから僕は地震の時にいなかったんですよ」
奏人はそうだったんだ、と頷いた。
「いなかったのがいいのか悪いのか、判断が微妙だけど……妹さんは?」
「帰ってました、揺れた時に母と家を飛び出したらしいです」
「だろうね、怖かっただろうな」
そういえば山中は確か、ゲイであることをカミングアウトして父親と険悪なはずだが、もう和解しているのだろうか。さりげなく隆史に訊いてみると、今でもたぶん微妙ですよ、と彼は軽く肩を竦める。
「だから3ヶ日過ぎてからちょこっと行くんです、ご両親とも僕には普通に優しいんですけど……穂積さんのほうが意固地になっている気もします」
「ああ、あの人らしいね」
暁斗はビールを飲んでから苦笑した。冷めてしまうので、食事に集中することにする。新キャベツと新じゃがいものサラダも美味しくて、暁斗はいたく幸せだ。
奏人は山中の話題を微妙にずらそうとしたのか、明るく言う。
「うちも年末に僕の実家に行って、年が明けてから暁斗さんのおうちに行くよ……まさかそんな年末年始を送るようになるなんて、想像もしなかったけど」
隆史も笑顔を見せる。
「ふふふ、奏人さん何気に惚気てます?」
「まあそんなとこ」
「ごちそうさまです」
隆史が3人のグラスにビールを足す。暁斗は奏人が、本来縁を切りたいと思っていてもおかしくない、秘密の副業の後輩から慕われているのを見て、自分も嬉しくなるのだった。
奏人の声に合わせて、軽くグラスを合わせた。やはり仕事の後のビールは美味だ。
この話題もどうかと思いつつ、暁斗は隆史に訊いた。
「隆史くんの実家のほうは? 金沢市内は地震は大丈夫だった?」
「あ、僕の実家も母の勤務先も大丈夫です……ライフラインも戻ってます、日本人の観光客もぼちぼち戻ってるみたいで」
それはよかった、と暁斗は正直に言った。暁斗の部下や、大学のゼミの後輩に金沢出身の者がいる。地震の発生が元旦だったので、営業課の部下は帰省中だった。生きた心地がしなかったし、東京に戻るのも後ろ髪を引かれる思いだったと話していた。ゼミの後輩も大事無かったが、親戚に輪島市に住む人がいるらしく、自分よりもむしろ、そちらのほうがこれから心配だと、メッセージが回ってきた。
「外国人観光客は普通に来てるんだ?」
奏人はグラス片手に、軽く驚いたように言った。隆史はそうみたいです、と苦笑気味に応じる。
「ヨーロッパ人なんか地震めちゃくちゃ怖いくせに、割と何でもないように来てるそうです」
「日程的に、キャンセルとか変更がしにくいのもあるんだろうな……さすがに能登半島は行きにくいだろうけど」
隆史にも、能登の親戚が3家族いるらしかった。ひとつの家族は、金沢に避難しており、小学生と中学生の子どもが4月から金沢の公立に通い始めたという。
「いつ帰れるかわからないのが辛いって、母に話してたそうです」
それを聞いて、奏人は小さく溜め息をついた。
「僕の行ってる大学、関西だから北陸出身の学生も結構多いんだよね……僕はゼミとか持ってないから個々の学生の事情はわからないけど、お正月からあの地震は……」
「これからお正月に帰省する度に、思い出すことになるんだろうな」
暁斗もその子たちと北陸地方の人たちを気の毒に思う。隆史は山中と一緒に、金沢に年末に帰省して、大みそかに東京に帰ってきていたという。
「僕の実家に年末に行って、3ヶ日が過ぎてから、穂積さんの家にちょこっと顔を出すってパターンで……だから僕は地震の時にいなかったんですよ」
奏人はそうだったんだ、と頷いた。
「いなかったのがいいのか悪いのか、判断が微妙だけど……妹さんは?」
「帰ってました、揺れた時に母と家を飛び出したらしいです」
「だろうね、怖かっただろうな」
そういえば山中は確か、ゲイであることをカミングアウトして父親と険悪なはずだが、もう和解しているのだろうか。さりげなく隆史に訊いてみると、今でもたぶん微妙ですよ、と彼は軽く肩を竦める。
「だから3ヶ日過ぎてからちょこっと行くんです、ご両親とも僕には普通に優しいんですけど……穂積さんのほうが意固地になっている気もします」
「ああ、あの人らしいね」
暁斗はビールを飲んでから苦笑した。冷めてしまうので、食事に集中することにする。新キャベツと新じゃがいものサラダも美味しくて、暁斗はいたく幸せだ。
奏人は山中の話題を微妙にずらそうとしたのか、明るく言う。
「うちも年末に僕の実家に行って、年が明けてから暁斗さんのおうちに行くよ……まさかそんな年末年始を送るようになるなんて、想像もしなかったけど」
隆史も笑顔を見せる。
「ふふふ、奏人さん何気に惚気てます?」
「まあそんなとこ」
「ごちそうさまです」
隆史が3人のグラスにビールを足す。暁斗は奏人が、本来縁を切りたいと思っていてもおかしくない、秘密の副業の後輩から慕われているのを見て、自分も嬉しくなるのだった。
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