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小さな春の嵐

その1 ②

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 暁斗が帰宅すると、いつも通りに奏人がおかえり、と迎えてくれた。一応追加購入してきた、ビールの6缶パックを彼に手渡す。するとリビングに通じる扉から、ひょこっと若い男性の顔が覗いた。

「お帰りなさい、お邪魔してます」

 隆史は申し訳なさそうに言った。暁斗はいらっしゃい、と歓迎の気持ちを表した。子どもの家出ではないのだから、そんなぴりぴりすることも無い。
 暁斗は寝室で着替えてから、手を洗ってリビングに向かった。キッチンでは奏人と隆史が並んで、何か話しながら食事の用意をしている。ちょっと珍しい光景である。
 隆史は「知的なきれい系」の奏人とは少し違い、「容姿は男の子らしいけれど可愛い系」だ。まだ20代後半なので若いということもあるが、山中が可愛がるのも頷ける。ディレット・マルティールに所属していた頃、超人気スタッフではなかったというが、ほんわりとしてちょっとどんくさいところが、客が気負わなくていいというのがセールスポイントだった。
 どんくさい隆史だが、奏人はともかくとして、暁斗やおそらく山中よりもずっと優秀だ。超一流私大を卒業し、数年間官僚として勤務した。しかし奏人に言わせると、隆史が優し過ぎたために、潰れてしまった。現在はあまり大きくない会社で財務を担当していて、給料日前や年末以外は残業も無く、のびのびと働いているらしい。
 暁斗は新聞記事を目にしたことがあるが、最近の優秀な若い人は、省庁の仕事があまりに自分の理想とかけ離れていたために、やりがいを感じられず早くに転職を決めてしまうという。隆史は我慢して身体を壊したが、最近の霞が関は若者にとって、希望を感じられない場所になっているのだろう。
 暁斗が手伝いを言い出す間もなく、食卓に魚のムニエルが並んだ。隆史のために椅子を出し、3人でテーブルを囲んだ。

「いただきます」

 全くもって山中も暁斗も幸せ者と言うべきなのか、元デリヘルボーイたちは料理上手である。隆史は早くに父親を亡くしており、母親は夜勤がある看護師なので、家事スキルが高いようだ。
 奏人はミネストローネをスプーンに掬い、言った。

「隆史はいろんなスープを作るんだって、これ教えてもらったよ」

 トマトの酸味とコンソメの風味の割合が絶妙なミネストローネは、素朴に美味しい。

「いい味だなぁ」

 思わず暁斗も言う。隆史は照れたように笑った。

「新玉ねぎを使ったので、そのせいもあるかもしれません」
「あ、そうか……親子丼もこないだ美味しかったよね、甘みが出て」

 春野菜が好きな奏人も、ほくほくといった風情である。
 ムニエルはカジキだった。鱈などより身がしっかりしているので、歯ごたえがある。ビールがあってもいいかなと暁斗は思ったが、それを察したかのように奏人が立ち上がった。

「ちょっとだけビール出すね、みんな明日は仕事だからほどほどで」

 それを聞いて、隆史が苦笑した。

「すみません奏人さん、僕ヤケ酒なんかしませんよ」
「あ、それ聞いて安心した」

 暁斗は隆史に正直に言う。山中との喧嘩の理由をほじくり出そうとは思わないが、あまり乱れ酒になられるのも困る。
 隆史は暁斗にも、すみません、と言って目を伏せた。

「気にしないで……こんなとこでも気が休まるなら、ゆっくりして行けばいいよ」
「ありがとうございます……何というか、たまには穂積さんを独りにしてあげたほうがいいのかなと思っちゃって」

 奏人は小さなグラスを3つ出してきて、缶ビールのプルタブを起こした。暁斗は缶を受け取ろうとしたが、奏人は手早くグラスにビールを注いでしまう。隆史もすぐにグラスを各人の前に置き、暁斗が手を出す隙も無い。高級デリヘル出身者が揃うと、暁斗はまるで接待されている身である。
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