328 / 394
小さな春の嵐
その1 ②
しおりを挟む
暁斗が帰宅すると、いつも通りに奏人がおかえり、と迎えてくれた。一応追加購入してきた、ビールの6缶パックを彼に手渡す。するとリビングに通じる扉から、ひょこっと若い男性の顔が覗いた。
「お帰りなさい、お邪魔してます」
隆史は申し訳なさそうに言った。暁斗はいらっしゃい、と歓迎の気持ちを表した。子どもの家出ではないのだから、そんなぴりぴりすることも無い。
暁斗は寝室で着替えてから、手を洗ってリビングに向かった。キッチンでは奏人と隆史が並んで、何か話しながら食事の用意をしている。ちょっと珍しい光景である。
隆史は「知的なきれい系」の奏人とは少し違い、「容姿は男の子らしいけれど可愛い系」だ。まだ20代後半なので若いということもあるが、山中が可愛がるのも頷ける。ディレット・マルティールに所属していた頃、超人気スタッフではなかったというが、ほんわりとしてちょっとどんくさいところが、客が気負わなくていいというのがセールスポイントだった。
どんくさい隆史だが、奏人はともかくとして、暁斗やおそらく山中よりもずっと優秀だ。超一流私大を卒業し、数年間官僚として勤務した。しかし奏人に言わせると、隆史が優し過ぎたために、潰れてしまった。現在はあまり大きくない会社で財務を担当していて、給料日前や年末以外は残業も無く、のびのびと働いているらしい。
暁斗は新聞記事を目にしたことがあるが、最近の優秀な若い人は、省庁の仕事があまりに自分の理想とかけ離れていたために、やりがいを感じられず早くに転職を決めてしまうという。隆史は我慢して身体を壊したが、最近の霞が関は若者にとって、希望を感じられない場所になっているのだろう。
暁斗が手伝いを言い出す間もなく、食卓に魚のムニエルが並んだ。隆史のために椅子を出し、3人でテーブルを囲んだ。
「いただきます」
全くもって山中も暁斗も幸せ者と言うべきなのか、元デリヘルボーイたちは料理上手である。隆史は早くに父親を亡くしており、母親は夜勤がある看護師なので、家事スキルが高いようだ。
奏人はミネストローネをスプーンに掬い、言った。
「隆史はいろんなスープを作るんだって、これ教えてもらったよ」
トマトの酸味とコンソメの風味の割合が絶妙なミネストローネは、素朴に美味しい。
「いい味だなぁ」
思わず暁斗も言う。隆史は照れたように笑った。
「新玉ねぎを使ったので、そのせいもあるかもしれません」
「あ、そうか……親子丼もこないだ美味しかったよね、甘みが出て」
春野菜が好きな奏人も、ほくほくといった風情である。
ムニエルはカジキだった。鱈などより身がしっかりしているので、歯ごたえがある。ビールがあってもいいかなと暁斗は思ったが、それを察したかのように奏人が立ち上がった。
「ちょっとだけビール出すね、みんな明日は仕事だからほどほどで」
それを聞いて、隆史が苦笑した。
「すみません奏人さん、僕ヤケ酒なんかしませんよ」
「あ、それ聞いて安心した」
暁斗は隆史に正直に言う。山中との喧嘩の理由をほじくり出そうとは思わないが、あまり乱れ酒になられるのも困る。
隆史は暁斗にも、すみません、と言って目を伏せた。
「気にしないで……こんなとこでも気が休まるなら、ゆっくりして行けばいいよ」
「ありがとうございます……何というか、たまには穂積さんを独りにしてあげたほうがいいのかなと思っちゃって」
奏人は小さなグラスを3つ出してきて、缶ビールのプルタブを起こした。暁斗は缶を受け取ろうとしたが、奏人は手早くグラスにビールを注いでしまう。隆史もすぐにグラスを各人の前に置き、暁斗が手を出す隙も無い。高級デリヘル出身者が揃うと、暁斗はまるで接待されている身である。
「お帰りなさい、お邪魔してます」
隆史は申し訳なさそうに言った。暁斗はいらっしゃい、と歓迎の気持ちを表した。子どもの家出ではないのだから、そんなぴりぴりすることも無い。
暁斗は寝室で着替えてから、手を洗ってリビングに向かった。キッチンでは奏人と隆史が並んで、何か話しながら食事の用意をしている。ちょっと珍しい光景である。
隆史は「知的なきれい系」の奏人とは少し違い、「容姿は男の子らしいけれど可愛い系」だ。まだ20代後半なので若いということもあるが、山中が可愛がるのも頷ける。ディレット・マルティールに所属していた頃、超人気スタッフではなかったというが、ほんわりとしてちょっとどんくさいところが、客が気負わなくていいというのがセールスポイントだった。
どんくさい隆史だが、奏人はともかくとして、暁斗やおそらく山中よりもずっと優秀だ。超一流私大を卒業し、数年間官僚として勤務した。しかし奏人に言わせると、隆史が優し過ぎたために、潰れてしまった。現在はあまり大きくない会社で財務を担当していて、給料日前や年末以外は残業も無く、のびのびと働いているらしい。
暁斗は新聞記事を目にしたことがあるが、最近の優秀な若い人は、省庁の仕事があまりに自分の理想とかけ離れていたために、やりがいを感じられず早くに転職を決めてしまうという。隆史は我慢して身体を壊したが、最近の霞が関は若者にとって、希望を感じられない場所になっているのだろう。
暁斗が手伝いを言い出す間もなく、食卓に魚のムニエルが並んだ。隆史のために椅子を出し、3人でテーブルを囲んだ。
「いただきます」
全くもって山中も暁斗も幸せ者と言うべきなのか、元デリヘルボーイたちは料理上手である。隆史は早くに父親を亡くしており、母親は夜勤がある看護師なので、家事スキルが高いようだ。
奏人はミネストローネをスプーンに掬い、言った。
「隆史はいろんなスープを作るんだって、これ教えてもらったよ」
トマトの酸味とコンソメの風味の割合が絶妙なミネストローネは、素朴に美味しい。
「いい味だなぁ」
思わず暁斗も言う。隆史は照れたように笑った。
「新玉ねぎを使ったので、そのせいもあるかもしれません」
「あ、そうか……親子丼もこないだ美味しかったよね、甘みが出て」
春野菜が好きな奏人も、ほくほくといった風情である。
ムニエルはカジキだった。鱈などより身がしっかりしているので、歯ごたえがある。ビールがあってもいいかなと暁斗は思ったが、それを察したかのように奏人が立ち上がった。
「ちょっとだけビール出すね、みんな明日は仕事だからほどほどで」
それを聞いて、隆史が苦笑した。
「すみません奏人さん、僕ヤケ酒なんかしませんよ」
「あ、それ聞いて安心した」
暁斗は隆史に正直に言う。山中との喧嘩の理由をほじくり出そうとは思わないが、あまり乱れ酒になられるのも困る。
隆史は暁斗にも、すみません、と言って目を伏せた。
「気にしないで……こんなとこでも気が休まるなら、ゆっくりして行けばいいよ」
「ありがとうございます……何というか、たまには穂積さんを独りにしてあげたほうがいいのかなと思っちゃって」
奏人は小さなグラスを3つ出してきて、缶ビールのプルタブを起こした。暁斗は缶を受け取ろうとしたが、奏人は手早くグラスにビールを注いでしまう。隆史もすぐにグラスを各人の前に置き、暁斗が手を出す隙も無い。高級デリヘル出身者が揃うと、暁斗はまるで接待されている身である。
32
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
赤ちゃんプレイの趣味が後輩にバレました
海野
BL
赤ちゃんプレイが性癖であるという秋月祐樹は周りには一切明かさないまま店でその欲求を晴らしていた。しかしある日、後輩に店から出る所を見られてしまう。泊まらせてくれたら誰にも言わないと言われ、渋々部屋に案内したがそこで赤ちゃんのように話しかけられ…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる