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おとうさんってなにものなんだろうか

3月17日 23:00②

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 だからこそ高校時代、奏人に伴奏してもらった思い出を、片山はずっと大切にしているのだ。しかし奏人は、そんな風にはあまり思わないらしかった。

「だから片山さんの伴奏をするのは、今回が最後だよ……花婿のリクエストだからするけどね」
「そんなこと言ったら、それこそ片山さん泣くぞ」

 暁斗が言うと、奏人はふふっと笑った。

「言わないよ、でも今後は断る……僕はもう人前であの人の伴奏をする器じゃない、あの人に恥をかかせることになるから」
「そんな厳しく線引きしなくても……」

 こういう面でも、奏人は不器用だと暁斗は感じる。確かに、大きなホールで聴衆から金を取るような演奏ではないのかもしれない。でも、同級生の結婚式といったような場面では、奏人のピアノは十分聴くに値し、人を楽しませることができる。片山は歌で食べているプロではあるが、自分の音楽を楽しんでもらったり、場を盛り上げたりしたい気持ちがその活動の根底にあるに違いない。方向性が同じなら、きっとプロとアマチュアが一緒に演奏してもいいのだ。

「でもああいう歌を片山さんが歌って、それを聴いた暁斗さんが泣くとか、ほんと面白いなと僕思ったんだよね……2人ともお父さんじゃないのに、お父さんになってしまうんだって」

 奏人はしみじみと言う。暁斗は彼に尋ねる。

「奏人さんはお父さんの気分にならなかった?」
「うーん、ちょっとよくわからなかった……だって杏菜ちゃんの花嫁姿まで想像しないもん」

 奏人は父親像を持たない。もしくは自分の中で否定し、壊してしまっている。まあ父親なんて、何やら漠然とした存在だけれど。
 暁斗が杏菜に向ける気持ちと、奏人のそれは、何かが違うのだろう。しかし、似たものではあるような気がする。
 奏人の瞼が重くなってきたようだった。暁斗は少し彼に身体を寄せて、いつものように彼の華奢な上半身をゆっくりと腕で包んだ。すると奏人は、また安心したように息をついた。

「何か僕、杏菜ちゃんとかかわっていくことに関して、形は何でもいいような気がしてるんだ」
「うん、なるほど」
「暁斗さんがあの子の結婚式にどうしても出たいなら、里親とか養子縁組も考えていいと思うよ」

 暁斗はふっと笑う。将来杏菜の結婚式には出席したいが、こだわる訳ではない。ただ、長く繋がりが持てたらいいとは思っている。

「あの子が今ちょっと取り損ねてるものを、何とか俺たちで補完してあげたいな……俺たちは代替品でいいんだよ」
「そうだね、たぶん僕たちにとっても、いいことのような気がするし」

 だんだんぽやぽやしてくる奏人の声を聞きながら、暁斗は自分たちがまた、次のステージに進んだような気持ちになった。自分たちだけでなく、プラスアルファでつくっていく何か。プラスアルファは、杏菜のような庇護されるべき存在だけでなく、片山のような、自分たちとは別世界に住む人も含まれそうだ。

「おやすみ……」

 瞼が落ちてしまった奏人に、そっと暁斗は言う。奏人の不器用さに触れる時、暁斗は彼の父親のような存在でもある自分を感じる。一緒に暮らし始めた頃と比べたら、奏人の暁斗への甘えかたも変化してきたが、やはり暁斗は奏人よりちょっと長く生きているので、奏人がまだ体得していない知恵みたいなものを持っていて、奏人もそれに無意識に寄りかかってくるのかもしれない。

「うん、頑張ろう」

 暁斗は小さくひとりごちる。春がすぐそこに来ているが、2人でいる温もりがまだまだ愛おしい夜だった。


《おとうさんってなにものなんだろうか 完》

挿入歌:お父さんより。(柴田淳、2008 作詞・作曲 柴田淳)
    めだかのがっこう(作詞:茶木滋 作曲:中田喜直 1951)
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