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おとうさんってなにものなんだろうか
2月18日 18:00②
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「これ、新婦のお父さんどう思うかな」
「新婦のお父さんは、去年の12月に亡くなってるの」
新郎の岡島は、亡くなった義父とは面識があり、結婚の許しも得ていたという。新婦と父親は仲がよく、もしかしたらこんな気持ちだったかもしれないということで、新婦と親族には当日のサプライズで、岡島がこの歌を選んだと奏人は説明した。
確かに披露宴で歌うにはシチュエーション的に微妙かもしれないが、悪くはないと暁斗は思った。暁斗と年齢が近い友人知人の男性で、娘を持つ者は皆、将来可愛い娘が彼氏を連れてくることを想像しただけで泣きそうだと話しているので、花嫁の父あるあるなのかもしれない。
詞を読み進めるうち、中学生くらいまでずっと自分の後をついてきていた妹の晴夏の姿が暁斗には思い出された。晴夏は6月に結婚する。正月に奏人と一緒に、立川の暁斗の実家に帰った時、本人が家族全員の前で発表した。彼女も只今挙式準備中で、式も披露宴も大規模にはしないと言いながら、今月に入って週末に会場に打ち合わせなどに行っているようである。
「ここまでじゃないけど、嫁入り前の妹を持つ身として、共感できる点はあるな」
暁斗が言うと、奏人はぽかんと口を開いた。
「さっすが、ブラコンの誉れ高い晴夏さんのお兄ちゃんだね……」
「いやいや、相手が気に入らないとかじゃなくって、ちゃんとやっていけるか心配なんだよ」
「お義父さんは? こないだは何も言ってなかったけど、晴夏さんが嫁いだら寂しいんじゃない?」
奏人が暁斗の父の寿博を引き合いに出すのも、微かに的外れ感があって面白い。
「父さんはほっとしてるんじゃないかな、文句ばっかり言ってなかなか出て行かない娘だったから」
変な話だが、3人の子どもたちとその連れ合いの中で寿博が一番好きなのは奏人なので、晴夏がいなくなっても、奏人が定期的に立川を訪れたら満足そうである。
奏人はゆっくり頷きながら、しみじみと言った。
「片山先輩にもそう報告しとく……」
「ネタかよ、桂山家は」
暁斗は笑ったが、友人同士の関係や父子の距離感などを上手く測れなくて、奏人が軽くいらついているように感じられた。誰しも自分が理解しづらいことに直面すると、困惑したり疎外感を覚えたりするものだ。しかもそれが、誰のせいでもないなら尚更だろう。
暁斗はちょっと考えて、試しに奏人に言ってみる。
「もし俺たちがこれからも杏菜ちゃんとかかわっていくことになったら……週末里親の話が立ち消えたとしても、もしかしたら奏人さんは絵を通じてあの子と繋がり続けるかもしれない」
「うんうん、だといいね」
「杏菜ちゃんが年頃になって、彼氏ができたり結婚したい相手ができたりしたら、どう思うかって話だよ」
奏人はソファの上で、ぱっと姿勢を正した。
「暁斗さんはどう思う?」
「いやぁ、あの子は晴夏なんかよりしっかりしてそうだけど、変な奴に捕まったらと思うとやきもきするな」
暁斗は正直に答えた。複雑な家庭に育つことになってしまった杏菜だからこそ、将来幸せな家庭を築いてほしいが、母子家庭の子が無意識に「父親」の姿を求めて、不倫を含む年上の男をさまよい歩くというパターンは結構多いと聞く。
「僕は相手の男を吟味させてもらわないと、結婚の許可はできないな」
奏人の毅然とした発言に、暁斗は爆笑してしまった。
「ちょ、奏人さん、怖い」
奏人は本当に、杏菜がつまらない男を連れてきたかのごとく、目を吊り上げる。
「だってそうでしょ暁斗さん……妻を殴るのは論外だけど、僕の父親みたいに妻や子を見下す男も最悪だし、金使いが荒いのも大酒飲みも絶対駄目だ」
「それはそうだな、片山さんは大酒飲みだけど?」
暁斗の突っ込みに、奏人は一瞬、そうだね、と同意した。
「いや、片山先輩は飲んでも節度があるからいいことにして……他にも既婚者のくせにマッチングアプリに登録するクソも多いって聞くし、若い杏菜ちゃんがそれを見破れないかもしれないなら、僕たちが目を光らせないと」
十分だった。暁斗は笑いを収めて、奏人に言う。
「そういう感情がベースにあるんだと思う、この歌」
あっ、と奏人は口に手をやる。その仕草が何となく可愛らしいので、暁斗は再度湧いた笑いを堪えた。
「何か凄くわかりみ深いよ、暁斗さん」
何でもできる奏人だが、人と人との間に流れる感情に関しては、彼より暁斗のほうが得意な分野のようだった。
「ちょっとだけもやもやが晴れた」
「それはよかった」
その時ちょうど、炊飯器が炊き上がりを告げる音を鳴らした。2人同時にソファから立ち上がり、キッチンに向かう。あとは魚を焼いて味噌汁を作れば、すぐに夕飯にできそうだった。
「新婦のお父さんは、去年の12月に亡くなってるの」
新郎の岡島は、亡くなった義父とは面識があり、結婚の許しも得ていたという。新婦と父親は仲がよく、もしかしたらこんな気持ちだったかもしれないということで、新婦と親族には当日のサプライズで、岡島がこの歌を選んだと奏人は説明した。
確かに披露宴で歌うにはシチュエーション的に微妙かもしれないが、悪くはないと暁斗は思った。暁斗と年齢が近い友人知人の男性で、娘を持つ者は皆、将来可愛い娘が彼氏を連れてくることを想像しただけで泣きそうだと話しているので、花嫁の父あるあるなのかもしれない。
詞を読み進めるうち、中学生くらいまでずっと自分の後をついてきていた妹の晴夏の姿が暁斗には思い出された。晴夏は6月に結婚する。正月に奏人と一緒に、立川の暁斗の実家に帰った時、本人が家族全員の前で発表した。彼女も只今挙式準備中で、式も披露宴も大規模にはしないと言いながら、今月に入って週末に会場に打ち合わせなどに行っているようである。
「ここまでじゃないけど、嫁入り前の妹を持つ身として、共感できる点はあるな」
暁斗が言うと、奏人はぽかんと口を開いた。
「さっすが、ブラコンの誉れ高い晴夏さんのお兄ちゃんだね……」
「いやいや、相手が気に入らないとかじゃなくって、ちゃんとやっていけるか心配なんだよ」
「お義父さんは? こないだは何も言ってなかったけど、晴夏さんが嫁いだら寂しいんじゃない?」
奏人が暁斗の父の寿博を引き合いに出すのも、微かに的外れ感があって面白い。
「父さんはほっとしてるんじゃないかな、文句ばっかり言ってなかなか出て行かない娘だったから」
変な話だが、3人の子どもたちとその連れ合いの中で寿博が一番好きなのは奏人なので、晴夏がいなくなっても、奏人が定期的に立川を訪れたら満足そうである。
奏人はゆっくり頷きながら、しみじみと言った。
「片山先輩にもそう報告しとく……」
「ネタかよ、桂山家は」
暁斗は笑ったが、友人同士の関係や父子の距離感などを上手く測れなくて、奏人が軽くいらついているように感じられた。誰しも自分が理解しづらいことに直面すると、困惑したり疎外感を覚えたりするものだ。しかもそれが、誰のせいでもないなら尚更だろう。
暁斗はちょっと考えて、試しに奏人に言ってみる。
「もし俺たちがこれからも杏菜ちゃんとかかわっていくことになったら……週末里親の話が立ち消えたとしても、もしかしたら奏人さんは絵を通じてあの子と繋がり続けるかもしれない」
「うんうん、だといいね」
「杏菜ちゃんが年頃になって、彼氏ができたり結婚したい相手ができたりしたら、どう思うかって話だよ」
奏人はソファの上で、ぱっと姿勢を正した。
「暁斗さんはどう思う?」
「いやぁ、あの子は晴夏なんかよりしっかりしてそうだけど、変な奴に捕まったらと思うとやきもきするな」
暁斗は正直に答えた。複雑な家庭に育つことになってしまった杏菜だからこそ、将来幸せな家庭を築いてほしいが、母子家庭の子が無意識に「父親」の姿を求めて、不倫を含む年上の男をさまよい歩くというパターンは結構多いと聞く。
「僕は相手の男を吟味させてもらわないと、結婚の許可はできないな」
奏人の毅然とした発言に、暁斗は爆笑してしまった。
「ちょ、奏人さん、怖い」
奏人は本当に、杏菜がつまらない男を連れてきたかのごとく、目を吊り上げる。
「だってそうでしょ暁斗さん……妻を殴るのは論外だけど、僕の父親みたいに妻や子を見下す男も最悪だし、金使いが荒いのも大酒飲みも絶対駄目だ」
「それはそうだな、片山さんは大酒飲みだけど?」
暁斗の突っ込みに、奏人は一瞬、そうだね、と同意した。
「いや、片山先輩は飲んでも節度があるからいいことにして……他にも既婚者のくせにマッチングアプリに登録するクソも多いって聞くし、若い杏菜ちゃんがそれを見破れないかもしれないなら、僕たちが目を光らせないと」
十分だった。暁斗は笑いを収めて、奏人に言う。
「そういう感情がベースにあるんだと思う、この歌」
あっ、と奏人は口に手をやる。その仕草が何となく可愛らしいので、暁斗は再度湧いた笑いを堪えた。
「何か凄くわかりみ深いよ、暁斗さん」
何でもできる奏人だが、人と人との間に流れる感情に関しては、彼より暁斗のほうが得意な分野のようだった。
「ちょっとだけもやもやが晴れた」
「それはよかった」
その時ちょうど、炊飯器が炊き上がりを告げる音を鳴らした。2人同時にソファから立ち上がり、キッチンに向かう。あとは魚を焼いて味噌汁を作れば、すぐに夕飯にできそうだった。
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