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拝啓、北の国から
12月28日 21:30①
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「ここにいらっしゃる皆さんの歌人生が、これからも皆さんの心の彩りとなることを祈っています」
順番に回ってきた助演者の最終コメントとして、三喜雄は言葉を結んだ。学生たちの大きな拍手が照れ臭い。解散前に何か言わされるだろうと思ってはいたものの、いざとなるとあまり上手く言葉にできなかった。
三喜雄は学生たちの用意してくれた、特大のナイロンの手提げ袋に差し入れを詰め込み、手一杯である。さっきも、私服に着替えて楽屋から出てきた三喜雄を見た守屋が、慌ててこっちに走ってきた。
「片山さん! お荷物大丈夫ですか、どなたか迎えにいらっしゃいますか、これ……」
彼女は言いながら袋をひとつ持とうとしてくれたが、イタリア留学中にレディファーストを学んだらしい塚山が、先に動いた。
「ああ、女の子がこんな重い物持っちゃ駄目だよ、俺こいつと帰る方向一緒だから大丈夫」
なら最初から持ってくれよと三喜雄は胸の内で塚山に突っ込んだが、守屋たちが塚山の言葉や、三喜雄と塚山の「仲良し」ぶりを見てほわんとなっているので、黙っておいた。
合唱団の団長である3回生の男子学生が、年明けの4日夕刻からの、このコンサートの打ち上げを忘れないようアナウンスした。ニューイヤーコンサートと銘打たれたものへの出演予定が無い草野と三喜雄、トレーナーの深井と練習ピアニストが、ゲストに含まれている。塚山は乾杯だけ参加して、その足で東京に戻るつもりらしかった。
1本締めで終わりの挨拶が締め括られ、指揮者とソリストたちがロビーを埋め尽くす学生たちの間を通り、拍手で見送られた。三喜雄は心から楽しそうな裏方の子たちや、涙が止まらない合唱団員たちにできる限り挨拶して、そのまま表の出入り口からホールを出た。ありがとうございましたと学生たちは言うが、いい演奏会に呼んでくれてありがとうと、こちらが言いたかった。
指揮者はホールを入ったところで待っていた助手らしき若い男性に花束を預けて、またよろしく、お疲れさまと三喜雄たちに明るく言って去っていく。傘を持って速水を待っていたのは、医師の夫だ。
「これから家族サービスよ、みんな良いお年を……塚山くんは9日からよろしくね、草野さんと片山くんは、今度はオペラで会おうね」
速水はドレスの入ったキャリーケースを夫に持たせて、花束を振りながら去って行った。
終演後に袖に入るなり泣き崩れたが、その後何事もなかったように学生たちの前に姿を見せた気丈な草野を迎えに来たのは、両親である。父親が車で待っているとのことで、母親が三喜雄と塚山に頭を下げてきた。三喜雄も、今日はお世話になりました、と頭を下げる。
「片山くんは4日にね、塚山くんもまたいずれ東京で」
草野が言うと、塚山は真面目に答える。
「はい、来年の秋辺りに何かできないか考えてみますね」
「あら嬉しい、ガラコンとかやりたいね」
草野の母親は、花束を抱えて娘に傘を差し掛けながら、その場を離れた。彼女はきっと娘の闘病を支えてきて、今夜その復活を見届け安心したことだろう。正直三喜雄も、草野の細やかさと大胆さを兼ね備えた本番の歌に圧倒された。終曲のテンポを作っていたのはほとんど草野で、指揮が彼女に合わせている感さえあった。
大荷物と共に残された三喜雄と塚山は、同時に溜め息をつく。三喜雄は言った。
「ほんとお疲れさま」
「うん、楽しかったな、このホールと俺たちはたぶん相性がいい」
塚山の言葉に納得しつつ笑い、三喜雄は傘をさす。
「守屋さんがタクシーを公園の入り口に呼んでくれたらしいから、行くぞ」
塚山は2つの花束を抱え直した。
「あの子そこまでしてくれたのか、てかさぁ……何で女たちはおまえにばっかり……」
塚山のぼやきは、アンコールの時に三喜雄に声をかけてくれた同期のソプラノたちに向けられているらしかった。彼女らは大学の学部時代から塚山と顔見知りで、太田紗里奈に至っては元カノだ。なのに、塚山にはひと声も無かったため、彼は明らかに拗ねていた。
順番に回ってきた助演者の最終コメントとして、三喜雄は言葉を結んだ。学生たちの大きな拍手が照れ臭い。解散前に何か言わされるだろうと思ってはいたものの、いざとなるとあまり上手く言葉にできなかった。
三喜雄は学生たちの用意してくれた、特大のナイロンの手提げ袋に差し入れを詰め込み、手一杯である。さっきも、私服に着替えて楽屋から出てきた三喜雄を見た守屋が、慌ててこっちに走ってきた。
「片山さん! お荷物大丈夫ですか、どなたか迎えにいらっしゃいますか、これ……」
彼女は言いながら袋をひとつ持とうとしてくれたが、イタリア留学中にレディファーストを学んだらしい塚山が、先に動いた。
「ああ、女の子がこんな重い物持っちゃ駄目だよ、俺こいつと帰る方向一緒だから大丈夫」
なら最初から持ってくれよと三喜雄は胸の内で塚山に突っ込んだが、守屋たちが塚山の言葉や、三喜雄と塚山の「仲良し」ぶりを見てほわんとなっているので、黙っておいた。
合唱団の団長である3回生の男子学生が、年明けの4日夕刻からの、このコンサートの打ち上げを忘れないようアナウンスした。ニューイヤーコンサートと銘打たれたものへの出演予定が無い草野と三喜雄、トレーナーの深井と練習ピアニストが、ゲストに含まれている。塚山は乾杯だけ参加して、その足で東京に戻るつもりらしかった。
1本締めで終わりの挨拶が締め括られ、指揮者とソリストたちがロビーを埋め尽くす学生たちの間を通り、拍手で見送られた。三喜雄は心から楽しそうな裏方の子たちや、涙が止まらない合唱団員たちにできる限り挨拶して、そのまま表の出入り口からホールを出た。ありがとうございましたと学生たちは言うが、いい演奏会に呼んでくれてありがとうと、こちらが言いたかった。
指揮者はホールを入ったところで待っていた助手らしき若い男性に花束を預けて、またよろしく、お疲れさまと三喜雄たちに明るく言って去っていく。傘を持って速水を待っていたのは、医師の夫だ。
「これから家族サービスよ、みんな良いお年を……塚山くんは9日からよろしくね、草野さんと片山くんは、今度はオペラで会おうね」
速水はドレスの入ったキャリーケースを夫に持たせて、花束を振りながら去って行った。
終演後に袖に入るなり泣き崩れたが、その後何事もなかったように学生たちの前に姿を見せた気丈な草野を迎えに来たのは、両親である。父親が車で待っているとのことで、母親が三喜雄と塚山に頭を下げてきた。三喜雄も、今日はお世話になりました、と頭を下げる。
「片山くんは4日にね、塚山くんもまたいずれ東京で」
草野が言うと、塚山は真面目に答える。
「はい、来年の秋辺りに何かできないか考えてみますね」
「あら嬉しい、ガラコンとかやりたいね」
草野の母親は、花束を抱えて娘に傘を差し掛けながら、その場を離れた。彼女はきっと娘の闘病を支えてきて、今夜その復活を見届け安心したことだろう。正直三喜雄も、草野の細やかさと大胆さを兼ね備えた本番の歌に圧倒された。終曲のテンポを作っていたのはほとんど草野で、指揮が彼女に合わせている感さえあった。
大荷物と共に残された三喜雄と塚山は、同時に溜め息をつく。三喜雄は言った。
「ほんとお疲れさま」
「うん、楽しかったな、このホールと俺たちはたぶん相性がいい」
塚山の言葉に納得しつつ笑い、三喜雄は傘をさす。
「守屋さんがタクシーを公園の入り口に呼んでくれたらしいから、行くぞ」
塚山は2つの花束を抱え直した。
「あの子そこまでしてくれたのか、てかさぁ……何で女たちはおまえにばっかり……」
塚山のぼやきは、アンコールの時に三喜雄に声をかけてくれた同期のソプラノたちに向けられているらしかった。彼女らは大学の学部時代から塚山と顔見知りで、太田紗里奈に至っては元カノだ。なのに、塚山にはひと声も無かったため、彼は明らかに拗ねていた。
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