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拝啓、北の国から

12月28日 19:30②

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「そうですか、30分もあれば一気に拡散しますよ……配信見てくれる人が増えるかな、もしかしたらそれを見越してるんですかね」

 シャツに腕を通しながら、塚山はスマートフォンを取りに鏡の前に向かった。そして何を見たのか、おおっ、と詠嘆する。

「ちょっと3人で写真撮りましょ、俺今からインスタに上げます」

 そう話す塚山に指揮者が即賛同するので、三喜雄もノーとは言えない。とりあえずシャツを整えて、塚山の自撮りに収まった。

「ああ、何をしに来たのか忘れてた、えーっと……2人とも奉献唱オッフェルトリオ暗譜でいける?」

 指揮者の問いに、三喜雄ははい、と即答し、塚山はスマートフォンを弄りながら、たぶんいけます、と答えた。後半の最初の、ソリストのみの重唱パートである。約12分の曲だが、三喜雄は手こずっただけに、楽譜は自然と頭に入ったし、歌いこんでいる自負がある。

「女性陣もOKだったら楽譜外そう、テンポだけ守って、ひたすら美しく自由に歌ってほしい」
「わかりました、立つタイミングはゲネの通りでいいですか?」

 三喜雄は指揮者の指示に、楽譜を開き確認する。メゾソプラノとテノールが最初に歌い出し、バスが加わり三重唱になる。その後はほぼ歌いっぱなしだ。

「4小節前だったな、うーん……2小節前でいける?」
「大丈夫です」

 指揮者が言うのは、メゾソプラノとテノールが歌い終わる小節だった。少し忙しいが、確かにそのほうが観客の視覚の邪魔にならないと三喜雄は思った。立ち上がるだけだから、楽譜が無いほうがスタンバイしやすいだろう。

「フットワーク軽い系の役が得意な片山くんなら1拍半前でもいけるよね」
「それは厳しいです」

 コメディ指示なら宗教曲でもやるけどな、と三喜雄は苦笑しながら密かに突っ込んだ。指揮者は続ける。

「あと、『我を解き放ちたまリベラ・メえ』のラストもゲネの通りでよろしく、塚山くんはあまりぶっ放さないでね」

 指揮者に釘を刺された塚山は、はぁい、とおどけて答えた。最後、曲が爆発している中でソプラノ以外の3人のソリストは音が無い。彼らが座ったままフィナーレを迎えるのは、楽譜の指示とはいえちょっと見ていて寂しいと、合唱から意見が出たのである。そこで三喜雄たち3人が、合唱のパートを歌うことになった。
 指揮者が出て行くと、三喜雄はやっとひと息ついて水を飲んだ。彼が幕間に来るとは思わずちょっと緊張したが、まだ三喜雄と塚山は帰国してからそんなに経っておらず、日本の舞台の経験が多くない(感染症の拡大のせいでコンサートが激減したこともあった)ので、気にかけてくれているのだろうと思う。

「片山も何か写真上げといたら?」

 塚山に言われ、スマートフォンを出した三喜雄は驚いた。LINEやインスタグラムのアイコンに、着信を知らせる2桁の数字がついている。観に来てくれている人たちや配信を観ている人が、幕間にメッセージを送ってきているのだ。
 ちらっと見ると、素晴らしいという褒め言葉や、後半も楽しみにしているから頑張れという激励の言葉ばかりである。

「うわぁ……」

 こんなことは初めてだった。感激と驚きで思わず三喜雄の口から声が洩れて、塚山が笑った。

「俺のとこも凄い、Xのトレンドに上がったりして」
「嬉しいけどちょっと怖いなぁ、失敗できないよ」

 言いながらも、三喜雄は頑張ろうという気持ちが身体の底からふつふつとするのを感じた。ソファに置かれた、1人で持って帰れないほどの差し入れも、地元だからこそだと思うと本当に嬉しい。
 三喜雄は差し入れの山の写真を撮った。明日一人一人に礼を言うつもりではいるが、アカウントを持つ人には早く感謝の気持ちを伝えたいので、インスタグラムのアプリを立ち上げる。
 ひたすら美しく、自由に。三喜雄は指揮者の言葉を脳内で反芻していた。バスが新しいメロディのきっかけを作り、ハーモニーを支えることを瞬間で要求される難曲だが、迷いなく歌い切りたい。
 そうできたならば、今夜も舞台の上で何か光るものを掴めるかもしれない。それは15年前にこの場所で初めて体験して以降、三喜雄が調子の良い時にたまに降ってくる「音楽の神様の光」だった。
 あの時とは違う色の、何かを掴みたい。三喜雄は身体いっぱいに空気をゆっくり入れ、時間をかけてそれを吐き出した。
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