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同窓会に行こう!
11月12日 14:40③
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「まあこの人は、魔物なので……」
暁斗はつい口にした。泉はわからない、という顔になる。
「魔物を手懐けたのか」
「うん、最初俺が夢中になったんだけど、ほだされてくれたみたい」
はぁ、と泉は共感できるようなできないようなニュアンスの声を出した。それもそうだろう、学生時代から「普通の」異性愛者だと信じて疑わなかった同級生が、10歳も下の同性と一緒に暮らしているのだから。
「でも、離婚して営業で命すり減らしてるって噂だった桂山がさ、何かライフ・ワーク・バランスっていうの? 取って生きてるらしいとわかって、少なくとも俺と大桑はほっとした」
泉は笑う。昔の友達に心配をかけていたのは申し訳なかったと暁斗は思った。
「まあ男2人でやっていくのも、老後を考えるといろいろ問題山積だけどな」
「いやいや、それは夫婦2人でも一緒だぞ……ほんとこの国って、夫婦と子ども2人くらいの家族をモデルにして、何もかも動いてるからさ」
その時、暁斗の後ろに座っていた小野が振り返って、こちらに軽く身を乗り出してきた。
「すみません、口挟みますけど、それめっちゃわかります」
「ああ、小野さんは事実婚でいくって噂はほんとなの?」
暁斗は薄化粧で、イヤリングやネックレスも小さなパールをつけている質素な後輩を見る。その隣に座る蓉子が派手な訳ではないが、この雰囲気の違いは仕事によるのだろうかと思う。
「まさか、私が今の姓で仕事を続けたいってだけのことで、籍を入れるのは別にいいんです」
「職場で旧姓を使いにくいんですって」
蓉子の補足に、暁斗は思わずマジか、と呟いた。と言いつつ、暁斗の会社でも、結婚後も旧姓を使う女性は増えたが、人事上の書類は夫の姓でしかつくることができない。
そう話してから、暁斗は小野に言う。
「書類上は難しいとしても、今時禁止とは言わない気がするな……小野さんがあくまでも通称でいいなら、名前は変えたくないって上に相談してみたら?」
「なんですけど……私桂山さんみたいに社内レジスタンスじゃないですから、渋い顔されたら押し通す自信無いです」
小野の言葉を聞いて、泉がおいおい、と肩を竦めた。
「そんな弱気というか、反対されてはいそうですかでいいなら、最初から言うな」
花木が笑いながら、泉さん怖ぁい、と口を挟んでくる。うるさい! と返す辺り、泉も子無し夫婦として何やら苦労しているようである。しかし小野は、泉の言葉に怯むわけでもなく、暁斗に話す。
「私は自分の名前が変わることで、教えてる生徒や保護者を混乱させたくないだけで……それなのに夫婦別姓論者の先鋒みたいに同僚から思われたくないっていうか」
小野の言いたいことはよくわかる。暁斗だってそうだったからだ。
「そうだよなぁ、でもそのちょっとしたことを求めるのが案外難しかったりするからさ、俺も不本意に社内レジスタンスになり果ててる訳ですよ」
「桂山さんの求めてることは、小野ちゃんの求めてることより大変ですからね」
蓉子の声に、暁斗はかつて彼女から、その男の子……奏人と本気で生きて行きたいと思っているなら、私は応援すると言われたことを思い出した。
「ねぇ小野ちゃん、生まれてからずっと使ってきた姓をいきなり捨てたら、小野ちゃん自身が最初結構混乱すると思う……これってなかなか男の人にはわかってもらえないけど……私その経験を踏まえて、再婚しても仕事は木村でいくつもり」
「そうなの? お相手もそれでいいって?」
女たちの会話に、蓉子が再婚を考える相手には来年成人する子がいる、つまり少し年上であるということに暁斗は思い至った。蓉子は微苦笑する。
「その前に仕事続けるのかって訊かれたけどね……辞めるなんて言ったら、気仙沼に連れて行かれちゃうから」
気仙沼! と思わず暁斗は泉と声を揃えた。東北出身者は都内に多いが、その男性の故郷はなかなか遠方だ。花木もえーっ、と驚く。
暁斗はつい口にした。泉はわからない、という顔になる。
「魔物を手懐けたのか」
「うん、最初俺が夢中になったんだけど、ほだされてくれたみたい」
はぁ、と泉は共感できるようなできないようなニュアンスの声を出した。それもそうだろう、学生時代から「普通の」異性愛者だと信じて疑わなかった同級生が、10歳も下の同性と一緒に暮らしているのだから。
「でも、離婚して営業で命すり減らしてるって噂だった桂山がさ、何かライフ・ワーク・バランスっていうの? 取って生きてるらしいとわかって、少なくとも俺と大桑はほっとした」
泉は笑う。昔の友達に心配をかけていたのは申し訳なかったと暁斗は思った。
「まあ男2人でやっていくのも、老後を考えるといろいろ問題山積だけどな」
「いやいや、それは夫婦2人でも一緒だぞ……ほんとこの国って、夫婦と子ども2人くらいの家族をモデルにして、何もかも動いてるからさ」
その時、暁斗の後ろに座っていた小野が振り返って、こちらに軽く身を乗り出してきた。
「すみません、口挟みますけど、それめっちゃわかります」
「ああ、小野さんは事実婚でいくって噂はほんとなの?」
暁斗は薄化粧で、イヤリングやネックレスも小さなパールをつけている質素な後輩を見る。その隣に座る蓉子が派手な訳ではないが、この雰囲気の違いは仕事によるのだろうかと思う。
「まさか、私が今の姓で仕事を続けたいってだけのことで、籍を入れるのは別にいいんです」
「職場で旧姓を使いにくいんですって」
蓉子の補足に、暁斗は思わずマジか、と呟いた。と言いつつ、暁斗の会社でも、結婚後も旧姓を使う女性は増えたが、人事上の書類は夫の姓でしかつくることができない。
そう話してから、暁斗は小野に言う。
「書類上は難しいとしても、今時禁止とは言わない気がするな……小野さんがあくまでも通称でいいなら、名前は変えたくないって上に相談してみたら?」
「なんですけど……私桂山さんみたいに社内レジスタンスじゃないですから、渋い顔されたら押し通す自信無いです」
小野の言葉を聞いて、泉がおいおい、と肩を竦めた。
「そんな弱気というか、反対されてはいそうですかでいいなら、最初から言うな」
花木が笑いながら、泉さん怖ぁい、と口を挟んでくる。うるさい! と返す辺り、泉も子無し夫婦として何やら苦労しているようである。しかし小野は、泉の言葉に怯むわけでもなく、暁斗に話す。
「私は自分の名前が変わることで、教えてる生徒や保護者を混乱させたくないだけで……それなのに夫婦別姓論者の先鋒みたいに同僚から思われたくないっていうか」
小野の言いたいことはよくわかる。暁斗だってそうだったからだ。
「そうだよなぁ、でもそのちょっとしたことを求めるのが案外難しかったりするからさ、俺も不本意に社内レジスタンスになり果ててる訳ですよ」
「桂山さんの求めてることは、小野ちゃんの求めてることより大変ですからね」
蓉子の声に、暁斗はかつて彼女から、その男の子……奏人と本気で生きて行きたいと思っているなら、私は応援すると言われたことを思い出した。
「ねぇ小野ちゃん、生まれてからずっと使ってきた姓をいきなり捨てたら、小野ちゃん自身が最初結構混乱すると思う……これってなかなか男の人にはわかってもらえないけど……私その経験を踏まえて、再婚しても仕事は木村でいくつもり」
「そうなの? お相手もそれでいいって?」
女たちの会話に、蓉子が再婚を考える相手には来年成人する子がいる、つまり少し年上であるということに暁斗は思い至った。蓉子は微苦笑する。
「その前に仕事続けるのかって訊かれたけどね……辞めるなんて言ったら、気仙沼に連れて行かれちゃうから」
気仙沼! と思わず暁斗は泉と声を揃えた。東北出身者は都内に多いが、その男性の故郷はなかなか遠方だ。花木もえーっ、と驚く。
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