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おじちゃんとおにいちゃん、がんばる。
3-⑥
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「……奏人さんはひまわりの種を剥いて食べたことない?」
「無いよ、店で売ってるのは知ってるし、アメリカで食べたことあるけど」
マジか、と言いかけたが、奏人が厳しい家の育ちであることを思えば、ひまわりの種を剥いたことがなくてもおかしくなかった。彼は花のがくの蜜を吸ったり、カラスノエンドウのさやで笛を作ったりしたこともなかったので、暁斗が教えたのだ。
「暁斗おじちゃん、杏菜もこのひまわりの種を食べられるの?」
杏菜は枯れたひまわりを指さして訊いてきた。もちろん、と暁斗は答える。ゆりえも驚いている様子である。
「生で食べられるし栄養もあるんだよ、皮が結構硬いから剥くのにコツがいるんだけど」
へぇー、と3人から尊敬のまなざしを注がれ、暁斗は経験の無い恥ずかしさを覚えた。少女たちはともかく、奏人にこんなことで感心されるのは、やや居心地が悪い。
奏人と杏菜が頭を下げたひまわりの花を観察するのを見ていると、ゆりえが話しかけてきた。
「あの、杏菜ちゃんの週末里親さんなんですか?」
彼女の質問に、簡潔に答えられないのが辛いところである。
「今は違うけれど私たちはそうなることを希望しています、でも将来杏菜ちゃんが、お母さんと妹と一緒に暮らす可能性も高いから」
暁斗は子ども相手と思いゆっくり答える。しかしゆりえは、そうなんですね、と妙に大人びた口調で応じた。
「杏菜ちゃんはおじさんとおにいさんって言いましたけど、ほんとはどういう……」
「あ、えーっと……」
小学生に、自分たちが同性愛者で、男同士暮らしていると正直に説明してもいいものなのか、暁斗は迷う。ただ、弟の星斗が、息子たち、つまり暁斗の甥っ子たちが、性的少数者に関する話を授業で聞いていると話していた。彼らとゆりえは年齢がさほど変わらないので、多少知識はあるかもしれない。
杏菜がひまわりの花を近くで見ることができるよう、奏人が彼女を抱き上げた。彼は容姿から想像する以上に、力持ちである。
「私と彼は男同士だけど好き合ってる関係です、杏菜ちゃんがどう思っているかはよくわからないけど、仲良しだとは思ってくれてるみたいです」
思いきって話すと、ゆりえはああ、と明るく応じる。その声に暁斗は逆に気が抜けてしまったが、続いた彼女の言葉は、暁斗を驚かせるに十分だった。
「私の里親候補の人たちは、女同士で好き合ってます」
そう話すゆりえが眩しくて、暁斗はさっき口籠ったことを恥じてしまう。彼女は誇らしげにも見えた。
「もうすぐ、パートナー……何とかを……」
「パートナーシップ制度?」
「はい、それを取って、私のためにいろいろ用意してくれます」
暁斗はその言葉に、軽いショックのようなものを覚えた。同性カップルは必ずしも、パートナーシップ制度を使っていなくても里親になれるはずだが、この少女を家族として迎えるために、そのカップルは身の回りを整えているのだろう。
奏人は忙しいこともあり、ここ最近パートナーシップ制度のことを口にしないが、暁斗より彼のほうが届けを出すことに対して積極的なのは変わらない。
「そう……お母さんが2人できるのは、楽しみだね」
ゆりえのマスクの上の目が、暁斗の言葉に笑う。
「はい、杏菜ちゃんはお父さんが2人できるかもしれないんですね、お父さんに会いたいってたまに言ってるから、よかったです」
暁斗はうん、と曖昧な返事しかできない。杏菜の父親は母を殴ったが、娘たちのことは可愛がっていたという。長女の容姿が夫に似ているから、母親が遠ざけているのではないかという説は、暁斗たちが母子と出会った頃から出ていた。
今の自分たちの存在は、杏菜にとって中途半端だ。暁斗はゆりえと彼女の里親候補のレズビアンカップルに、その事実を突きつけられた。父親に心を残している杏菜と、複雑な思いを抱えつつ、長女と一緒に暮らすことを希望している母親。彼女らの気持ちと折り合いをつけない以上、暁斗たちは単なる「お客様」でしかない。子ども園の職員たちも杏菜も、暁斗と奏人を歓迎してくれるが、いつまでもこんな調子でいる訳にはいかないのかもしれない。
その時、庭を挟んだ向かいの棟から、男の子がわらわらと出てきた。彼らはこちらを見て何か話し合い、そのままやって来る。ゆりえと同じくらいの年齢のようなので、互いを知る子たちなのだろう。
しかしゆりえは、その3人組男子を見て、露骨に嫌な顔をした。そして杏菜と暁斗たちに、いきなり急かすように言う。
「暑いから中に入ろうよ、熱中症になるよ」
ひまわりからこちらに視線を移した奏人は、それを聞いて杏菜を地面に降ろした。そしてちらっと男の子たちに目をやる。彼らはどうもゆりえが目的らしく、子どものくせに、不穏な笑いをマスクをしていない口許に浮かべている。
「おい、逃げるのかよ」
「無いよ、店で売ってるのは知ってるし、アメリカで食べたことあるけど」
マジか、と言いかけたが、奏人が厳しい家の育ちであることを思えば、ひまわりの種を剥いたことがなくてもおかしくなかった。彼は花のがくの蜜を吸ったり、カラスノエンドウのさやで笛を作ったりしたこともなかったので、暁斗が教えたのだ。
「暁斗おじちゃん、杏菜もこのひまわりの種を食べられるの?」
杏菜は枯れたひまわりを指さして訊いてきた。もちろん、と暁斗は答える。ゆりえも驚いている様子である。
「生で食べられるし栄養もあるんだよ、皮が結構硬いから剥くのにコツがいるんだけど」
へぇー、と3人から尊敬のまなざしを注がれ、暁斗は経験の無い恥ずかしさを覚えた。少女たちはともかく、奏人にこんなことで感心されるのは、やや居心地が悪い。
奏人と杏菜が頭を下げたひまわりの花を観察するのを見ていると、ゆりえが話しかけてきた。
「あの、杏菜ちゃんの週末里親さんなんですか?」
彼女の質問に、簡潔に答えられないのが辛いところである。
「今は違うけれど私たちはそうなることを希望しています、でも将来杏菜ちゃんが、お母さんと妹と一緒に暮らす可能性も高いから」
暁斗は子ども相手と思いゆっくり答える。しかしゆりえは、そうなんですね、と妙に大人びた口調で応じた。
「杏菜ちゃんはおじさんとおにいさんって言いましたけど、ほんとはどういう……」
「あ、えーっと……」
小学生に、自分たちが同性愛者で、男同士暮らしていると正直に説明してもいいものなのか、暁斗は迷う。ただ、弟の星斗が、息子たち、つまり暁斗の甥っ子たちが、性的少数者に関する話を授業で聞いていると話していた。彼らとゆりえは年齢がさほど変わらないので、多少知識はあるかもしれない。
杏菜がひまわりの花を近くで見ることができるよう、奏人が彼女を抱き上げた。彼は容姿から想像する以上に、力持ちである。
「私と彼は男同士だけど好き合ってる関係です、杏菜ちゃんがどう思っているかはよくわからないけど、仲良しだとは思ってくれてるみたいです」
思いきって話すと、ゆりえはああ、と明るく応じる。その声に暁斗は逆に気が抜けてしまったが、続いた彼女の言葉は、暁斗を驚かせるに十分だった。
「私の里親候補の人たちは、女同士で好き合ってます」
そう話すゆりえが眩しくて、暁斗はさっき口籠ったことを恥じてしまう。彼女は誇らしげにも見えた。
「もうすぐ、パートナー……何とかを……」
「パートナーシップ制度?」
「はい、それを取って、私のためにいろいろ用意してくれます」
暁斗はその言葉に、軽いショックのようなものを覚えた。同性カップルは必ずしも、パートナーシップ制度を使っていなくても里親になれるはずだが、この少女を家族として迎えるために、そのカップルは身の回りを整えているのだろう。
奏人は忙しいこともあり、ここ最近パートナーシップ制度のことを口にしないが、暁斗より彼のほうが届けを出すことに対して積極的なのは変わらない。
「そう……お母さんが2人できるのは、楽しみだね」
ゆりえのマスクの上の目が、暁斗の言葉に笑う。
「はい、杏菜ちゃんはお父さんが2人できるかもしれないんですね、お父さんに会いたいってたまに言ってるから、よかったです」
暁斗はうん、と曖昧な返事しかできない。杏菜の父親は母を殴ったが、娘たちのことは可愛がっていたという。長女の容姿が夫に似ているから、母親が遠ざけているのではないかという説は、暁斗たちが母子と出会った頃から出ていた。
今の自分たちの存在は、杏菜にとって中途半端だ。暁斗はゆりえと彼女の里親候補のレズビアンカップルに、その事実を突きつけられた。父親に心を残している杏菜と、複雑な思いを抱えつつ、長女と一緒に暮らすことを希望している母親。彼女らの気持ちと折り合いをつけない以上、暁斗たちは単なる「お客様」でしかない。子ども園の職員たちも杏菜も、暁斗と奏人を歓迎してくれるが、いつまでもこんな調子でいる訳にはいかないのかもしれない。
その時、庭を挟んだ向かいの棟から、男の子がわらわらと出てきた。彼らはこちらを見て何か話し合い、そのままやって来る。ゆりえと同じくらいの年齢のようなので、互いを知る子たちなのだろう。
しかしゆりえは、その3人組男子を見て、露骨に嫌な顔をした。そして杏菜と暁斗たちに、いきなり急かすように言う。
「暑いから中に入ろうよ、熱中症になるよ」
ひまわりからこちらに視線を移した奏人は、それを聞いて杏菜を地面に降ろした。そしてちらっと男の子たちに目をやる。彼らはどうもゆりえが目的らしく、子どものくせに、不穏な笑いをマスクをしていない口許に浮かべている。
「おい、逃げるのかよ」
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