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教えて! 高崎先生

高崎先生とあきとさん②

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 奏人がベッドでうつらうつらしていると、寝室に人が入って来た気配がした。その人が愛しい人だとわかっているので、奏人は少し目を開いたものの、瞼が重くてすぐに視界が閉ざされた。

「あ、今日もお疲れだね」

 暁斗はベッドに上がってきて、奏人の様子を確認すると、すぐに寝室の明かりを落とした。
 東京から戻る新幹線で、大和女子大学文芸部の部員たちが、奏人の絵からイメージした物語を、各々原稿用紙50枚から75枚程度で書くことが本格的に決まったというメッセージを暁斗に送った。奏人自身が嬉しくわくわくする話題だったので、東京に帰るまでに暁斗に伝えたかったのだ。
 一応モデルの許可は得たほうがいいだろうと思い、奏人は文芸部員らが選んだ絵の中で、暁斗が描かれている7枚のデータを彼に送った。「何枚か俺の名誉にかかわる絵があるように思うんですが笑」とLINEを送って来ながらも、暁斗は文芸部の子たちに感心したようだった。それは奏人も同じだ。
 人物が描かれていて、モデルが誰だか知っていると、イメージにおそらく制限がかかってしまう。だから奏人は釘を刺すつもりで、自由に書いて構わないと殊更に強調した。彼女らは賢いので、重野教授や奏人が自分たちに何を求めているかを理解しているだろうから、暁斗が描かれた絵を選択するほうが、小説を練るには難しい面があると察した筈だ。でも彼女らはチャレンジするつもりなのである。特に本格的に書くのは初めてだという1回生たちには、天晴れとしか言いようがない。
 暁斗が布団に入ってくると、自分と同じボディソープの匂いが鼻腔をくすぐった。金曜日は暁斗のほうが帰宅が早いので、家のことを全て済ませてくれて、風呂にも先に入れと言ってくれる。明日は休みだから別に構わないといつも思いつつ、いざ入浴してベッドに横になってしまうと、暁斗を待つことができずにこうしてうつらうつらしてしまう。そして暁斗が傍に来たら、ほんのりとした幸福感を夢うつつに楽しむのだ。

「暁斗さん」

 それでもこのまま寝てしまうのは惜しいと思い、奏人は隣の恋人に声をかける。うん? と暁斗は応じてくれた。

「あのね、若い子たちにかかわるのって楽しいね」
「そうだな、俺も新入社員の行動が結構いろいろ面白い」

 1回生の女の子から、授業に関する質問というよりは、お悩み相談寄りの話を受けたことを、奏人はざっくりと(眠いのでかいつまんでしか話せなかった)報告した。悩み相談なら、暁斗のほうが自分なんかよりも、ずっと得意で慣れている。

「僕はその子みたいに、18とか19の時に、環境が変わるからって友達とのつき合いが変わっても、あんまり何とも思わなかったから……」

 奏人は彼女の求めた答えを渡してやれたかどうか、全く自信が無かった。だが暁斗は、時間薬は絶対あるよと言ってくれた。

「うちに来た新入社員は皆大卒で22とか23だろ、みんなやっぱりおぼこい学生上がりなのに、大学1回生なんてまだまだ子どもの部分が沢山あるよ……待つのが難しくて無駄に動いて話を拗らせることもありそうだ」
「うん、そうだね……」
「女の子は、ってこんな言い方あまり良くないけど、男子より環境の影響を受けやすい気がするなぁ」

 ああそうか。奏人は暁斗の言葉から、大和女子大学の学生に対して昨年から抱くイメージがはっきり掴めた気がした。

「温室の花……」
「何?」
「あの大学の子たちは皆賢いし、結構したたかでしっかりしてる、でもやっぱり大切に育てられたお嬢さんたちだなって」

 奏人の言葉に、暁斗はちょっと笑った。

「いい言い方だな、うちの新入社員たちも温室で大切に育てられた野菜とか果物っぽいかも」
「やっぱり温室育ちなんだ」
「なんて思う辺り、俺たちが歳を取ってきた証拠かな」

 奏人もくすっと笑った。そして暁斗ににじり寄って、そっと彼の左腕に自分の両腕を巻きつけた。彼の温もりが心地良い。

「でもみんな、おじさんおばさんたちに心配されながら、しっかり育っていくんだよね」

 暁斗は右腕を伸ばし、大きな手で髪を優しく撫でてくれる。

「そうだ、温室の外に出されて雨風に打たれてもへこたれないように」
「僕も暁斗さんも雑草?」
「俺ははなから雑草だ、奏人さんは何だろ……一部野生化した花かな」

 一部野生化とはどういう意味だろうかと思ったが、どちらかというと褒めニュアンスのようなので、また明日詳しく訊こうと思った。

「……みんなで食事するの、楽しみ、だね」

 眠くて上手く話せなかったが、暁斗はそうだな、と優しく答えてくれた。
 明日からゴールデンウィークだ。4月からばたばたしていた学生たちも、一旦休憩である。皆の休日が楽しいものであるように、奏人は誰にともなく祈る。……もちろん、自分と暁斗の休日も。


《教えて! 高崎先生  完》
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