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ともに迷って進む春

3月22日②

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「第2営業課長の幣原です、ちょっと今電話対応していて失礼しました……一緒に来たがるから連れてきたの、同じ営業の桂山さんが来てくださってちょうど良かった」

 紹介された幣原は昨日と同じ名刺入れを出し、まず山中と名刺を交換した。今日は持っていないと言う訳にもいかず、暁斗は軽い絶望感を覚えつつ、名刺を準備した。

「昨日はどうも、お休みのところお邪魔しましたね」

 暁斗の名刺から目を上げた幣原があっさりと言い放ち、知らないふりを決め込んでいた暁斗はひゅっと空気を肺に入れた。大林と山中が、同じように目を丸くする。

「えっ、知り合い?」

 大林の問いに、幣原は明るく、いけしゃあしゃあと答えた。

「昨日スーパー銭湯で桂山さんをお見掛けして、好みだったから誘おうとしたんですよ……一緒にいらっしゃったパートナーさんに思いっきり追い払われました」

 山中のぷっ、と言う洩れ笑いが聞こえた。大林は呆れたように、幣原をたしなめる。

「ちょっと幣原、ほんとあなた性欲の赴くままに動くのはやめなさいよ……取引先の人にちょっかい出すなんて、営業としてどうなのよ」
「まだ出してないですよ部長……エリカワの桂山さんじゃないかなぁと思って見てたら、会釈してくださるから、オッケーなのかなと勘違いして」

 暁斗はあ然とする。仮にも上司の前で、休日の個人的な話を、初対面の取引先担当相手にネタにするとは……大林も会社も、随分と鷹揚なようだ。それに面が割れていたというのも看過できない。
 山中は笑いを我慢できないようだった。

「マジか、桂山のことだから警戒もせずぼんやりしてたんだろ? それで奏人が怒ったのか?」
 
 暁斗は面白がる山中を、思わず睨みつけた。

「ええ、奏人さんが来なければ、たぶん幣原さんは私のテーブルから離れてくださらなかったです」

 つい怒り混じりの口調になったにもかかわらず、幣原も笑った。何なんだ、おまえらおかしいだろう! 暁斗は叫びたいのを堪えた。そして、営業マンとして本能的に笑いに持って行こうとする自分が哀しくなる。

「実は私、同性にナンパされるの初めてで、ちょっと固まりました……パートナーにもぼんやりするなって指導されましたね」
「すみません桂山さん、営業部長にも話してこの人にこってり説教してもらいますので」

 大林は真っ当な感覚の持ち主だと信じたかったが、受け狙いに走ったように思えなくもない。
 アステュートは公式Twitterがいつも攻めていることでも知られる会社で、おそらくエリカワとはかなり雰囲気が違う。性的少数者に関する社員教育は行き届いているようだが、会話をどれくらい合わせて行けばいいものか、暁斗は迷う。
 ところがここで、幣原は案外あっさりと話を打ち切ってくれた。

「いやほんと、昨日は失礼しました……でもこうして一緒にお仕事できるのは大変嬉しいです、末永くよろしくお願いします」

 そう言われると、暁斗もこちらこそ、と答えざるを得ない。
 その後、4人で小一時間ほど今後の話をしたが、顔を上げるたびに笑顔の幣原と目が合うので、暁斗はどうも落ち着かなかった。奏人の言う通り、どうもロックオンされてしまったようだった。今後対策が必要かもしれない。
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