172 / 345
ともに迷って進む春
3月22日①
しおりを挟む
昨日スーパー銭湯で、結局互いに2時間近くうつらうつらして、再度湯を浴びに行く頃には、奏人はすっかり元気になっていた。暁斗は安心して帰宅し、軽めの夕食とシャワーで休日を終える……つもりが、夜半、奏人に寝室で襲われた。
「誕生日プレゼントに暁斗さんをまずいただきます」
のしかかられてそんな風に言われると、暁斗に拒絶する権利は無い。……と解釈してしまうほどには、暁斗は奏人を甘やかしている。おかげで2時間ほど弄ばれてしまった。
そんな訳で、奏人はやけにすっきりした顔で、小さな会社の引っ越しを手伝いに出た。今日は暁斗のほうが恋人を見送り、あとで家を出て、のんびりと出社した。
奏人の仕事の終わりが読めないので、夕飯は家で食べることにしている。何か美味しいおかずを買って帰ろうと考える暁斗が、昼休みの終わりに部下に店をリサーチしようとしていたら、企画部長補の山中穂積が営業部のフロアにやって来た。
「桂山いるな、1時半にアステュートの人が2人か3人来るんだ、おまえ暇なら面通ししようか?」
「別に暇じゃないですよ」
山中の言い方がやや癇に障ったので、暁斗は冷ややかに答えたが、山中は全く気にしていない様子である。
「1時半にうちに来いよ、若い奴連れてきてもいいぞ、さっくんとか」
「さっく……高畑は外です、3時くらいまで戻って来ないです」
山中はわかった、と言ってすぐに出て行った。
今回のアステュート株式会社とのコラボ企画は、山中が持ち出した話だった。あちらの企画担当が、山中の学生時代のゼミの友人なのだ。山中は暁斗の出身大学の先輩なので、その人も暁斗の先輩ということになる。
アステュートの名前に、昨日のナンパされ未遂を思い出さざるを得ない。……まあその時間は空いてるから、挨拶くらいしておくか。複雑な思いを持て余しつつ、暁斗は自分のデスクに戻った。
ちょうど13時30分に、アステュート株式会社の担当者が企画部のフロアにやって来たと連絡があり、暁斗は急いでそちらに向かった。応接セットに案内されていた山中の同級生は、企画部長の肩書きに相応しく、背が高くて華やかな雰囲気の女性である。株式会社エリカワ東京本社には、現時点で部長クラスに女性はいない。家電メーカーは男社会の会社も多いと聞くが、アステュートは先進的なようである。
「ごめんね山中くん、急に来たりして」
「いやいや、俺がいる日で良かったよ……これ、営業課長の桂山、3年下の同窓生」
これ呼ばわりはないだろうと山中に胸のうちで悪態を突きつつ、暁斗は名刺を出した。アステュート株式会社企画部の部長・大林奈保美は、株式会社エリカワの「全てのマイノリティのための相談室」のニューズレターを読んでいると言う。
「わぁ、生の桂山さんだ、しかも同じ大学出身なのね、よろしくお願いします」
「駄文にお目通しくださりありがとうございます、こちらこそよろしくお願いします」
その時、応接コーナーに背の高い男性が案内されてきた。遅くなりました、と言ったにこやかな男性を見て、暁斗は思わず、大林に向けていた笑顔を消す。
「誕生日プレゼントに暁斗さんをまずいただきます」
のしかかられてそんな風に言われると、暁斗に拒絶する権利は無い。……と解釈してしまうほどには、暁斗は奏人を甘やかしている。おかげで2時間ほど弄ばれてしまった。
そんな訳で、奏人はやけにすっきりした顔で、小さな会社の引っ越しを手伝いに出た。今日は暁斗のほうが恋人を見送り、あとで家を出て、のんびりと出社した。
奏人の仕事の終わりが読めないので、夕飯は家で食べることにしている。何か美味しいおかずを買って帰ろうと考える暁斗が、昼休みの終わりに部下に店をリサーチしようとしていたら、企画部長補の山中穂積が営業部のフロアにやって来た。
「桂山いるな、1時半にアステュートの人が2人か3人来るんだ、おまえ暇なら面通ししようか?」
「別に暇じゃないですよ」
山中の言い方がやや癇に障ったので、暁斗は冷ややかに答えたが、山中は全く気にしていない様子である。
「1時半にうちに来いよ、若い奴連れてきてもいいぞ、さっくんとか」
「さっく……高畑は外です、3時くらいまで戻って来ないです」
山中はわかった、と言ってすぐに出て行った。
今回のアステュート株式会社とのコラボ企画は、山中が持ち出した話だった。あちらの企画担当が、山中の学生時代のゼミの友人なのだ。山中は暁斗の出身大学の先輩なので、その人も暁斗の先輩ということになる。
アステュートの名前に、昨日のナンパされ未遂を思い出さざるを得ない。……まあその時間は空いてるから、挨拶くらいしておくか。複雑な思いを持て余しつつ、暁斗は自分のデスクに戻った。
ちょうど13時30分に、アステュート株式会社の担当者が企画部のフロアにやって来たと連絡があり、暁斗は急いでそちらに向かった。応接セットに案内されていた山中の同級生は、企画部長の肩書きに相応しく、背が高くて華やかな雰囲気の女性である。株式会社エリカワ東京本社には、現時点で部長クラスに女性はいない。家電メーカーは男社会の会社も多いと聞くが、アステュートは先進的なようである。
「ごめんね山中くん、急に来たりして」
「いやいや、俺がいる日で良かったよ……これ、営業課長の桂山、3年下の同窓生」
これ呼ばわりはないだろうと山中に胸のうちで悪態を突きつつ、暁斗は名刺を出した。アステュート株式会社企画部の部長・大林奈保美は、株式会社エリカワの「全てのマイノリティのための相談室」のニューズレターを読んでいると言う。
「わぁ、生の桂山さんだ、しかも同じ大学出身なのね、よろしくお願いします」
「駄文にお目通しくださりありがとうございます、こちらこそよろしくお願いします」
その時、応接コーナーに背の高い男性が案内されてきた。遅くなりました、と言ったにこやかな男性を見て、暁斗は思わず、大林に向けていた笑顔を消す。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
57
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる