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ともに迷って進む春

3月21日④

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 浴場を出て脱衣所で作務衣を羽織っていると、同じ列の一番通路側のロッカーを使う短髪の男性と、ふと目が合った。暁斗と変わらないくらいの年齢で、同じ作務衣を着ていたが、鍛えているとわかる身体つきをしている。微妙な気まずさを覚えたが、ぷいと顔をよそに向けるのも感じが悪いかと暁斗は考える。営業に行った建物内で、担当者に会うまでにすれ違った人にする程度の、ごく軽い会釈をした。
 髪を拭いていた奏人は、暁斗を見上げてからさりげなく後ろを振り返る。暁斗が愛想笑いと会釈を送った相手は、やけににっこり笑い返してきた。

「暁斗さん、知ってる人?」

 こちらに向き直った奏人は、声に微かな警戒を混じらせていた。暁斗は驚き、いいや、と答えた。

「どうしたの、難しい顔して」
「あの人今、暁斗さんにロックオンしたと思う」
「は?」

 奏人は微かに首を後ろに捻り、隅のロッカーの男性を窺う。その様子はどう見ても大げさだったが、真剣なので笑えなかった。

「奏人さん……」
「目を合わせないで」

 とりあえず彼の指示に従うことにした暁斗は、バスタオルを畳んでロッカーの中を片づけた。男性はまたこちらを見ているようだったが、身支度が整ったらしく、去っていった。

「呆れた、こんな場所で相手探す人いるんだ」

 奏人は不愉快そうに呟いた。ようやく彼が何を警戒したのかを理解した暁斗だが、考え過ぎではないかと思う。

「あの人が俺を誘おうとしてたってこと?」

 暁斗が言うと、奏人は上目遣いになり、アキちゃんのにぶちん、と返してきた。

「サウナとかでゲイのマッチング場になってる店ってあるんだけど、ここはそんなんじゃないんだから……露骨すぎるよ」

 にぶちんと言われたのも軽く傷ついたが、知らない人に対する奏人の言いように驚く。彼は普段、誰に対してもこんな言い方をしない。

「いやいや、決めつけるのは良くないだろ」
「暁斗さんはほんと自覚無いから危なっかしいよ……ゲイにモテるんだって」

 暁斗のゲイ歴は短い。だから自分が同性にとって魅力的なのかどうか、全くわからない。

「って同じことをここで夏も言ったよね?」

 奏人は静かだが強く訊いてくる。思わず暁斗は、はい、と神妙に答えてしまった。とは言っても、何を基準に気をつけたらいいのか、さっぱりわからない。
 そう訴えると、奏人は苦笑した。

「叱られた犬みたいな顔しないで、僕が悪いことしたみたいな気分になるから……えっとね、裸を見せるような場所で視線を送ってくる男の人には要注意だよ、お風呂とかプールとか」

 つまり、異性愛者の男性が、つい女性に目が行くようなシチュエーションということか。至極当然、ではあった。

「奏人さん、今俺凄く……女の人が男から性的な視線を浴びる不快さを学んだ気がする」

 大真面目に言う暁斗を見て、奏人はぶっ、と吹き出した。

「そうだよ、相手が男であろうが女であろうが、知らない人からエロ混じりの目で見られたら嫌だってことだよね」

 奏人は基本的にネコなので、昔からタチの男性からの不躾な視線を受けることが多いという。

「さっきの人、僕じゃなくて暁斗さんを見てたってことは……ネコなのか、それとも僕が暁斗さんを仕込んでるのに気づいたタチなのかな……」

 別に仕込まれた覚えはないが、まあ開発されつつあるかもしれない。暁斗は考えたが、論点がずれたと気づく。

「いや、そこはどうでも良くないか?」

 そうかな、と奏人は真剣な目で言う。

「暁斗さんをネコだと思って狙ってるなら、僕はあの人と戦わなきゃいけない」

 暁斗はとりあえず、奏人を脱衣所から出るよう促した。暁斗のほうこそ、この美貌のパートナーに注目が集まると、どういう関係なんだろうという目で見られて、未だ微妙な気分になる。

「別に戦わなくてもいいだろ、俺は発情期のオスに争われてるメスじゃないぞ」

 エレベーターに乗って、奏人を宥めにかかった。奏人は普段優しいし、ちょっとしたことでは動じないが、逆鱗に触れると結構危険で、暁斗は絶対に敵に回したくないといつも思っている。

「そっか、この争いには僕が最初から勝ってるんだから、カリカリすることないよね……ごめん」

 しかしやはり暁斗の立ち位置が、争われるメスであることは変わらないようだった。
 部屋に戻り、替えた下着を鞄に片づけながら、暁斗は恋人の横顔を盗み見る。そしてちょっと彼に近づいて、腕の中にきゅっと取り込んでみた。暁斗よりひと回り小さいのに、暁斗の倍以上のパワーを秘めている身体は、湯上がりで温かかった。

「暁斗さん、どしたの?」
「うん、さっきお風呂の中ではできなかったから」

 暁斗の言葉に、安心したように奏人の身体の力が抜けた。

「……ありがとう、暁斗さんほんと好き」

 奏人が腕の中で呟く。もう少しこうしていたい気がしたが、暁斗の腹がきゅるっと鳴った。

「あっ、正直すぎる……ご飯食べに行こう」

 奏人に笑い混じりに言われ、うん、としか答えようのない暁斗なのだった。
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