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お節介な男たちの盆休み

15:30

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 冷たいものを飲みたいと奏人が言うので、身支度を整えた暁斗は、ツインルームをあとにした。部屋が使えるのは4時間だけだが、ロッカーキー付きのリストバンドがあれば、日づけが変わるまで、1階から3階は使っていいとのことである。一度抜いて昼寝までした暁斗は温泉の休日を十分満喫したが、奏人はもう一回お風呂に入ってもいいかな、などと言った。

「まあとにかく何か飲んで、送迎バスの時間だけ確認しておこう」

 暁斗は言いながらエレベーターを降りたが、フロント周辺に何か穏やかでない空気が流れていることにすぐ気づく。時間的に宿泊のチェックインが始まったからかと思ったが、違うようだった。

「あ……あの子」

 ツインルームの鍵を返す暁斗を待っていた奏人が、籐の椅子に座る女の子を見て言った。昼食のときに、暁斗に視線を送っていた少女が泣いており、制服を着たフロントの女性に慰められている。
 暁斗は周辺を見回した。あの母親と、彼女が抱いていた小さい子の姿が見当たらない。まさか、と思った。奏人も同じことを考えたようである。

「……ただはぐれただけじゃないのかな」

 少女がこちらを見て、目があった気がした。すると彼女はぱっと椅子から立ち上がり、こともあろうに、こちらに向かって走ってきた。暁斗は思わず、ええっ! と小さく叫んでしまう。
 少女は暁斗の脚にしがみつくなり、マスクの下でうわぁん、と鳴き声を上げた。彼女をなだめていた女性がほっとした目をこちらに向けたが、暁斗としてはとんでもない誤解をされ、パニックに陥りそうだった。

「ちっ、違います、この子は……」

 そばに来たフロントレディに暁斗は言うが、少女がわんわんと泣きながら力いっぱい脚にしがみつくので、思わず腰を落とした。目線を合わせてもらったのに安心したのか、少女は泣き声を少し収めたが、また顔を歪ませる。こうなると抱いてやらなくては仕方なくなった。
 息苦しそうなのでマスクを外してやる。少女の上半身を腕に囲った暁斗に代わり、奏人が説明する。

「あの、彼はこの子の父親じゃないです、僕たち全くこの子を知りません……さっきお昼ごはんを食べていた時に、この子がこちらを見て手を振ってきたから、それに応じただけなんです」
「ええっ、そうなんですか?」
「はい、その時はお母さんと、この子の弟か妹が一緒でした」

 やっぱり、とフロントレディは言い、フロントのほうに目を遣った。暁斗より少し年齢が上かと思われる男性がこちらに出てきた。

「申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました……母親が子どもと幼児とチェックアウトをしたのは確認できているんですが、この子だけ取り残されていて」
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