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スウィーツ・エキスパンド・アット・コーベ

16:00②

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 展覧会では様々な時代に生きた6人のミイラが順に紹介されていた。時代が下るにつれ、棺の形や絵柄が変化するのが興味深かった。奏人も同じことを考えていたらしい。
「へぇ、ローマの支配下でもやっぱりミイラってつくってたんだ」
「ローマ人って支配下に置いた民族の風習や宗教に寛容だったって聞いたことあるよ」
「そう、だからだろうね……でもちょっとギリシアというか、ローマの神様とエジプトの神様が混じって来てるね」
 暁斗は千年単位の時間の流れを一気に見て、人の営みの不思議さに思いを馳せる。人が大切にしている信仰の対象でさえ、時間の大河の中で変質し、時に消滅する。ならば人一人が百年足らずの人生の中で迎える変化なんて、どれだけちっぽけなんだろう。
「ああ面白かった、来週チケットをくださった先生にきちんとお礼を言わないと」
 1階まで降りてきて、発掘調査の現場を模したコーナーをゆっくり眺めていると、奏人が言った。ふと暁斗は、奏人が母とこういう時どんな話をしているのだろうかと思った。これまで奏人にも母にも尋ねたことは無いが、初めて興味を持った。
 棺の中から人骨が見つかった現場を再現した展示をじっと見ていた奏人は、ねえ、と言いながら暁斗を見上げた。
「ポンペイの遺跡から、小さい子どもと大人が抱き合ってる人骨が出てきたって話とかあるでしょ?」
「うん、噴火……だったよな? 起きた時に、お母さんが子どもを守ってそのまま灰に埋もれたとかいう話だろ?」
 暁斗が答えると、奏人は柔らかな微笑を浮かべ、その場を離れた。その先は出口で、これから展示を見ようという人がまだまだたくさん入って来るのが見えていた。
 博物館を出ると、少し日差しが柔らかくなったように感じた。日がわずかに傾いてきたのかもしれない。建物がつくる日陰をゆっくり歩きながら、奏人が静かに話し始めた。
「何かの災害で東京が埋まってしまったとして、数百年後に僕と暁斗さんの骨が見つかって、男同士で抱き合ってるよとか話題になったらどうかなと思った」
 暁斗はどきりとする。そんなことを考えていたのか。
「たぶんね、暁斗さんが僕のこと守ってるの」
 奏人はあくまでも微笑を崩さない。それどころか、目許をうっすら染めて、ピロートークでも展開しているような風情だった。暁斗も笑い返す。
「……かな? 奏人さんを置いて逃げ出さないようにしたいな」
 想像自体は不穏で、楽しい旅行に相応しくないのに、そうであったらいいなと、暁斗は肯定的な気持ちになっていた。実際にそんなことが起こるよりも、10歳上の暁斗が奏人より先に病死する可能性のほうが高いのだろうが、もしもいきなり多数の人間が命を絶たれるような状況に巻き込まれてしまうのであれば、その時奏人と一緒にいたいと思う。
「でも奏人さん、俺たちが白骨化してる頃だったら、男同士で抱き合っててもたぶんそんなに話題にならないよ」
「わからないよ、今よりもっと同性愛が忌まわしいと見做みなされるディストピアになってるかも……」
「その想像のほうが何か嫌だなぁ」
 話しながら三宮駅の方向に向かっていたのだが、交差点の赤信号で足を止めた時、奏人はふと思いついたように言った。
「暁斗さん、海を見に行こう」
 暁斗はうん、と即答した。ケーキを食べる前に感じた潮の香りの記憶が、そうさせた。暁斗は子どもの頃から、あまり海に遊びに行ったことが無いので、珍しさもある。北海道の内陸寄りで生まれ育った奏人も、きっと似た気持ちなのだろうと思う。美しい砂浜や水の澄んだ波打ち際を期待できるわけではなさそうだったが、遠くまで続く水面を見ることができると思うと、気持ちが弾んだ。
「ハーバーランドだっけ、観覧車に乗って夕ご飯食べようか」
 最近は日が長い。日が沈むまで、窓から十分海を見ることができそうだ。しかし奏人はやや躊躇ためらいがちに切り出した。
「あ、そっちでもいいんだけど……たぶん僕が行きたいのはポートタワーのほうというか」
 奏人は道の隅に寄って、スマートフォンを取り出した。地図を画面に出し、暁斗に見せる。ハーバーランドの右側、つまり東に、海に突き出た一角があった。
「こっちなら海のきわまで行けるよ」
 地図にはメリケンパークと書かれている。奏人は画面をタップして、アクセスを調べたが、苦笑を目に浮かべた。
「ここからだと歩くのが一番便利みたい」
「え、結構これ距離あるんじゃない? ……15分か20分くらい? 大丈夫?」
 暁斗は営業マンである。管理職におさまって以降はそんなことも激減したが、炎天下で一日中歩くといった行為は茶飯事だった。多少テニスもたしなんでいる。だから奏人を心配したのだったが、彼は小首を傾げた。
「暁斗さんが大丈夫なら歩こう、日陰ならそんなに暑くないし」
 40代に入った身としていたわられたらしい。今度は暁斗が苦笑した。
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