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スウィーツ・エキスパンド・アット・コーベ

14:00③

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 元々暁斗は甘党ではない。しかし、社会人になり営業を始めると、出先で和洋を問わずお菓子を出されることも多く、これは結構美味しいのではないかと思い始めた。そしてパートナーとなった奏人は、特にチョコレートに目が無いお菓子好きだった。洋菓子を食べて暁斗の幸福感が増すのは、その行為が奏人の存在そのものと直結するからで、彼と一緒に喫茶店に出かけたり、自宅でお茶を飲んだりするようになって培われた条件反射のような側面もあった。
 昨日何をして過ごしていたかを報告し合いながら、お互いにゼリーの入ったカップにスプーンを突っ込み始めた。苺のムースも滑らかな舌触りで、酸味が爽やかだった。奏人はまた、コーヒーゼリーをすくったスプーンを暁斗にさし出そうとしたが、暁斗は年上のメンツに掛けてぴしっと言う。
「あーんは無し、半分食べたら交換しよう」
「どうして今更恥ずかしがるかなぁ……」
 奏人は唇を尖らせるが、男女のカップルであっても、度が過ぎれば視覚的に不愉快ではないかと思う。
「恥ずかしいだろ、俺はバカップルと呼ばれたくはない」
「せっかくの初めての旅行なのに」
「何回目でも関係ありません」
 暁斗は言ってから、初めての旅行なのかと、やっと気づく。これまでもレンタカーを使うなどして、日帰りで足を伸ばしたことはあったが、お互いの実家に赴く以外で、宿泊を伴う外出は初めてだ。
「……そっか、新婚旅行?」
 暁斗がぽつりとこぼした言葉に、奏人は満面の笑みを浮かべた。
「ああ……ベイエリアの温泉つきの宿が空いてたら良かったんだけど……」
「え、そんなのあるんだ」
「うん、まさかこの近くにそんなところがあると思わなくて、見つけるのが遅れた」
 奏人と温泉に行くという約束を未だ果たしていないこともあり、暁斗は自分のリサーチ不足を悔やむ。奏人はクリームの乗ったゼリーを自分の口に入れてから、言った。
「まあ、温泉は別腹に取っとこうよ……ゴールデンウィークだからとっくの前に満室だったかもしれないよ?」
 それもそうか。暁斗は奏人のさし出した、コーヒーゼリーが半分入ったカップを受け取った。彼の手の薬指には銀色の指輪、手首にはいぶし銀の文字盤の時計。どちらも暁斗と、少しだけデザインは違うけれど、お揃いだ。長い睫毛に縁どられた黒い瞳が、優しく笑った。そう、奏人はこうしていつも、暁斗の何処か抜けている部分を笑って受け入れてくれる。
 幸福感を貪っていた暁斗の視界の隅で、斜め前の席の女性たちが、こちらを見て笑っていた。それは揶揄やゆするような、嫌な笑いではなかった。
「めちゃ仲良しさん……ふふ」
「お似合いや、男の人同士のリアルカップル初めて見るけど」
 奏人と暮らし始めて8か月、もう周囲の目には、2人が友達や先輩後輩と映らなくなってきているのかもしれないと、暁斗は冷静に思う。
「……仲良しさんでお似合い、やて」
 奏人は苺のムースが半分残ったカップを取り上げて、小声で暁斗に言った。見事な関西イントネーションで。
「嬉しいわぁ」
 奏人は言いながら少し目を細めたが、得も言われぬ色気が表情に漂っていた。見ている暁斗のほうが、照れてしまう。
「……奏人さん、お茶のおかわり貰いに行かないか? これだけ食べたら飲み物も足りなくなるものだね」
「そだね、次はカフェオレにしようかな」
 奏人は標準語に戻して言い、ティーカップを空にした。暁斗もマスクをつけて、コーヒーカップを手に立ち上がる。
 大の男がふたりして、嬉し気に階段を足早に降りる。相変わらず店にはどんどん女性客が入って来ていたが、席が回転しているのが驚きだ。
 空のカップを返却口に置くと、ドリンクのカウンターで、好きなものを取るように言われた。何にしようと奏人と迷い、コーヒーを取ろうとする女性のために彼の袖を引く。礼儀正しい奏人は、女性たちにごめんなさいと謝ると、逆に彼女らにすみませんと言われ、何気に顔を見られている。マスクをしていても、奏人の美貌は女性の目を引くのである。
 カフェオレをカップに注ぐ奏人の横顔を見ながら、暁斗はやや幸福ぼけを自覚していた。旅の恥をかき捨てるのは良くないが、少しくらいは浮ついてもいいだろうか。これから約24時間の、小さな新婚旅行は始まったばかりである。
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