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早春の言祝ぎ
23:00
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暁斗は奏人が出た後にそわそわと入浴し、変にどきどきしながら髪を乾かした。そんな自分が可笑しくて、いい歳してどうなんだと思う。しかし、別れた妻と交際していた頃でさえも、セックスの前にこんな気持ちにならなかったような気がすることに思い至り、奏人の存在は偉大だと考える。
浴室やリビングの明かりを落として、そっと寝室の扉を開けると、奏人は部屋の明かりを点けたまま、ベッドの真ん中に横たわっていた。暁斗はベッドに近づいたが、彼が眠ってしまっていることにすぐに気づいて、少し困る。
奏人は腕の中にぬいぐるみのアキを抱えたまま、ほんとうに良く眠っていた。長い睫毛はぴくりとも動かない。彼はこの手触りの良いゴールデンレトリーバーを気に入っていて、割によくこうして抱いている。年末に一度洗濯をした時、毛がややごわごわになってしまい、彼にしては珍しく不満げな顔を見せた。触っているうちに元の手触りに戻り、暁斗までほっとしたのである。
余裕を見せてはいたものの、慣れない自分の立ち位置や、披露宴での演奏に結構緊張を強いられたのだろうと暁斗は思う。暁斗はベッドに上がり、せめてアキと役目を交代したいと思い、奏人の腕からそっとぬいぐるみを取り上げようとした。アキを引っぱると、奏人の腕は力なくたらんとベッドに落ちた。
暁斗はアキを奏人の背中側に置き、奏人の脇の下に腕を通した。為すがままになる奏人の身体は暖かく、その髪から匂うやや甘い香りが鼻腔を優しく撫でる。暁斗は腕の中に愛しい人を抱えて、布団を引き上げリモコンで照明を落とした。実は結構その気になっていたのだが、今奏人を叩き起こしてまで、彼を抱こうとは思わなかった。まあ少し残念なのは事実なので、何なら明日の朝にでも、と考える。……今朝そうしたように。
奏人は暁斗の胸にすっかり身体を預けて、穏やかな呼吸を続けていた。その音を聞くだけで、暁斗は幸せだった。せっかく今日、幸福そうな新郎からブロッコリーを受け取ったのだから、彼にいつまでもあやかりたいものである。今日は随分、普段の清水らしくない表情を見てしまったが、彼が相談室にずっと接している割に情が薄いように思っていたのは、もしかしたら見立て違いかも知れなかった。多くの部下を抱える身として、暁斗は少し反省する。
暁斗は奏人の温かい背中を抱いて目を閉じた。ゆっくりとした静かな吐息が、首に触れるのを感じる。さっきまではこみ上げるものに何となくそわそわしていたが、もう身体と気持ちは落ち着いていた。
今日はほんとにお疲れさま、奏人さんがピアノを弾いている写真、お義母さんと勇人さんにも見てもらおう。明日は気に入るデザインの指輪が見つかればいいな。温泉旅行、先延ばしにしてばっかりでごめん。……奏人に胸のうちで語りかけながら、暁斗も眠りの神の誘惑に身を委ねた。
〈早春の言祝ぎ 完〉
文中挿入歌:YOASOBI「群青」(詩・曲 Ayase)
************************
最後まで読んでいただき、
どうもありがとうございました!
一日の更新字数が少々少なかったとはいえ、
たった半日の物語に
約1か月を費やしてしまいました……。
しょっちゅう招待されて
うんざりしているというかたも
いらっしゃるかも知れないのですが、
私は結婚式が大好きで、副業で
赤の他人の結婚式の手伝いまで
しています。その仕事で得たものも
少し織り込みました。
舞台になっているホテルは、
実は(転勤していなければ)同級生が
勤務していまして、取材と称して
現地で彼から話を聞くなど
したかったのですが、
このご時世で叶いませんでした。
いつかそういう機会を持つことができれば、
文章に手を入れるかも知れません。
この年度末は仕事にも趣味にも
振り回されましたが、
いつも目を通して下さる暁斗と奏人のファンが
いらっしゃると思い
頑張れました。心より感謝です。
2022.4.6 穂祥舞
浴室やリビングの明かりを落として、そっと寝室の扉を開けると、奏人は部屋の明かりを点けたまま、ベッドの真ん中に横たわっていた。暁斗はベッドに近づいたが、彼が眠ってしまっていることにすぐに気づいて、少し困る。
奏人は腕の中にぬいぐるみのアキを抱えたまま、ほんとうに良く眠っていた。長い睫毛はぴくりとも動かない。彼はこの手触りの良いゴールデンレトリーバーを気に入っていて、割によくこうして抱いている。年末に一度洗濯をした時、毛がややごわごわになってしまい、彼にしては珍しく不満げな顔を見せた。触っているうちに元の手触りに戻り、暁斗までほっとしたのである。
余裕を見せてはいたものの、慣れない自分の立ち位置や、披露宴での演奏に結構緊張を強いられたのだろうと暁斗は思う。暁斗はベッドに上がり、せめてアキと役目を交代したいと思い、奏人の腕からそっとぬいぐるみを取り上げようとした。アキを引っぱると、奏人の腕は力なくたらんとベッドに落ちた。
暁斗はアキを奏人の背中側に置き、奏人の脇の下に腕を通した。為すがままになる奏人の身体は暖かく、その髪から匂うやや甘い香りが鼻腔を優しく撫でる。暁斗は腕の中に愛しい人を抱えて、布団を引き上げリモコンで照明を落とした。実は結構その気になっていたのだが、今奏人を叩き起こしてまで、彼を抱こうとは思わなかった。まあ少し残念なのは事実なので、何なら明日の朝にでも、と考える。……今朝そうしたように。
奏人は暁斗の胸にすっかり身体を預けて、穏やかな呼吸を続けていた。その音を聞くだけで、暁斗は幸せだった。せっかく今日、幸福そうな新郎からブロッコリーを受け取ったのだから、彼にいつまでもあやかりたいものである。今日は随分、普段の清水らしくない表情を見てしまったが、彼が相談室にずっと接している割に情が薄いように思っていたのは、もしかしたら見立て違いかも知れなかった。多くの部下を抱える身として、暁斗は少し反省する。
暁斗は奏人の温かい背中を抱いて目を閉じた。ゆっくりとした静かな吐息が、首に触れるのを感じる。さっきまではこみ上げるものに何となくそわそわしていたが、もう身体と気持ちは落ち着いていた。
今日はほんとにお疲れさま、奏人さんがピアノを弾いている写真、お義母さんと勇人さんにも見てもらおう。明日は気に入るデザインの指輪が見つかればいいな。温泉旅行、先延ばしにしてばっかりでごめん。……奏人に胸のうちで語りかけながら、暁斗も眠りの神の誘惑に身を委ねた。
〈早春の言祝ぎ 完〉
文中挿入歌:YOASOBI「群青」(詩・曲 Ayase)
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最後まで読んでいただき、
どうもありがとうございました!
一日の更新字数が少々少なかったとはいえ、
たった半日の物語に
約1か月を費やしてしまいました……。
しょっちゅう招待されて
うんざりしているというかたも
いらっしゃるかも知れないのですが、
私は結婚式が大好きで、副業で
赤の他人の結婚式の手伝いまで
しています。その仕事で得たものも
少し織り込みました。
舞台になっているホテルは、
実は(転勤していなければ)同級生が
勤務していまして、取材と称して
現地で彼から話を聞くなど
したかったのですが、
このご時世で叶いませんでした。
いつかそういう機会を持つことができれば、
文章に手を入れるかも知れません。
この年度末は仕事にも趣味にも
振り回されましたが、
いつも目を通して下さる暁斗と奏人のファンが
いらっしゃると思い
頑張れました。心より感謝です。
2022.4.6 穂祥舞
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