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それも、賢者のおくりもの
12月8日 17:30②
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時間を刻む道具に子どもの頃から携わっている坂井だが、そんな風に考えたことが無かった。道具が1分でも遅れを見せたら、何処が悪いんだと必死で原因を探すのに。
坂井はふと思いついて、言った。
「ギリシア神話には時の神様がいますよね、クロノスとカイロスでしたっけ?」
「そうですね、坂井さんが管理してらっしゃるのはクロノスですね」
時の神を管理するなどと言われ、坂井はくすぐったくなった。
「万人に対してクロノスは公平に時を動かします、命の期限を長くとも短くとも切られている人間にとっては、大切な存在だと思うんですよね」
高崎の話は初め難解なように思えたが、そのうち坂井の中にすっと入ってきた。不思議な人だ。坂井は確信めいた連想を、彼に告げる。
「それはもしかして……桂山さんと10歳離れてらっしゃることを踏まえてのお話ですか?」
高崎は美しい形の唇を、ふわりと緩めた。
「……そうですね、そうかもしれません……普通に時が流れるなら、彼が先に逝きますよね、それを考えるとやっぱり怖いんです」
まだ若いのにそんなことを思う高崎が、可哀想になる。坂井は美紀と自分のどちらが先に逝くかなど、互いに還暦を迎えたのにろくに考えたことがない。その方が問題かな、とちらっと思う。
「でもそういう不安を持つ人間のために、カイロスがいるんでしょう? カイロスが支配する時間の流れは均一じゃないんですよね?」
坂井が言うと、高崎はそう定義されています、と微笑した。
「楽しいことをしていると時間があっという間に過ぎたり、充実している時間は重みが違ったりするのが、カイロスの仕業だと言いますね」
「お互い長生きしても……カイロスを味方につけられない番は不幸ですよ、たぶん」
坂井は友人知人で、熟年離婚した人を思い浮かべていた。
「一緒に過ごす時間が長いならそれに越したことはないですが……その中身が大切だと思います」
高崎はほんとですね、と小さく言って、ほっとしたようにコーヒーに口をつけた。同性を恋人とする気苦労もあるのだろうと、彼の白い頬を見ながら坂井は思った。
同性カップルには、結婚した男女と同じような法的な保護がない。財産の相続は言うに及ばず、連れ合いが入院などをしても、「友人」では面会を許して貰えないこともあると聞く。同性パートナーシップ制度とやらは、どれくらい役に立つのだろうか。坂井はあまり同性カップルについて良く知らない自分を見出す。
「すみません、こんな時間に居着いてつまらない話をして」
コーヒーを飲み干し、マスクを着けた高崎は、眉の裾を下げて言った。
「いいえ、私は楽しかったですよ」
「ありがとうございます、ご馳走さまでした」
美紀と一緒に高崎を店の外まで見送った。彼は冷たい空気の中、コートの裾を翻し足早に遠ざかる。
「きれいで不思議な人ね、あの桂山さんとお似合いなような不釣り合いなような、判断し難いわ」
高崎が道の角で振り返り、軽く会釈をして、姿を道の先に消したのを見届けてから、美紀は言った。坂井は小さく笑う。
「きっとお似合いなんだよ、桂山さんがあの人をふわっと受け止めてるのさ」
「末永く幸せでいて欲しいわね」
「そうだなあ……年が明けたら、うちのホームページにお揃いの時計をする姿を載せていいか訊いてみるかな」
絵になりそうだった。時計の作家がシェアしてくれるだろうから、宣伝効果もある。
「……次は掃除が済んだ時計を、桂山さんが取りに来るな」
いつの間にか坂井は、あのゲイカップルが来店するのを楽しみにするようになっていた。不思議な人々だった。
坂井はふと思いついて、言った。
「ギリシア神話には時の神様がいますよね、クロノスとカイロスでしたっけ?」
「そうですね、坂井さんが管理してらっしゃるのはクロノスですね」
時の神を管理するなどと言われ、坂井はくすぐったくなった。
「万人に対してクロノスは公平に時を動かします、命の期限を長くとも短くとも切られている人間にとっては、大切な存在だと思うんですよね」
高崎の話は初め難解なように思えたが、そのうち坂井の中にすっと入ってきた。不思議な人だ。坂井は確信めいた連想を、彼に告げる。
「それはもしかして……桂山さんと10歳離れてらっしゃることを踏まえてのお話ですか?」
高崎は美しい形の唇を、ふわりと緩めた。
「……そうですね、そうかもしれません……普通に時が流れるなら、彼が先に逝きますよね、それを考えるとやっぱり怖いんです」
まだ若いのにそんなことを思う高崎が、可哀想になる。坂井は美紀と自分のどちらが先に逝くかなど、互いに還暦を迎えたのにろくに考えたことがない。その方が問題かな、とちらっと思う。
「でもそういう不安を持つ人間のために、カイロスがいるんでしょう? カイロスが支配する時間の流れは均一じゃないんですよね?」
坂井が言うと、高崎はそう定義されています、と微笑した。
「楽しいことをしていると時間があっという間に過ぎたり、充実している時間は重みが違ったりするのが、カイロスの仕業だと言いますね」
「お互い長生きしても……カイロスを味方につけられない番は不幸ですよ、たぶん」
坂井は友人知人で、熟年離婚した人を思い浮かべていた。
「一緒に過ごす時間が長いならそれに越したことはないですが……その中身が大切だと思います」
高崎はほんとですね、と小さく言って、ほっとしたようにコーヒーに口をつけた。同性を恋人とする気苦労もあるのだろうと、彼の白い頬を見ながら坂井は思った。
同性カップルには、結婚した男女と同じような法的な保護がない。財産の相続は言うに及ばず、連れ合いが入院などをしても、「友人」では面会を許して貰えないこともあると聞く。同性パートナーシップ制度とやらは、どれくらい役に立つのだろうか。坂井はあまり同性カップルについて良く知らない自分を見出す。
「すみません、こんな時間に居着いてつまらない話をして」
コーヒーを飲み干し、マスクを着けた高崎は、眉の裾を下げて言った。
「いいえ、私は楽しかったですよ」
「ありがとうございます、ご馳走さまでした」
美紀と一緒に高崎を店の外まで見送った。彼は冷たい空気の中、コートの裾を翻し足早に遠ざかる。
「きれいで不思議な人ね、あの桂山さんとお似合いなような不釣り合いなような、判断し難いわ」
高崎が道の角で振り返り、軽く会釈をして、姿を道の先に消したのを見届けてから、美紀は言った。坂井は小さく笑う。
「きっとお似合いなんだよ、桂山さんがあの人をふわっと受け止めてるのさ」
「末永く幸せでいて欲しいわね」
「そうだなあ……年が明けたら、うちのホームページにお揃いの時計をする姿を載せていいか訊いてみるかな」
絵になりそうだった。時計の作家がシェアしてくれるだろうから、宣伝効果もある。
「……次は掃除が済んだ時計を、桂山さんが取りに来るな」
いつの間にか坂井は、あのゲイカップルが来店するのを楽しみにするようになっていた。不思議な人々だった。
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