今宵貴方と見る月は ～あきとかなnext 〜 《あきとかな後日談集》

それも、賢者のおくりもの

11月30日 19：00②

　男性が指差したのは、昨日の美形の客――高崎が選んだのと同じシリーズの時計だった。坂井は微かに脳裏に引っかかるものを感じたが、説明する。
「今店頭に出ているものはお持ちいただけますよ、これ文字盤の石を選べるんです」
　へぇ、と男性は感心したように言う。
「ここに無い石は受注の形になります、誕生石が入るんですよ」
「誕生石……3月って珊瑚でしたっけ？」
　男性は言った。
「珊瑚もそうですが、この時計ではアクアマリンを使います」
「薄青の石ですよね？　珊瑚より良いかな」
　男性は坂井にわざわざ許可を得てから、男性用の時計を手に取った。
「オーソドックスなのに何かお洒落ですね」
「文字盤やバンドのフォルムが普通の時計と少し違います、結構人を選ぶんですけど、お客様ならお似合いになりますよ」
　坂井はセールストークでなく言った。彼はコートを脱いでいたが、きれいにスーツを着る背の高い彼なら、時計の存在感に負けない。
「いや、私はこんな小洒落たのは……連れが似合いそうかなと思って、昨夜こちらに時計を預けたようなんですが」
　坂井はえっ、と思わず声を発した。
「高崎様、ですか？」
　はい、と男性はこれまでと違う笑顔を見せた。照れ隠しに見えた。
　ではこの人が、あの美男子のパートナーか。坂井はつい彼の顔をまじまじと見てしまう。さっきの引っかかりはどうもこれだったようだ。昨日やってきた美青年と、今日来たこの営業マンが、繋がっているような直感。
　男同士でもそう言うのかよくわからないが、お似合いのように思える。
　坂井は頭を巡らせた。高崎はこの人のために、パールを使った時計をオーダーするつもりでいるが、この人の様子だと、サプライズプレゼントのつもりかも知れない。ならば今、昨日の話をこの人にするのはまずい。
「あの方にアクアマリンですか、映えそうですね……お綺麗なかたですし」
　坂井の言葉に、男性はふにゃりとした笑顔になった。ああ、こちらが惚れているらしい。でも高崎もあんなに真剣に時計を選んでいたから、相思相愛なのだろう。
「今頼まれるならクリスマスに間に合いますよ、高崎さんからお預かりした時計はとりあえず掃除をすれば動くと思いますが、2本持ちなさるといいかと」
　先ほど自分のバンドを選んだ時は少し迷ったのに、男性の決心は早かった。
「わかりました、作家に連絡して、アクアマリンのイメージを送って貰います……明日中に転送できると思いますから、お気に召しましたら改めて注文なさってください」
「はい、ありがとうございます」
　男性は注文書に嬉しげに名前と住所を書き込んだ。男性――桂山は大振りの見易い字を書いた。彼らしい字だと坂井は思った。
「クリスマスプレゼントに時計なんて、初めて用意します」
　桂山は楽しそうに言う。坂井まで嬉しくなる。
「喜んでいただけると思いますよ、お持ちになった時計は言っても寿命が過ぎていますから……」
「私の時計もですよね？」
　桂山は左手首に手をやった。
「はい、分解清掃を一回してみるのも良いかも知れませんが」
「考えてみます」
　クリスマスまで、高崎と桂山の時計には頑張って貰いたい。でないと、せっかくお互い新しい時計を用意しているのに、購入してしまいそうだ。
「桂山さん、確認ですが、これは高崎さんに内緒で用意なさる？」
　坂井が訊くと、桂山は茶色い瞳を悪戯っぽく輝かせる。高崎と違い、わかりやすい人だ。
「そうですね、内緒にしておきます」
「承知しました」
　桂山は現金とカードのどちらで支払うか迷い、現金でバンド代を出した。その様子を見て、この人は一般庶民だなと坂井は判断する。
　桂山が閉店時間を過ぎたことを詫びながら帰ると、閉店作業のために美紀が奥から出て来た。
「随分楽しそうに喋ってたのね」
「ああ、営業をしてらっしゃるらしい、気安くて話が上手だよ」
「あのイケメンが昨日のおにいさんの相方？」
　また覗き見していたのか。坂井は苦笑した。
「みたいだ、同じ時計をお互いのために選ぶなんて……テレパシーでもあるのかね」
「偶然ペアウォッチなんて素敵だこと」
　美紀の笑顔を見て、坂井は思い出す。結婚を前提に彼女と交際を始めた頃、初めて彼女とお揃いで買ったのは、腕時計だったのだ。
　妻もきっとそのことを懐かしんでいるに違いなかった。彼女の表情からそれを察することが出来るくらいには、坂井は古女房と心を通わせていた。