あいみるのときはなかろう

穂祥 舞

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衝撃

8月⑫

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 こんな奴、放っておけばいい。三喜雄は松倉の言葉が腹立たしい。須々木を睨みつけると、涙と血で顔をドロドロにした彼はこちらに目を動かし、高崎、と小さく言った。三喜雄の怒りのマグマが爆発する。

「黙れこのゲス、どの面下げて高崎に呼びかけてやがる! おまえなんかこのまま」

 その時上谷が窓の外から、怒鳴る三喜雄を制した。

「片山! 落ち着け、高崎は怪我してるのか」

 三喜雄は慌てて高崎の腕や脚を検分したが、擦りむいた傷だけのようである。

「見える場所に大きな傷は無いけど、頭とか肩を打ちつけてる」
「わかった、おい長谷部」

 上谷は放心している後輩の肩を掴んで揺する。

「保健室に原田ちゃんいるか見てこい、いたら美術室に怪我人がいるって話して連れてくるんだ、俺は職員室に行くから」

 長谷部は黙ったまま首を縦に振り、上谷について廊下をばたばた走って行った。
 ほどなく白い顔をした小山が、スペアキーを持って美術室に走って到着し、松倉と一緒に須々木をそっと床に横たえた。上谷は床に散らかった譜面台やイーゼルを跨ぎながら三喜雄の傍に来る。

「何があったんだ、長谷部以外の奴らに今音楽室から出るなって言ってるんだけど」
「……松倉先生が閉め出されてて俺も来たら、須々木が高崎を襲ってたんだ」

 三喜雄は高崎にあまり話を聞かせないよう、彼の頭を胸に抱き込み小声で応じた。上谷ははぁっ? と目をまん丸にする。

「どういう状況なんだよそれ」
「俺にもわからん、とにかく須々木の野郎、内側から戸も窓も鍵かけてやがって、窓を譜面台でぶち割った」
「てかおまえも怪我してんじゃん、ガラスで切ったのか」

 三喜雄は左の腕の内側に長い切り傷を認めて、こびりついた血に今更怯んだ。
 原田ちゃんこと、養護教諭の原田が大きな救急箱を持って美術室に駆けつけた。彼は今日は白衣を着ておらず、ジーンズとスニーカーのままである。
 原田は須々木の出血が治まっているのを見て、顔の血を拭いてやるよう、松倉にガーゼを渡す。そしてこちらに来て、高崎の肘と三喜雄の腕を消毒した。
 小山が2人の家族に連絡すべく廊下の先の階段に消えたのと入れ替わりに、救急隊がこちらに向かってきた。原田が彼らに須々木の状態を告げ、須々木は担架で運ばれていく。松倉がつき添うようだった。
 原田は高崎の焦点があっていない目を見て、保健室で休ませるよう言った。三喜雄は高崎を抱き上げようとしたが、それはやはり無理があったので、彼を背負う。上谷が半泣きになっている長谷部の肩を叩き、音楽室に戻るよう促した。

「みんなに事実を伝えて、練習できそうならするわ、おまえも歌えそうなら戻ってこい」

 上谷は普段ちゃらんぽらんだが、こういう場面で冷静になれる。それが3年生全員で、彼を部長に推した理由だった。
 三喜雄は上谷に礼を言い、原田について階段を降りた。窓から覗く後輩たちの顔には、一様に不安が浮かんでいる。大丈夫だ、と三喜雄は彼らに呼びかけた。

「……すみません」

 高崎が耳の傍で言ったので、三喜雄は飛び上がりそうになった。

「家の人が迎えに来るまでちょっと保健室で休もう、荷物持ってくるから」

 はい、と高崎は小さく答えた。だいぶ落ち着きを取り戻したようである。細い腕を三喜雄の首に巻きつけ、完全に身体を預けてほっとしてくれているようなのが、何かむず痒い。

「……だったらよかったのに……」

 三喜雄は聴覚が捉えた高崎の言葉に、咄嗟に答えることができなかった。だから、聞こえないふりをした。
 華奢な高崎だが、男子らしくそれなりに重かったので、彼を保健室のベッドに降ろした後に疲れを覚えた。
 麦茶を淹れてくれた原田に、自分の見たことを包み隠さず話した三喜雄は、警察に同じ話をしなくてはならない可能性を示唆された。高崎に非は無いと三喜雄は確信している。あれは正当防衛だ。

「……須々木が高崎に辛く当たってるのを俺は見たし、一部の3年は絵のことで嫉妬してるからだって噂してます」
「そうなのか……片山くんも居合わせたグリーの子たちもショックだと思う、噂を広めるのは良くないけど家族には吐き出せばいいし、お盆はゆっくり休めよ」

 三喜雄は閉められたカーテンを見遣ってから、旧校舎に戻った。蝉の声が聞こえてくると、左腕の傷がひりっと痛んだ。
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